神様が死んだ日

おつきさま。

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神様が死んだ日

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「お、瀬尾ちょうどいいところに。先生このあと職員会議だからさ、ボールだけ倉庫に片しておいてくれないか?」

本日最後の授業が終わり、体育館から教室に戻ろうとしたところでそう声をかけられてしまった。
ちょうどいいところに、なんて言ってしっかり自分からこっちに歩いてきてたのをおれは見てたぞ。
うちの生徒は地位も気位も高い奴が多いから、庶民派のおれには頼み事がしやすいんだろう。
よくあることだった。

「えーまた?はいはい、わかりましたよ」
「ありがとう助かる!」

颯爽と去っていく背中を見送って、授業で使ったバスケットボールのカゴを体育館倉庫に運ぶ。
2クラス合同の授業で出されたカゴは全部で三つ。それを元の場所に戻して終わりの簡単な作業だからそこまで苦じゃない。意外と重いそのカゴを一個ずつ運んで、最後のカゴを戻し終わった時だった。
ガシャン、と強い音がして振り返ると倉庫の鉄扉が閉められた所だった。
え、え、なにごと?
慌てて扉に駆け寄って「すみません、まだ中にいるんで!」と言いながら手をかけるも扉は全く開く気配がなかった。
嘘、え、閉じ込められた?
ガンガンと握った拳を扉に叩きつけると、向こう側で誰かの笑い声がした。

「いつまでもあの人に纏わり付いてさ、邪魔なんだよね。ばいばい、瀬尾くん」

瀬尾くん、っておれを呼んだその声に聞き覚えがあるような気がした。でもそれが誰だったのかは思い出せないし、ゆっくり考えてるような場合でもない。相変わらずうんともすんとも言わない扉に完全に閉じ込められたことを悟る。
体育館倉庫の鍵は外にしか付いていないのだ。

「う、嘘だろおおお!ふざっけんなよまじで!」

ぬおおお、と頭を抱えて叫んでいたら背後でガタリと物音がした。
なになになに幽霊!?おれ怖いの無理なんですけど!!
泣きそうになりながら振り返ると、なんとそこにいたのは恐ろしい幽霊でもなんでもなく、いつもより髪が乱れた寝起き感満載の明だった。

「ふぇ…?め、めい?なんでここに、」

相変わらずとてつもなく不機嫌そうな顔をしていて、ギロリと鋭い瞳がおれを見据えた。

「…うるっさいんだけど。てかなんでお前がここにいんだよ、ストーカーも大概にしろよクソが」
「ご、ごめん!でも今回はストーカーじゃなくて!体育の授業でボール片付けてたらいきなり閉じ込められたんだよ、どうしよう」
「はあー?」

明がこっちまで歩いてきて、そんなわけないだろと言うように扉を引いた。でもやっぱり、ガンッとかけられた鍵につっかえて扉はそれ以上動かない。

「まじで最悪。ふざけんなよお前」
「ごめん、でもおれも被害者なんだけど…」
「うるさい、事の発端はお前だろ」
「はいおっしゃる通りです!」

間違いなく最近の嫌がらせの一部だろう、明はそれに巻き込まれただけの完全な被害者だ。
でも少しだけ、おれのせいと言われればそれはそうなんだけど、元はと言えば生徒会に近づいたのが原因なわけで、お前らの顔が良すぎるのも悪いだろと言ってやりたくなった。うん、完全なる逆恨みだ。そもそもおれが明のことを諦められずにストーカーしているのが悪いに決まっていた。

「もういい寝る。お前は俺の視界に入らない場所で静かにしてろ」

そう言って明は積み上げられたマットの上に戻って行った。

「待って待って!え、おれ達出られなくなったんだよ?どうすんの?」
「もうすぐ部活で使うやつらが来るだろ、うるさい」
「………でも、今日水曜だよ」
「あ?」

おれだってさっき一瞬そう思ったけどさ、でも。
水曜は部活動が休みの日なのである。
つまり、さっきのが今日最後の授業でこのあとここを使う部活もないってことはおれ達を助けてくれる人はいないってことだ。ちなみに模範的な生徒であるおれは授業にスマホを持ち込んだりしない。よって連絡手段なし。

「明、スマホ持ってる?」
「置いてきた」

終わった。
助けも呼べないうえにこんな頑丈な鉄の扉を壊せるわけもない。
え、明日体育館が使われるまでおれ達このままなの?ご飯は?トイレは?

