I love youの訳し方

おつきさま。

文字の大きさ
上 下
29 / 33
クリームソーダといちごミルク

しおりを挟む
一週間ぶりに怜さんと会う夜。
いつものように部屋を訪ねると、怜さんは既に何本かアルコールの缶を空けていた。

「飲み過ぎじゃないですか」
「いーんだよ」

煩わしそうな顔をした頬には真っ白な湿布が貼られていた。目に入ったそれに思わず手を伸ばして指先でそっと撫でる。

「怜さん、この間は」
「朔良」

出来ていなかった謝罪を口にしようとしたら、わかりやすく遮られた。

「お前も飲めよ。それともすぐスる?どっちでもいいけど」

誘うような声が耳元で囁いた。
怜さんはいつも自分のことを必要以上に軽く見せようとして、わざとこういう態度を取ってみせる。
俺にはそれがどうしてなのか、いつもわからなかった。

「どっちもやめておきます。今日は話があって来たから」
「へー。何、別れ話?」

怜さんがつまらなさそうな顔で手に持った飲みかけの缶を揺らす。
ちゃぷりと中身が音を立てた。

「うん。そう」
「あはっ、お前にフラれる日が来るなんて思わなかったな。結局ずっと、お前は俺のことが好きなんだと思ってた」
「好きですよ、ずっと」

最初から、今も。
怜さんのことが俺は大切だった。
でももう終わり。

「嘘」
「え?」
「…まあでも、自業自得ってことくらいわかってる」

残りの酒を煽って、怜さんが笑う。

「朔良、でも俺、お前のこと好きだよ。お前のことしか好きじゃない。愛してるって言ったじゃん」
「…怜さんの好きも、愛してるも。全部軽いんですよ、信じたかったけどいつも信じられなかった」
「別にいいよ、それで。わざとそうしたんだから」
「は…?」
「ははっ、最後だからネタバラシ」

しーっ、て。
幼い子どもが秘密の話をするように、人差し指を立てて。
俺を見るその瞳はいつになく穏やかな色をしていた。

「重いから、俺。お前はアホみたいに俺に優しくしたけど、そんなんじゃ全然足りなかった。お前の愛はさ、優しいばっかで歯痒くなる。もっともっと俺だけになればいいのにって思ってた。浮気して、お前が取り乱したり俺に縋り付いて泣いてる姿を見ると、あー愛されてるなって思えた」

知らなかった怜さんの本音が、滔々と語られる。

「何回浮気したって別れようって言ってこないのは、それだけ俺のことが好きなんだって思えた。ダメだってわかってるくせにお前の愛を何度も試した。だけど自分が重いことはバレたくなくて、余計に軽く振る舞った。だからいつか、こんな日が来るってわかってたよ」

そこにいたのは、全く俺の知らない人だった。
一年も一緒にいて、あんなに身体を重ねて、俺は本当に何一つ怜さんのことを知らなかった。

「…なんだ、それ。なんで言ってくれなかったんですか。そんなことしなくたって、俺には怜さんだけだった!足りないならもっといっぱい言葉にしたし、もっとわかりやすく尽くしたってよかった!あなたの為なら、俺は…」
「ああ」
「いくら気持ちがあったって、怜さんが浮気した事実は変わらないじゃないですか。あなたに触れる度に想像するんですよ、俺だけじゃないって。やっと手に入れたと思ったのに、俺だけの怜さんなんてどこにもいなかった」
「うん、ぜんぶ間違えたんだ。ごめんな朔良。でもさ、」

悲しそうにわらった瞳が静かに俺を見つめる。

「気持ちが別のところに行ってるのは浮気じゃねえの?」
「は…」

グシャリと無造作に前髪を掻き上げて、取り出した煙草に火を付けた後、怜さんは言った。

「そういう隙を作ったのも結局俺だけど、段々お前の気持ちが離れて行くことに気付いてた。それがどこに向かってるのか、見たらすぐにわかった。そういえば最初は、俺にもあんなふうに笑ってたっけって。それで、もう戻れないんだなって気付いた」
「…よく、わかりません。なんの話ですか」
「お前の好きな奴の話」
「怜さんでしょ」
「ちげえよバーカ。なにお前、初恋がそんなに大事か?もういいから、ちゃんと幸せになれば」

はいおしまいって。
最後の煙を吐き出して、燃えて短くなった煙草は灰皿の底に葬られた。
それはきっと俺たちの間にあった一応は恋と呼べる何かで、いつかは終わることがわかっていたこの関係性そのものだった。

「…怜さんも。幸せになってください。幸せに出来なくて、すみませんでした」
「ははっ…真面目だよなぁお前。そういうところも好きだったんだ。俺の方こそ、傷付けてごめん」

細く長い怜さんの指先が、俺の髪を梳いて通り過ぎていく。
初めて好きになった人、同じじゃなくてもいいって肯定してくれた人、本当の俺を見つけてくれた人。
たとえばこの気持ちがもう恋じゃなかったとしても、それだけは変わらない。










  



全てと思えるほどに気持ちを傾けていた初めての恋の終わりは、思っていたよりも穏やかで、静かな痛みをもたらした。
きっと最後になるであろう帰り道を歩きながら「ちゃんと幸せになれば」という怜さんの言葉を思い返す。幸せってなんだろうってそんな哲学みたいなことを考えてみたら、なんでか一番にアンタの顔が思い浮かんだんです。

 
ねえ、どうしてだと思いますか、向井先輩。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

俺は完璧な君の唯一の欠点

白兪
BL
進藤海斗は完璧だ。端正な顔立ち、優秀な頭脳、抜群の運動神経。皆から好かれ、敬わられている彼は性格も真っ直ぐだ。 そんな彼にも、唯一の欠点がある。 それは、平凡な俺に依存している事。 平凡な受けがスパダリ攻めに囲われて逃げられなくなっちゃうお話です。

俺の事が大好きな○○君

椿
BL
好意を向けられていることに対する慢心が段々執着に変わっていった、優男の皮を被ったメンヘラ攻め(クラスの人気者)×振り回される陰キャ受け(平凡)。 そこに偶に攻めの幼馴染で裏表のない不良(不良ではない)が絡んでくるなんちゃって三角関係話。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...