神様が死んだ日

おつきさま。

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神様が死んだ日

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「瀬尾ー?生きてるー?」
「…見ればわかるだろ死んでるよ」
「うん、ゾンビって感じだ」
「……はねみや、おれはどうすればいい」

ぺたりと右頬を机にくっつけて、羽宮なんかに人生の教えを乞う。
ああ冷たくて気持ちいい、机の木目を眺めてたらこのままおれも机になりたくなってきた。

「いや机だなんておこがましいか、この木目の中の一つがおれでいい。おれはそれぐらい価値のない男だ」
「おーっと怖い怖い怖い、なんか漏れちゃいけないもの口から漏れちゃってるよキヨちゃん」
「はねみや、おれは机になる。そしてお前はおれの上で勉強しろ」
「いやオレにはオレの机がもうあるからそれは無理かな」

羽宮なんかにもフラれるなんて、おれはどれだけ価値がないんだ。終わりだ。あ、もうとっくに終わってたかおれの人生なんて。お先真っ暗、太陽は二度と昇らないし明は二度とおれに笑わない。

「うゔっ、……はねみや、おれはめいがいないと生きていけない…ズビッ」
「はいはい、もうそれ毎日聞いてる。寮でも教室でも毎日聞いてる」

ほら汚いから泣くな、っておれの意思とは関係なく流れ落ちてくる涙を羽宮がティッシュで雑に拭いてくれる。意外と面倒見のいい男なのである。

「めいに会いたい」
「会いに行きゃいーじゃん、どうせまた殴られるだろうけど」
「むり。きらいって言われたもん、めいに、きらいってえぇ~うっ、うえっ、」
「もーお前だるいって!なんでDVにはへこたれないくせに嫌いって言われただけで折れるんだよ?瀬尾が相楽に嫌われてることなんて周知の事実じゃんよ」
「うるさい、はねみやなんかに言ってもわからん」

文句を言いつつも垂れてきた鼻水を拭いてくれたから遠慮なくそのまま鼻をかんでやった。
へっ、ざまーみろ。

「うわきたな。そりゃわからんけどさー、もう一週間だぞ一週間。いい加減諦めるか腹括ってストーカー再開するかどっちかにしろって」
「他人事だとおもって…」
「バチバチに他人事だわ」

羽宮の言う通り、おれはあの日から一週間明に会っていない。毎朝の日課もやめたし昼に談話室に行くのもやめた。明に会いたくて会いたくて堪らないけど、明から言われた「大っ嫌い」が心臓に刺さったまま抜けなくて、それが致命傷になっている。
明に嫌われてることなんてそりゃわかってたけど、面と向かって本人の口からそれを言われたら思っていた以上のダメージを受けた。
もうほんとに無理なんだって、わからされた。

「あ、ほら。会長から電話!」
「いいよもう」
「はあー?んじゃオレが代わりに出てやろ。もしもーし」

あの日から飛鳥先輩の誘いも全部断って、もう関係修復とか無理そうですって伝えたけど、先輩は納得がいかないようで毎日連絡が来る。
リアル深鈴くんの夢を叶えてあげられないのは、申し訳ないなって思うけど。いや、元々無理だと思ってたし。

「すみませんうちのアホがご迷惑おかけして。今代わりますんで。ほら瀬尾、繋がってるから話せ」

お前はおれの母さんか。
強制的にスマホを耳に当てられて通話を強いられた。

『清春か?』

久しぶりに聞くその声に何故か涙腺が刺激されてまたしてもコントロールの効かない涙があふれ出す。わからない、多分会長の声があまりにもやさしかったからだ。

「あすかせんぱい、」
『今日の昼、いつものとこに来い。絶対な』
「…むりです、おれもう明に会えないです」
『でも会いたいんだろ?会わせてやるから来い。どうせ元々嫌われてたんだから、気にすることないだろ』
「ひでえ。思いやりってもんがないんですか」
『あるから電話してるんだろ。俺と満と一緒に食べるだけだと思って軽い気持ちで来ればいい。ついでにお前の大好きな相楽が見られるんだからいいだろ』
「…うう、」
『とにかく待ってるから、じゃあな』

