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太陽と向日葵
④
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最後に辿り着いたのは向日葵で作られた巨大な迷路。俺の背丈を優に超える大きさの向日葵が、整然と並んで壁を作っている。
「でっか!すご!美好くんより大きいんじゃない?」
「そうですね、俺より少し高いくらいかな」
「ひまわりに負けてやんのー」
「どの口が言ってます?」
じとりと横目で睨まれた。なんだよ冗談じゃん。
わざとらしく俺を置いて行こうとする美好くんの背中を早足で追いかけて、迷路の中へと足を踏み入れた。
こういうのはちょっとした遊び心が大切である。
ということで、分かれ道が来るたびにジャンケンをして、勝った方が決めた道に進むというルールを取り入れた。
左手だか右手だかを壁に当てながら進めば迷わずに出られるという攻略法を聞いたこともあるが、そんなものに頼る気はなく俺は毎回直感で進む方向を決めた。それも遠回りになりそうな方。
だってせっかく美好くんと一緒にいられるのに、誰がここから抜け出したいと思うだろう。このまま一生ぐるぐる迷ったっていい。むしろそれがいい。
そんな美好くんからしたら傍迷惑なことをずっと考えている。
健気な俺の思いとは裏腹に、楽しい時間は容赦なく過ぎて行く。
そもそも今日は集合が遅かったせいで太陽はもう西に傾き始めていて、西日の淡いオレンジが向日葵の鮮やかな黄色を薄めていた。
「綺麗だな。ひまわりってさ、太陽に向かって咲くって言うじゃん。だから花言葉はあなただけを見つめる」
「先輩はいつも急ですよね」
不意に思い付いたことをそのまま口にしたら、隣でひまわりを見上げていた美しい横顔がこっちを向いて呆れたような顔をした。
そんな顔には慣れっこなので、俺は気にせず続ける。
「花が咲く前の時期の向日葵は、太陽が上り始めるのと一緒に東から西に向きを変えていく。太陽のことをずっと追いかけてるんだよ。一途だよな、俺みたいじゃない?」
「はい?」
「…なーんちゃって」
好きって言わない。
美好くんからしてみればバレバレらしいけど。顔に全部出てるらしいけど。この間はうっかり言っちゃったけど。一応、そう決めた。
だけどたまにどうしようもなく、言葉が口を突きそうになる。だから遠回しに、ギリギリ許されそうなラインを測っておふざけのように言ってみた。美好くんはきっとお得意の冷めた目で「何言ってるんですか」とか、棒読みで「そうですね」って言って終わりだろうなって、そう思ってた。
なのに。
俺の予想を裏切って、笑うように、或いは眩しさから庇うように美好くんはゆったりと目を細めた。
落ちていく太陽の光が丁度目線の高さにあった。
きっとそのせいだろう。
「先輩の髪は色素が薄いから。外にいると陽の光に透けてキラキラしてる」
美好くんはいつも急だって俺に言うけど、美好くんだって人のことは言えない。
おまけに文学的な美好くんの言葉は大概直接的ではなくて婉曲的だ。
だから、と美好くんは続けた。
「先輩は、向日葵よりも太陽の方が似合いますよ」
まるである種の告白のような台詞だと思った。
なのに浮かべた表情は到底それには似つかわしくないもので、美好くんは今にも溶けてなくなりそうな笑い方をした。
夕日の逆光の中で見るそれはやわらかく微笑んでいるようにも見えたし、泣きそうな顔をしているようにも見えた。
「それってさ、」
褒めてんの?それとも俺、またフラれた?
