神様が死んだ日

おつきさま。

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いつか君に花束を

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「きよ。…殴っていいよ、俺のこと」



ずっとずっと、考えてた。
階段から落ちていくお前を見ながら、あと少し届かない自分の指先を見ながら。

「え」
「俺はお前に、それだけのことをしてきたでしょ」

犯したことを、償える方法を。

「どんなに謝ったって足りない。これから先、俺はお前のことを二度と傷付けないし何よりも大切にするって誓えるけど。それでも、今までのことをなかったことにはできないから」

真白い頬に指先を伸ばして、決して痛まないように弱い力でそっと撫でる。
このやわらかい肌を、俺は何回無遠慮に殴り付けただろう。
俺よりも幾分か小さくて細さを感じるこの体を、何回蹴り付けて、突き飛ばして。
伸ばされた手を、払い除けただろうか。
その度にぐしゃりと歪むお前の顔に酷くイラついていた。傷付いているのは俺の方だと思っていたから。全部、お前のせいなのに、どうしてお前の方が痛そうな顔をするのかわからなかった。


好きも愛してるも軽くって、どんな言葉を探したって足りないし、言い表せるようなものじゃない。
俺にとってのきよはそんな存在だった。
世界で一番大切だった。なによりも。
大切に、したかったのに。
なのにお前を傷付けたのは、俺だった。


「っ、ごめん、…きよ、ごめんなっ…」


そんな資格もないのに。
終わることのない後悔がつい目に見える形でこぼれ落ちた。

「ちょ、泣くなよ、明」

緩くなった俺の腕を解いて、体ごとこっちを向いたきよがやさしく俺の頬を手のひらで包んだ。

「明は、なんにも悪くない。全部おれが悪いから。勝手に好きになって、それを知られたくなくて勝手に嘘ついて、本当の事も言わないまま、嫌がるお前に無理やり付き纏ってたのは全部おれなんだから」

いつになく強い目をしたきよが真っ直ぐに俺を見つめて言う。自分の手が濡れることも気にしないで、何度も何度も落ちたそばから俺の涙を指先で拭って。

「明は何も知らなかったじゃん。おれが最低なことを言ったまま、謝りもせずにしつこくしてたんだよ。そりゃ、こいつなんだよ?ってキレたくなるだろ。普通だよ。むしろおれは、明がそんなおれのことを許してくれて、今こうやってそばにいて、絶対叶わなかったはずのおれの恋を叶えてくれて、おれもう、それだけで充分なんだよ。毎日、奇跡みたいにしあわせ!」

へらっ、て。

こっちの警戒も毒気も一瞬で抜いてしまうような。いつか俺の世界を眩ませて、お前が俺の全てになったあの日と同じ顔で笑うから。
嘘なんかじゃない、その言葉がどうしようもなくきよの本音なんだってわかったから、俺は。


「…じゃあ、これからお前のこと、もっともっと幸せにしてあげる」


償うなら、謝るんじゃなくて、同じ痛みを受けるんじゃなくて。


「昨日よりも今日の方が、今日よりも明日の方が幸せだって思えるくらい。毎日毎日、お前がもういいって言うくらい、何回だってお前に好きだって言う。お前に何か辛いことがあって慰めて欲しいと思う時も、嬉しいことがあってそれを聞いて欲しいと思う時も、ずっとそばにいる。お前の一番そばに。もしも喧嘩したらそれがどんな理由だとしても、その時は抱きしめて俺の方から先に謝るよ。もう二度と泣かせたりなんてしない、幸せにする。きよのこと、幸せにしかしかないって約束する」


俺がお前にしてあげられることなんて、多分それくらいしかなくて。
そして、それが一番、やさしいお前の望むことなんでしょ。
さっきまではあんなに強い眼差しで俺を見つめていたくせに、黒々とした瞳は途端に水を張って照明の光をゆらゆらと映し出していた。
それを見て俺は焦る。

「おい泣くなバカ。もう泣かせないって今言ったばっかりなんだけど」
「ゔぅっ、こ、これはっ…うれし涙だからいいんだよぉおお、バカめい~っ!」
「うわっ!」

耐えきれなくなった滴がその瞳から落ちるのと同時にガバリと勢いよく飛び付かれて、受け止めきれずにそのままソファの上に二人して倒れ込んだ。

「めい」

俺の胸に顔を埋めたまま、涙混じりの声できよが俺を呼ぶ。

「なに」
「おれ、今世界で一番しあわせな生き物になった…!」

屈託のない、満面の笑み。
この世界には綺麗なものしかないのだとうっかり信じてしまえるような、そんな魔法みたいな笑顔。
俺の太陽。
お前は何度俺のことを救ったら気が済むんだろう。お前にもらったもののうち、俺はまだ半分も返せていないのに。きっとこれからそれを一つずつ返していこうとする間にも、俺は何度もお前に救われて、いつまでも敵わないと思いながら隣でお前に愛を伝える。
自分がきよのことを幸せにすると誓いながら、結局はいつも幸せにされるのは俺の方。


でもさ、きよ。
俺だってお前のことが大切だから。
お前が思うより何倍も、お前のことが愛しくてしょうがないから。


そんな想いが少しでも多く伝わればいいと願いながら、やさしく撫でるように髪の間に指先を差し込んで、そのまま自分の方へと引き寄せた。



「ばーか。一番は俺だよ」



そうして落ちてきた唇に自分のものをそっと重ねる。
ねえきよ、これをハッピーエンドのキスにしよう。
おとぎ話みたいに永遠に醒めない愛を誓うから。
だから俺たちはもう、幸せにしかならない。












いつか君に花束を

(記念日には花を一輪贈るから、それに枯れない魔法をかけようか)




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