「う、嘘だろ…」

絶望に耐えきれずその場に崩れ落ちたおれとは反対に、明は何事もなかったかのようにマットの上で目を閉じた。いやだからなんで寝られるんだよ!

「め、明さん?ほんとに寝るの?まじ?」
「うぜえな殺すぞ。どうにかなんだろ、ほっとけ」

えーん冷たい。
頭をフル回転させたっていい案なんてなに一つ思いつかない。窓なんて一つもないこの場所でどうにか抜け出すなんて不可能だった。無理ゲーすぎる。くっそ閉じ込めたやつまじで許さん、絶対見つけ出して報復してやる。お前の下駄箱と机にもゴミを詰めてやる、と復讐心を燃やしている間に明は眠りの世界に戻ったようで「すう、すう」と静かな寝息が聞こえてきた。

「…めい?」

比較的小さい声で名前を呼ぶ。
返事はなかった。無視されてるだけかもしれないけど。できるだけ音を立てないように、そーっと近づいてその顔を覗き込む。
天使みたいに綺麗な寝顔は目を覚ます気配はなかった。

「ははっ、ほんとに寝てるよ」

昔から変なところで肝が据わってるんだよな。
一人で騒いでバカみたいじゃん、おれ。
明の寝顔を見てたら気が抜けてきて、焦っても仕方ないかと思えてきた。
それに、せっかく明の寝顔を堪能できるチャンスだし、と本人の前で言ったら確実にぶん殴られるようなことを考える。
ついこの間も熱を出して眠る明の顔を眺めていた。
あまりに綺麗で、それだけでおれは泣けてきて。この数年明の視界に入るだけで声を聞けるだけで奇跡だと思ってたのに、この間も、今も。ほぼ罵倒だけど明と会話をして同じ空間にいる。ずっと夢の中にいるみたいに現実感がない。
いつかこのまま、昔みたいにじゃなくても明と当たり前に話せる日が来るんじゃないかって、性懲りも無くありえない期待をする。
ほんの少し、ほんの少しだけだ。本気でそう思ってるわけじゃない、そうだったらいいのにっていうだけの話。






どれくらい時間が経ったんだろう。
「んうぅ、」と人を殺せる威力のかわいい声を漏らして明が目を覚ました。
のそりと起き上がっておれの姿を見つけた瞬間にさっきまでの穏やかな顔はどこへやら、殺す勢いで睨みつけてくる。

「あ?なんでここにいるんだよカス」
「……えへ」

それもそのはず。
おれが座っているのは明が寝ていたマットのすぐ横。ここでずっと寝顔を見ていたなんてバレたら死は免れない。でもそんなことよりもさっきの可愛すぎる声がおれの心臓を貫いたまま抜けてくれない、やばい鼻血出たらどうしよう。

「キモ」

そんなおれに明は気づいているのかいないのか。いやさすがに気づいてないと思いたいんだけど。
睨まれもせずに真顔で言われるのダメージデカっ!!

「あー、てか、なんで明はここにいたの?」

自覚がありすぎて言い返せないので強引に話題転換を図る。

「めんどいからサボって寝てた」
「へー。それなら談話室とかに行けばよかったのに」

そうしたらこんなところで嫌いなおれと一緒に閉じ込められることもなかっただろうに。
まあおれとしてはめちゃめちゃありがたいけど、そのおかげで今明と一緒にいられるし。

「うるせーな。直前でめんどくなったんだよ」

そう言ってダルそうに髪をかき上げる明のなんとエロいことか。思わずため息が出そうになった。

「だからジャージ着てるんだ」
「……お前は?なんでボールなんか片付けてんだよ。教師か体育委員の仕事だろ」

驚いた。まさか明の方からおれに話を振ってくれるなんて。そもそも返事が返ってくる時点ですごいのに。なんだろう、いっぱい寝たからちょっと機嫌いいのかな。

「職員会議があるからって言われて。そういえば体育委員がいたんじゃん、あの先生いっつもおれに頼んでくるんだよなあ。まあ大したことじゃないからいいけど」
「お前がそうやって簡単に引き受けるからだろ」
「でも頼まれるってことは困ってるってことで、それを断るのは気が引けるじゃん?」
「……相変わらずだな、お人好し」