言いたいことだけ言ってぶつりと切られた。
飛鳥先輩には意外と俺様の素質がある。

「だってさ、絶対行けよ。そんで相楽を摂取してまともなメンタルを取り戻してこい。もうオレ明日からはお前の面倒みてやんないから」
「そんな、おれにはもう楓しかいないのに」
「瀬尾のメンヘラ需要ないから」









昼休み。
散々迷いに迷ったおれは今特別棟に向かう廊下を歩いている。
明に会いたい気持ちと会ったらまた嫌いって言われるかもしれない恐怖がせめぎ合った結果、背に腹はかえられぬということで明に会いたい気持ちが勝ってしまった。でも大丈夫、もう無理に話しかけたりしないようにするし、飛鳥先輩も言ってたようにおれはただ久しぶりに先輩たちと一緒にご飯を食べるために行くだけ。友達だし、言い訳は完ぺきだ。




「久しぶりだな、清春」
「…お久しぶりです」
「ははっ、なに硬くなってんだよ。なにかあったら俺が守ってやるから安心しろ」

そう言って飛鳥先輩はいつものようにおれの頭を雑に撫でた。髪がボサボサになるから嫌なのになんでか今日はそれに安心なんかして。深鈴くんの限界オタクだけど、それでもこの人は頼れる生徒会長なんだって今さらのように実感した。

 




なーんて思ってた数分前の自分を殺してやりたい。
談話室に入った瞬間、飛鳥先輩は急な仕事が入ったとかなんとか言っておれのことをあっさりと捨てていきやがった。いやまあそれはいい、仕事なら仕方ない。生徒会役員は授業免除の特権が与えられるほど仕事量が多いのだから。生徒会長にもなるとそれはもう色々大変なんだろう。だがしかし!おれが許せないのはその後だ。ドアを開けると部屋の中には明が一人、いつもの席に座っているだけ。この時点で尋常じゃない気まずさだ。あまりの気まずさにおれはソファに座ってから即座にラインを送った。

〝千代田先輩はいつ来るんですか〟
〝満も佐久間も今日は来ない。月イチのデザート付きスペシャルメニューの日だからな。デリバリー不可だから毎月あいつらそれだけは学食まで食べに行くんだ〟

なんっっじゃそれ!!!
月イチのスペシャルメニューってなんだよそれそんなんあるのかよ!わざわざ毎月食べに行くってどんだけ美味いんだよ!
ってか、は?!なにそれじゃあ今日おれはこのまま明と二人ってこと!?
無理だ、帰ろう。そうしよう。
また明に嫌いだと言われる前にここは潔く撤退だ。視界の端で一瞬明の生存を確認できたからそれだけで満足だ。よし。
と決意したところでピローンという通知音。


〝ちなみに三十分経つまで中からは鍵開けられないようにしといたから帰ろうとしても無駄だぞ。会長権限だ〟


「っ~~あんっのバ会長…!」


職権濫用にも程があるだろ!
さっき少しでも頼りになると思った自分が恥ずかしいわ!!あんなことがあった後でまた明と二人とかどうすればいいんだよ。


「っ!」


やべ、目合っちゃった。
絶対この間あんだけ言ったのにまだ姑息な手を使って二人きりになろうとする粘着ストーカーだと思われてる…!

「ご、ごめん明!これはおれが仕組んだことじゃなくてあのクソ会長に嵌められて…!と、とにかく何も変なことはしないし、ちょっとすぐには出て行けないんだけど大人しくするって誓うから、あの」
「……うるっさい、静かにしろ」
「はいすみません!…て、あれ、」

ここでおれはあることに気づいた。

…なんか、明の顔赤くないか?