なんて馬鹿正直に聞く勇気はなかった。
でもなんとなくそうなんだと思う。
追いかけてばっかりの自分を俺は向日葵に例えたけど、美好くんは俺に太陽の方が似合うって言う。
素直に受け取るならきっと褒められてるはずなのに、もう諦めてって、そう言われてる気がした。
「…あー、いや。美好くん」
「はい」
「あのさ。太陽を追いかけるのは花が咲く前の向日葵で、花が咲いた後の向日葵は、太陽の方向を向いて動かなくなるんだよ」
「だからなんですか。ホント、先輩って変なことはよく知ってますよね」
「は」ってなんだ「は」って。
それ以外は何も知らないって言いたいのか。
「うるせーな。つまりそういうことだよ」
いつも生意気で、冷めてて、だからたまに笑われるとあっさり恋に落ちてしまう。何度も何度も、馬鹿みたいに。諦めろって言ったって、俺がそれに何回失敗したと思ってんの?じゃなきゃ今ここにはいない。一回好きになったら、もうダメだ。
目の前の美しい顔に向かって、ベーッと舌を出す。
「お前が諦めろバーカ」
俺に諦めさせようとするのを、長谷川を好きでいることを。
そんでさっさと俺を好きになればいいのにって、いくら強気なことを思っても俺って案外弱いから。
笑った唇の端がうっかり引き攣りそうになるのを慌てて誤魔化した。だって美好くん、罪悪感とか覚えたら友達さえやめるって言いそうだし。
「…先輩って、マジで馬鹿」
「あ?」
「そんなんじゃ幸せになれないですよ」
「いつも幸せそうでいいですねって八つ当たりしてきたのは誰でしょーか」
「ははっ、そんなこともありましたね」
秋の冷たさを少し孕んだような生温い風が二人の間を通り過ぎた。
美好くんの前髪がふわりと攫われて真っ白な額があらわになる。黒く透き通った穏やかな瞳が、俺を見つめてふっと緩んだ。
「だからですよ。俺、先輩にはずっと幸せでいてほしいんです」
マシュマロみたいにやさしくて、無責任な言葉だと思った。
でもそれがきっと美好くんの本心だった。
じゃあお前が幸せにしろよって、そう言ったら困るくせに。
幸せでいてほしいと幸せにしたいはよく似ているようで全く違った。それはどこまでも他人事で、美好くんに幸せにしたいと思われてるはずの長谷川には到底敵わない。
俺は美好くんの特別になれない。
「言われなくても、俺はいつも幸せだよ」
ほらやっぱり、太陽は美好くんの方だ。
どれだけ手を伸ばしたって届く日は来ない。
「でっか!すご!美好くんより大きいんじゃない?」
「そうですね、俺より少し高いくらいかな」
「ひまわりに負けてやんのー」
「どの口が言ってます?」
じとりと横目で睨まれた。なんだよ冗談じゃん。
わざとらしく俺を置いて行こうとする美好くんの背中を早足で追いかけて、迷路の中へと足を踏み入れた。
こういうのはちょっとした遊び心が大切である。
ということで、分かれ道が来るたびにジャンケンをして、勝った方が決めた道に進むというルールを取り入れた。
左手だか右手だかを壁に当てながら進めば迷わずに出られるという攻略法を聞いたこともあるが、そんなものに頼る気はなく俺は毎回直感で進む方向を決めた。それも遠回りになりそうな方。
だってせっかく美好くんと一緒にいられるのに、誰がここから抜け出したいと思うだろう。このまま一生ぐるぐる迷ったっていい。むしろそれがいい。
そんな美好くんからしたら傍迷惑なことをずっと考えている。
健気な俺の思いとは裏腹に、楽しい時間は容赦なく過ぎて行く。
そもそも今日は集合が遅かったせいで太陽はもう西に傾き始めていて、西日の淡いオレンジが向日葵の鮮やかな黄色を薄めていた。
「綺麗だな。ひまわりってさ、太陽に向かって咲くって言うじゃん。だから花言葉はあなただけを見つめる」
「先輩はいつも急ですよね」
不意に思い付いたことをそのまま口にしたら、隣でひまわりを見上げていた美しい横顔がこっちを向いて呆れたような顔をした。
そんな顔には慣れっこなので、俺は気にせず続ける。
「花が咲く前の時期の向日葵は、太陽が上り始めるのと一緒に東から西に向きを変えていく。太陽のことをずっと追いかけてるんだよ。一途だよな、俺みたいじゃない?」
「はい?」
「…なーんちゃって」
好きって言わない。
美好くんからしてみればバレバレらしいけど。顔に全部出てるらしいけど。この間はうっかり言っちゃったけど。一応、そう決めた。
だけどたまにどうしようもなく、言葉が口を突きそうになる。だから遠回しに、ギリギリ許されそうなラインを測っておふざけのように言ってみた。美好くんはきっとお得意の冷めた目で「何言ってるんですか」とか、棒読みで「そうですね」って言って終わりだろうなって、そう思ってた。
なのに。
俺の予想を裏切って、笑うように、或いは眩しさから庇うように美好くんはゆったりと目を細めた。
落ちていく太陽の光が丁度目線の高さにあった。
きっとそのせいだろう。
「先輩の髪は色素が薄いから。外にいると陽の光に透けてキラキラしてる」
美好くんはいつも急だって俺に言うけど、美好くんだって人のことは言えない。
おまけに文学的な美好くんの言葉は大概直接的ではなくて婉曲的だ。
だから、と美好くんは続けた。
「先輩は、向日葵よりも太陽の方が似合いますよ」
まるである種の告白のような台詞だと思った。
なのに浮かべた表情は到底それには似つかわしくないもので、美好くんは今にも溶けてなくなりそうな笑い方をした。
夕日の逆光の中で見るそれはやわらかく微笑んでいるようにも見えたし、泣きそうな顔をしているようにも見えた。
「それってさ、」
褒めてんの?それとも俺、またフラれた?
なんて馬鹿正直に聞く勇気はなかった。
でもなんとなくそうなんだと思う。
追いかけてばっかりの自分を俺は向日葵に例えたけど、美好くんは俺に太陽の方が似合うって言う。
素直に受け取るならきっと褒められてるはずなのに、もう諦めてって、そう言われてる気がした。
「…あー、いや。美好くん」
「はい」
「あのさ。太陽を追いかけるのは花が咲く前の向日葵で、花が咲いた後の向日葵は、太陽の方向を向いて動かなくなるんだよ」
「だからなんですか。ホント、先輩って変なことはよく知ってますよね」
「は」ってなんだ「は」って。
それ以外は何も知らないって言いたいのか。
「うるせーな。つまりそういうことだよ」
いつも生意気で、冷めてて、だからたまに笑われるとあっさり恋に落ちてしまう。何度も何度も、馬鹿みたいに。諦めろって言ったって、俺がそれに何回失敗したと思ってんの?じゃなきゃ今ここにはいない。一回好きになったら、もうダメだ。
目の前の美しい顔に向かって、ベーッと舌を出す。
「お前が諦めろバーカ」
俺に諦めさせようとするのを、長谷川を好きでいることを。
そんでさっさと俺を好きになればいいのにって、いくら強気なことを思っても俺って案外弱いから。
笑った唇の端がうっかり引き攣りそうになるのを慌てて誤魔化した。だって美好くん、罪悪感とか覚えたら友達さえやめるって言いそうだし。
「…先輩って、マジで馬鹿」
「あ?」
「そんなんじゃ幸せになれないですよ」
「いつも幸せそうでいいですねって八つ当たりしてきたのは誰でしょーか」
「ははっ、そんなこともありましたね」
秋の冷たさを少し孕んだような生温い風が二人の間を通り過ぎた。
美好くんの前髪がふわりと攫われて真っ白な額があらわになる。黒く透き通った穏やかな瞳が、俺を見つめてふっと緩んだ。
「だからですよ。俺、先輩にはずっと幸せでいてほしいんです」
マシュマロみたいにやさしくて、無責任な言葉だと思った。
でもそれがきっと美好くんの本心だった。
じゃあお前が幸せにしろよって、そう言ったら困るくせに。
幸せでいてほしいと幸せにしたいはよく似ているようで全く違った。それはどこまでも他人事で、美好くんに幸せにしたいと思われてるはずの長谷川には到底敵わない。
俺は美好くんの特別になれない。
「言われなくても、俺はいつも幸せだよ」
ほらやっぱり、太陽は美好くんの方だ。
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