16 / 17
いつか君に花束を
2
しおりを挟む「きよ。…殴っていいよ、俺のこと」
ずっとずっと、考えてた。
階段から落ちていくお前を見ながら、あと少し届かない自分の指先を見ながら。
「え」
「俺はお前に、それだけのことをしてきたでしょ」
犯したことを、償える方法を。
「どんなに謝ったって足りない。これから先、俺はお前のことを二度と傷付けないし何よりも大切にするって誓えるけど。それでも、今までのことをなかったことにはできないから」
真白い頬に指先を伸ばして、決して痛まないように弱い力でそっと撫でる。
このやわらかい肌を、俺は何回無遠慮に殴り付けただろう。
俺よりも幾分か小さくて細さを感じるこの体を、何回蹴り付けて、突き飛ばして。
伸ばされた手を、払い除けただろうか。
その度にぐしゃりと歪むお前の顔に酷くイラついていた。傷付いているのは俺の方だと思っていたから。全部、お前のせいなのに、どうしてお前の方が痛そうな顔をするのかわからなかった。
好きも愛してるも軽くって、どんな言葉を探したって足りないし、言い表せるようなものじゃない。
俺にとってのきよはそんな存在だった。
世界で一番大切だった。なによりも。
大切に、したかったのに。
なのにお前を傷付けたのは、俺だった。
「っ、ごめん、…きよ、ごめんなっ…」
そんな資格もないのに。
終わることのない後悔がつい目に見える形でこぼれ落ちた。
「ちょ、泣くなよ、明」
緩くなった俺の腕を解いて、体ごとこっちを向いたきよがやさしく俺の頬を手のひらで包んだ。
「明は、なんにも悪くない。全部おれが悪いから。勝手に好きになって、それを知られたくなくて勝手に嘘ついて、本当の事も言わないまま、嫌がるお前に無理やり付き纏ってたのは全部おれなんだから」
いつになく強い目をしたきよが真っ直ぐに俺を見つめて言う。自分の手が濡れることも気にしないで、何度も何度も落ちたそばから俺の涙を指先で拭って。
「明は何も知らなかったじゃん。おれが最低なことを言ったまま、謝りもせずにしつこくしてたんだよ。そりゃ、こいつなんだよ?ってキレたくなるだろ。普通だよ。むしろおれは、明がそんなおれのことを許してくれて、今こうやってそばにいて、絶対叶わなかったはずのおれの恋を叶えてくれて、おれもう、それだけで充分なんだよ。毎日、奇跡みたいにしあわせ!」
へらっ、て。
こっちの警戒も毒気も一瞬で抜いてしまうような。いつか俺の世界を眩ませて、お前が俺の全てになったあの日と同じ顔で笑うから。
嘘なんかじゃない、その言葉がどうしようもなくきよの本音なんだってわかったから、俺は。
「…じゃあ、これからお前のこと、もっともっと幸せにしてあげる」
償うなら、謝るんじゃなくて、同じ痛みを受けるんじゃなくて。
「昨日よりも今日の方が、今日よりも明日の方が幸せだって思えるくらい。毎日毎日、お前がもういいって言うくらい、何回だってお前に好きだって言う。お前に何か辛いことがあって慰めて欲しいと思う時も、嬉しいことがあってそれを聞いて欲しいと思う時も、ずっとそばにいる。お前の一番そばに。もしも喧嘩したらそれがどんな理由だとしても、その時は抱きしめて俺の方から先に謝るよ。もう二度と泣かせたりなんてしない、幸せにする。きよのこと、幸せにしかしかないって約束する」
俺がお前にしてあげられることなんて、多分それくらいしかなくて。
そして、それが一番、やさしいお前の望むことなんでしょ。
さっきまではあんなに強い眼差しで俺を見つめていたくせに、黒々とした瞳は途端に水を張って照明の光をゆらゆらと映し出していた。
それを見て俺は焦る。
「おい泣くなバカ。もう泣かせないって今言ったばっかりなんだけど」
「ゔぅっ、こ、これはっ…うれし涙だからいいんだよぉおお、バカめい~っ!」
「うわっ!」
耐えきれなくなった滴がその瞳から落ちるのと同時にガバリと勢いよく飛び付かれて、受け止めきれずにそのままソファの上に二人して倒れ込んだ。
「めい」
俺の胸に顔を埋めたまま、涙混じりの声できよが俺を呼ぶ。
「なに」
「おれ、今世界で一番しあわせな生き物になった…!」
屈託のない、満面の笑み。
この世界には綺麗なものしかないのだとうっかり信じてしまえるような、そんな魔法みたいな笑顔。
俺の太陽。
お前は何度俺のことを救ったら気が済むんだろう。お前にもらったもののうち、俺はまだ半分も返せていないのに。きっとこれからそれを一つずつ返していこうとする間にも、俺は何度もお前に救われて、いつまでも敵わないと思いながら隣でお前に愛を伝える。
自分がきよのことを幸せにすると誓いながら、結局はいつも幸せにされるのは俺の方。
でもさ、きよ。
俺だってお前のことが大切だから。
お前が思うより何倍も、お前のことが愛しくてしょうがないから。
そんな想いが少しでも多く伝わればいいと願いながら、やさしく撫でるように髪の間に指先を差し込んで、そのまま自分の方へと引き寄せた。
「ばーか。一番は俺だよ」
そうして落ちてきた唇に自分のものをそっと重ねる。
ねえきよ、これをハッピーエンドのキスにしよう。
おとぎ話みたいに永遠に醒めない愛を誓うから。
だから俺たちはもう、幸せにしかならない。
いつか君に花束を
(記念日には花を一輪贈るから、それに枯れない魔法をかけようか)
193
お気に入りに追加
338
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ
雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。
浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。
攻め:浅宮(16)
高校二年生。ビジュアル最強男。
どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。
受け:三倉(16)
高校二年生。平凡。
自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール
雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け
《あらすじ》
4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。
そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。
平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ
雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け
《あらすじ》
高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。
桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。
蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。


告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる