神様が死んだ日

おつきさま。

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天使様の最愛

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「きよ、おいで」

とろけそうなほど甘い微笑みを湛えて、美しく整えられた指先がおれを手招く。

「明!今行く!」
「毎日毎日お熱いお迎えですこと~」
「悪いな、いつもきよを取っちゃって。ま、元々俺のモノだけど」
「いえいえーどうせ帰ったら同じ部屋なんで。オレの方こそなんかごめんね?相楽くん」
「…きよ。いつこいつと友達やめるの?普通にいらなくない?俺がいるし」
「確かに」 
「ああ?確かにじゃねえだろこのバァーーカッ!!この盲目浮かれお花畑!拗らせバカップル!!」

渡すだけ渡したら、その後には捨てられるだけだったはずの恋心。それが大事に受け取られただけでなくまさかのお返しまでされてしまった。
一生分どころかおそらく来世の分までの奇跡を使い果たしたであろうあの日から二週間とちょっと。
なんというか、明がおれに甘すぎる。

「はいはい、五月蝿い金髪野郎はほっといて。行こ、きよ」

そう言って当たり前のように繋がれる右手。
おれと明じゃ見るからに足の長さが違うのに、それでも並ぶ肩がずれないのは明がおれの歩幅に合わせてくれているからだ。あまりにもスマート。イケメンすぎるマジで好き。
はわわ、と目をハートにして見つめていたら、「ん?」って微笑みながら首を傾げられて危うく死ぬところだった。





昼休みのチャイムが鳴ると、毎日こうやって明がおれのことを教室まで迎えに来てくれる。
それは昼休みに限った話ではなく、朝学校に行く時も、放課後寮に帰る時もそうだ。
わざわざいいのに、と言ったおれに対して明は言った。
「もう離れてやんないから」
真っ直ぐで、やたらと強い眼差しの中にほんの少し寂しそうな色を混ぜて。
開いてしまった距離を必要以上に埋めるように、それからの明はこんなにもおれにべったりな人間になってしまった。
だからほら。
ここ最近ただでさえ噂がやばいことになってたのに、おれの手を繋いだまま人の集まる食堂に入るものだから阿鼻叫喚の地獄絵図が生まれている。
最初こそ普段食堂になんて姿を現さない明の登場にみんな沸き立っていたが、おれの存在と繋がれた手に気づいた瞬間それは瞬く間に悲鳴へと変わった。
おれを見つめるたくさんの視線が物理的にぐさぐさと突き刺さっているような気がする。
うう、いたたまれない…と体を丸めるおれとは反対に明は何食わぬ顔で進んでいく。

「明なんでそんな涼しい顔してんだよ」
「なにが?」
「いや、この状況見て」
「うるせえなあって思ってるよ。でも俺、きよ以外どうでもいいし」
「んなっ」

もおおおお!すぐそういうこと言う!!
最近の明はいつもこうだ。昔だってそりゃあおれに対してはかなり甘かったし、パーソナルスペースなんてものはないに等しかったしあらゆることを他人よりも多く許されている自覚はあったけれど。
それよりもまだ上があったのかとおれは日々驚きを隠せずにいる。
結局そのまま明に手を引かれて辿り着いたのは、人の多い食堂の中でやけに周りが空いている一席。それもそのはず、そのテーブルを囲むのは麗しき生徒会の皆様である。きっとみんな恐れ多くて近づけないのだろう。

「あ、相楽と瀬尾くん来た!もー遅いよ二人とも」
「すみませんお待たせしました」 

四方八方から視線が集中しているなかでもいたっていつも通りな様子の千代田先輩に出迎えられながら、空いている佐久間くんの隣に座る。

「さっき二人の分も頼んでおいたよ」
「あ、ほんと?ありがとう」

談話室ではいつも友達感覚で話してしまっていたけれど、いざこうやって人目がある場所で会うと本来ならこんなにも世界が違う人達なんだなあと改めて思い知る。顔がいいとか、生徒会だとか。わかってはいたけど、それがどれほどのものなのかおれはすっかり忘れていたのだ。

「てか飛鳥先輩も来たんですね、スペシャルメニュー好きなのって千代田先輩と佐久間くんだけじゃなかったんですか?」
「相楽も清春も食堂に行ったら一人になるだろ」
「え、つまり?」
「いつも一緒に食べてるのに俺だけ一人は普通に寂しい」

おれの真向かいに座っていた飛鳥先輩に問いかけると、なんとも可愛い答えが返ってきた。
月に一回だけの食堂限定スペシャルメニュー。
今月はそれが今日らしく、セットのデザートがショートケーキだと聞いて気になるなと零したおれの一言に、「じゃあ食べに行こ」と明が言ったのが昨日のことだ。
今までは人混みが嫌いな明が残ってたのに、今日はその明もいないから一緒に食堂まで来たらしい。
正直明だけ残ってたって一人でいるのと変わらなそうだけど、っていう言葉は喉の奥に飲み込んだ。

「飛鳥先輩ってこっちが驚くくらいに素直ですよね」
「昔から良くも悪くも真っ直ぐな男だからね~飛鳥は」

飛鳥先輩とは付き合いが長いらしい千代田先輩が呆れたように笑う。

「正直に生きることこそが信頼を得る一番の近道だと、祖父に言われて育ったからな」
「はえー、かっけえす」

やっぱ本物の名家のお生まれは違うなあと今日も精悍な飛鳥先輩の顔を眺めていたら、いきなり横からぐにりと頬を引っ張られた。大して強い力でもないから痛くはないけども。

「なに、明」
「見すぎ」
「へ?」

びっくりして横を向くと少し不機嫌そうな顔で頬杖をつく明がいた。
え、なにそれ期待しちゃう。

「なにニヤけてんの」
「だって明がやきもちみたいなこと言うから」
「みたいなじゃないけど?」
「ぅえ、」
「どこで出会ったのか知らないけど、いつのまにか会長と仲良くなってるし。まじで気に食わない」

ぱちり、と目を瞬いて。
言われた言葉を咀嚼するのに数秒。
かあ、と赤くなっているであろうおれの顔を見て明が満足そうに微笑む。
ずるい。

「待ってくれ尊すぎる。相楽の急激なデレに全然ついていけてないから、俺が」
「いや飛鳥は別に付いていかなくていいでしょ」
「リアル深鈴くんが過ぎるだろ…!この神コンテンツ無料でいいの?」
「飛鳥先輩、怖いです。てかその顔人前で見せちゃダメでしょ。生徒会長の威厳なくなりますって」

すごい目血走ってるんですけど。
ここ最近、ていうか明とおれの関係が変わってから、飛鳥先輩は明がおれにだけ見せる優しくて甘いその顔に毎日悶えまくっている。
夢見たリアル深鈴くんがそこにあるわけだから仕方ないのかもしれないけど。

「はっ、危ない。目の前の光景があまりに理想的すぎて自我を失いかけていた。まあとりあえず、清春が幸せそうでよかった。頑張った甲斐があったな」
「これに関してはほんとに飛鳥先輩のおかげです、ありがとうございます!」

あの日飛鳥先輩に出会わなかったら、おれはきっと今も、毎朝明に挨拶をしては無視をされるだけの日々を送っていたはずで。
話せるようになったのも、明がおれを見てくれるようになったのも。
全部飛鳥先輩がきっかけを作ってくれたからだ。
ほんとに、先輩が深鈴くんのオタクでよかった。

「おえー。キヨくんが幸せそうなのはなによりだけどさあ、相楽も会長もキモすぎない?相楽にいたってはまじでお前誰だよ状態だし」

だから俺、相楽には近寄んない方がいいよって言ったのに。

右隣の佐久間くんが明を引き剥がすようにおれの肩に腕を回して引き寄せるから、あっさりと傾いた体はそのまま佐久間くんの腕の中にぽすりと収まってしまった。あら、なんてジャストフィット。佐久間くん、意外とおれより大っきいんだよなあ。