落ち着いた瞳が静かにおれを見た。
相変わらず、と明は言った。
そのたった一言に心臓がぎゅうっと締め付けられた。喉の奥がツンと痛んで瞬間的に泣きそうになる。

今までの明はずっとおれの存在を否定していた。
名前を呼んでもどれだけ話しかけても、明がおれの声に応えることはなかった。
それはおれのことが嫌いだからっていうだけの理由じゃなくて、おれたちが昔仲が良かったことも幼なじみだったことも、明の中ではきっと全部なかったことになってるんだろう。それだけのことをした。
だから今はもう、それが当たり前になったのに。
相変わらずって言ってくれるのは、明の中には幼なじみのおれがまだ生きていて、こんな関係になってしまった今のおれのことも少しは見てくれてるってことなのか。

そんな期待をしたおれを嘲笑うように、明はおれをジッと見つめたまま緩く首を傾けた。


「なんでそんなこと思うんだろうな。
お前はきよじゃないのに」


至極当然のことを、さして興味もなさそうに。
明の冷めた声がそう言った。


昔は昔は、って。
おれはよく明に酷い扱いをされる度に過去の明がおれにしてくれたことと比較したけどそれがどれだけ意味のない行為だったかを思い知る。
ああそういうことか。
あんなにずっと一緒だって言ったおれのことを躊躇なく殴り付けて蹴り飛ばせる理由。
明にとっておれは元幼なじみでもなんでもない、ただ自分を裏切っただけの赤の他人。
明が大切にしていたきよはおれじゃない。そういうことだった。


「……おれはおれだよ」


へらり、と癖になった笑い方。
もしも飛鳥先輩がここにいたら、泣いてしまったかもしれない。





それからおれと明は他愛もない話をした。
スマホもなくて暇だからか、おれがなにか話しかけると明は罵倒混じりではあるものの答えてくれた。
さっきあんなことを言われたばかりでも、単純なおれはそれだけで喜べる。おれの喜怒哀楽は全て明で構成されているのだから。


チカチカ、と頭上の蛍光灯が明滅する。
時間が経つにつれてその間隔が短くなっていることに気づいたのは少し前。

「明、あれ大丈夫かな。めっちゃチカチカしてるんだけど」
「そろそろ切れそうだな」
「えー、せめて明日の朝までもってもらわないと困る」

そんな会話をした時だ。
パチパチと明滅が細かくなって最後に弱い光を放った後に、蛍光灯は完全に光を失った。
突然世界が真っ暗になる。
隣にいる明が「完全に切れたな」と言いながら軽く舌打ちする音がどこか遠くの世界から響いてくるようだった。
暗い、なにも見えない。

「め、めい…!どこ!?」

途端に平衡感覚が狂って、世界がぐにゃりと歪み始める。

「騒ぐなうるさい。どこもなにも動いてねーよ」

そんなことを言ったって、適当に伸ばした手は空を切るばかりで明には届かない。
落ち着かなきゃいけないという意識とは裏腹に呼吸がどんどん乱れていく。

「…っは、は、…めぃ、めい…っはぁ、」
「っお前、それ治ってなかったのかよ!」

強い力で腕を引かれて、明の存在に辿り着く。
やっと見つけた温もりにおれはなりふり構わず必死に縋り付いた。ぎゅう、と掴んだ服を強く握りしめる。

「たすけ、…っ、…ひ、ぅ」
「バカ、ゆっくり息吐け」
「ふっ、うぅ…っ」

明の大きい手がおれの背中をやさしく撫でた。
とん、とん、と規則正しいリズムで触れるその手に段々とぐちゃぐちゃになっていた思考が落ち着いてくる。吸い込みすぎるな、ゆっくり吐けっていう明の言葉の通りに息をすれば楽になれることを知っていた。







暗いところが怖い。
だから夜眠る時、部屋の電気を消すことが出来ない。
おれがそうなったのは小学5年生の秋のことだった。


いつも通り明と一緒に家までの道を歩いていたら、急に横に止まった車から降りてきた男が明を連れ去ろうとしたのだ。相楽の息子を狙った誘拐だ。反射的におれは明を助けようとして、結果的におれ一人だけが代わりに誘拐された。暴力を振るわれたとか、何か酷いことをされたとかはない。
だけど動けないように体を縛られて目隠しをされて、なにも見えない真っ暗な闇の中で今が何時でここがどこなのか、助けが来るのかもわからない環境は見事におれにトラウマを与えた。
数時間後には助け出されたものの、それ以来おれは真っ暗な空間にいるとこうして過呼吸を起こすようになってしまった。









「大丈夫、俺がいるから」

普段なら絶対に言わない、だけど昔の明ならいつも言ってくれていた言葉を聞いて、おれの意識はぷつりとそこで途切れた。
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