いつも通り睨まれてると思ってたけど、よくみたら睨んでるんじゃなくてしんどそうな感じだ。
呼吸も苦しそうだし…まさか。

「明ごめん!後で殴ってもいいから」
「はあ?」

何も変なことはしないって言ったさっきの自分の言葉をさっそく破ることに罪悪感を覚えつつ、明の横まで行ってその額に触れた。
殴られる覚悟はできてるけど緊急事態だから許してほしいなとは思う。

「あっつ!やっぱり、熱あるよ明」
「…はっ、さわんなくそ、」

おれの手を振り払おうとした動作がかえってしんどかったようで、明の体がぐらりと傾く。

「っゔお、あ、あぶな…」

椅子から落ちる寸前のところで支えたら、まるで明に抱きつかれてるような体勢になってしまった。
美しい顔がおれの肩口に埋められていて、熱を持った吐息が右耳にダイレクトに響いてくる。
まままま、待って何これ無理なんだけど死ぬんだけど!!!あと普通に身長差あって重い!!

「め、明、大丈夫か。とりあえず後ろのデカいソファに運ぶぞ?」

頭の中が真っ白になって違う意味でおれもぶっ倒れそうになりながら、なんとか明を運ぶことに成功した。近くに置いてあったブランケットをかけてやって、そこら辺の棚を漁ったら出てきた冷えピタをおでこにペタリ。冷えピタと一緒に見つけた体温計で熱を測ったら、なんと39度。

「熱たっか…なんで休まなかったんだよ」
「うるせーな、朝は普通だったんだよ。…ってか、お前もうどっか行けよ、うざい」
「いや、おれ今この部屋から出られなくて。そうだ、冷蔵庫に飲み物入ってたよね。なんか持ってくる」
「いらねー、げほっ」

後ろで明がなんか言ってるのは無視して冷蔵庫に向かう。
明はほんとにおれにいなくなって欲しいと思ってるし世話だってやかれたくないんだろうけど、熱のせいでいつもよりも棘が弱くなってるのを感じる。だって、こんな普通に会話が成立してるの何年ぶりだろうって、ほんの少し懐かしい気持ちを覚えた。

「はい、スポドリあった。冷えてておいしいよ」

飲みやすいようにキャップを外して渡したら、明は一瞬おれを睨んでから素直にそれを受け取った。


「小学生の時もさ、こんなことあったよな」


いまなら明は怒らないで聞いてくれる気がして、ついそんな言葉が口からこぼれた。

「明が熱出してさ、帰り道でぶっ倒れたの。あの頃はまだ身長同じくらいだったから、おれが明のこと背負って帰ったけど、今はもう無理だな」
「…覚えてない」
「そう?残念。あの時の明ちょーかわいかったのに。なんで体調悪いのに学校来たんだよってあの時もおれ、お前に聞いたの。そうしたら明、なんて言ったと思う?」


おれはよく覚えてる。
ずっと忘れられない、大切な思い出。


「きよに会いたかったから、って。おれ、あれうれしかったんだ」


さすがにそろそろキレられるかなって思って様子を見たら、この数秒の間に明は寝てしまったようで。おれの好きな瞳はまぶたの奥に隠されてしまった。



「寝ちゃったの、明」



なんだ、もうちょっと話していたかったのに。 
お前が覚えてるか、聞いてみたかったのに。










明が眠ってる。
静かだ。
眠ってるから、その瞳におれを映さないから。
だから、不快になってキレることもない。
それをいいことに、眠り姫よりも綺麗な明の寝顔を近くで見つめる。


「まつげ、なが…」


長いまつげが目の下に影を落としてて、それが信じられないほど綺麗で。
なんだか泣けてしまうなんて、ばかみたい。

「っふ、めいぃ…」

ぱた、ぱた。
落としてしまった涙が明の頬に落ちて流れた。
まるで明が泣いているみたいだった。
俺の涙だったはずのそれが、明のものに見えて、なんかいいなって思った。
それだけで、おれの中の何かが少しだけ救われたような気がした。
もういっそこのままずっと眠っていてくれればいいのに。そうしたら、おれはまだお前のそばにいられるのに。まだ、ずっと。








そんなバカみたいなことを願ったせいか、薄いまぶたが小さく震えた後に、明は呆気なく眠りから目を覚ましてしまった。
寝惚けてるのかぼんやりと視線が宙を彷徨った後に、はちみつを溶かした紅茶の瞳がおれを見つける。


「きよ…?」


夢だと思った。
だって、その声はもうおれのことをそう呼ばない。

「…めい?」
「きよ、さむい。こっちきて」

不意に腕を掴まれて引き寄せられる。
触れた先から伝わる明の体温に火傷しそうだった。

「きよ」

それしか知らないみたいにおれの名前を呼んで、もうどこを探しても見つかるはずのないやさしい瞳でおれを見つめる。


(……そっか、)


夢をみてるのは明の方だった。
熱に浮かされて、夢の中のおれと間違えていることに気付く。なんだそれ、それこそ夢だと思った。
目が覚めたらきっとお前は全部忘れちゃうんでしょ。
ならおれにも今だけおなじ夢をみさせて。

「なんだよ明」
「きよ。なんかずっと、変な夢みてた」
「どんな?」
「きよが俺から離れていく夢。すげー怖かった。そんなことあるわけないのに」

そうだった。
おれも明も、お互いが離れることなんてありえないことだと思ってた。

「ははっ、確かに変な夢だな。おれはずっと、なにがあっても明のそばにいるよ。明が望む限りずっと」
「知ってる。じゃあきよは死ぬまで俺と一緒だな」
「ほんと?めい」
「なんだよ、当たり前だろ。ていうか、きよがそばにいないとかありえない。離れたがっても離してやんないから。お前はずっと、俺の隣にいるの」
「ふはっ、なんだよそれ。明おれのこと好きすぎ」
「好きだよ、当たり前。知ってるだろそんなの」

うん、知ってる。
明はおれのことがほんとに好きだった。
だけどそれはおれと同じ好きじゃない。だから言われる度にうれしくて、それ以上に苦しかった。
明にとっておれはこんなに特別なのに、どうしてそれがおれの望む好きにならないんだろうって。

「なんか、今日のきよ変じゃない?どうかした?」

ちがう、変なのは明の方だ。

「ううん、なんでもない。おれも明のことが大好き。だからさ、おれ、明のことずっと好きでいてもいい?」
「はあ?やっぱお前今日変だぞ。俺のこと好きじゃなくなったら許さないから」

起きたまま見る夢があまりにしあわせで、どうしたらずっとこの夢が醒めずにいられるんだろうって考える。これさえあればもうなにもいらないのに。



「ねえ明、」



〝それなら明も、おれのことずっと好きでいてくれる?〟



ばかみたいなことを聞こうとして、やめた。
夢の中の明ならきっとなんの曇りもなく頷いてくれるんだろうけど、今のおれが聞いてもそれは嘘に変わっちゃうから、聞かないままでいい。
だっておれは現実の明がそうじゃないことを誰よりも知ってる。

「明、お前熱あるんだからそろそろ寝ろよ」
「熱?あったっけ」
「あるよ、39度もある。あとで薬も置いとくから、なんかご飯食べたらそれも飲んで」
「ん、わかった。…きよ、起きてもそこにいろよ」

ぎゅ、と手を握られてうっかり泣きそうになった。
ばか明、過去の自分に嫉妬なんかさせんなよ。
惨めでどうしようもない。




「おやすみ、明」















静かに寝息を立て始めたことを確認して、そっと繋がれていた手をほどいた。
ほんとうは一生繋いでおきたいくせに、どうしてそれを自分から離さなきゃいけないんだろう。
起きた時もお前の隣にいられたらよかったのに。


談話室にはほんとになんでも揃っていて、探したら風邪薬も出てきた。
ソファの横のテーブルにスポドリと風邪薬を置いて、それからまだ手をつけてない今日の弁当を置く。
もうすぐ昼休みも終わる。食べてる時間はないし、薬を飲む前にご飯を食べた方がいいはずだから。きっと捨てられるだろうけど、まあそれならそれでいい。
次に目を覚ました時、「起きてもそこにいろよ」って言った明はもういないから、さっきまでのやさしい明が嘘にならないうちに静かに部屋を出た。
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