「そういえば佐久間くん最初そんなこと言ってたね。相楽は怖いから、みたいな」
「そうだよ。あいつが幼なじみに向ける執着と神聖視が物凄いの知ってたから。キヨくんのことまじで心配してたのに、結局あいつの手の中に堕ちちゃった。まあ俺も、心配になって少しは手助けみたいなことしちゃったんだけど」
「執着はわからんでもないけど、ん?神聖視?」
「キヨくん今からでも遅くないから俺にしとく?俺ならキヨくんのこと健全に愛してあげるよ」
「てめえのどこが健全だよカス」
「うわっ」

いつのまにか目の前に立っていた明に腕を引かれて、気付けば今度は明の腕の中にいた。
その瞬間地響きかと思うほどの絶叫が食堂中に響き渡ったわけだが、お得意のスルースキルを発揮した明の手に後頭部を抑え込まれて、おれの視界は明の着ている白いセーターで埋め尽くされた。
息をする度に香水とは違う自然なあまい匂いがして、なんだかとてもよくない。
いやいやこれは不可抗力だし、明のせいで動けないから仕方ない、と心の中で言い訳を並べる。
たとえ身動きが取れたとしておれは自らこの幸福を手放したりなんてしないけど。

「馴れ馴れしくきよに触んな、殺すぞ」
「あーやだやだ、独占欲強い男って余裕なくてまじでダサいよね」
「…上等だよ女顔、二度と減らず口きけねえようにしてやる」
「はいそれ一番言っちゃいけないやつ。お前は一回生まれ直してデリカシー学んで来いや」
「ちょ、二人とも落ち着いて!?」

おれを挟んで喧嘩するのまじでやめて!
ついこの間までおれはこの二人が付き合ってると思ってたし、明は佐久間くんのことが好きなんだと信じて疑わなかったけど、今となってはそんなのは絶対有り得ない話だったのだと身に沁みている。
なんと言っても相性が悪い。口を開けば売り言葉に買い言葉ですぐにこうなる。
聞いたところによると恋人はおろか友達ですらなく、「都合がいいから利用しているだけの関係」と口を揃えて言われてしまったのはまだ記憶に新しい。
「相楽」と「佐久間」で出席番号が前後だったことで必然的に教室の席も前後で、そのうちお互い見た目で判断されることに辟易している同類だということがなんとなくわかって、「こいつが近くにいるとうざい奴らが寄ってこない」と気付いたものだから楽さを取って流れる噂も特に否定せず二人で行動を共にするようになったらしい。
そりゃあこんなにも麗しくてお似合いな二人が並んでいたら、その他大勢の一般ピーポーは近寄れないに決まっている。
だとしても、今までよくもまあこの不仲さを隠して来られたなと思う。
おれなんて気付きもしないどころか、明があんなに気安く喋ってるなんて…と嫉妬を通り越して打ちのめされていたというのに。

「はいはいそこまで!料理来たから終わり!相楽も佐久間も座って。瀬尾くんが困ってるでしょー」

最終的に千代田先輩が間に入って場を収めてくれるというのがここ最近のお決まりの流れになっていた。おれにはもう千代田先輩がお母さんに見える。だってこの中で一番まともな人だもん、まじでいてくれてよかった。
チッ、と仲良く舌打ちをハモらせて席に戻る二人を見ながらおれも自分の椅子に座る。
テーブルの上はいつのまにか綺麗に配膳が済んでいて、何万もする高級ランチのステーキがおれを見つめていた。あぶねえ、ヨダレ垂らすとこだった。

「め、めい、本当にいいんだよな?」
「好きなだけどーぞ」

お詫びとお礼だから、と言われて今日のスペシャルランチは明が奢ってくれるという約束になっていた。出費ゼロでこんな美味そうなご飯が食べられるなんて最高すぎる。
おれは食堂のご飯を食べることなく卒業することになると思ってたのに。

「じゃあ遠慮なく!いただきまーす」

おそらくおれの学園生活において最初で最後になるであろう高級ランチだ。一口ずつ大切に味わわなければならないと決意を固め、切り分けたステーキを口に運んだ。

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