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背伸びとブラックコーヒー
⑤
しおりを挟むどれくらい経っただろう。
多分5分とか10分とかそんなもん。
落ち着いたし暑くなってきてお面を取ると、夏の夜にしては涼しい風が頬を撫でる。
その気持ちよさに目を閉じた瞬間、ひやりとした冷たさが首筋に触れた。
「っ!」
驚いて振り返ると楽しそうに笑う先輩が立っていて、いつかと同じように「はい」と手に持った何かを差し出してくる。
「なに?」
「ラムネ。夏って感じで良いだろ。買ったばっかだから冷えてるよ」
「心臓止まるかと思った、なんなんですかいつも」
「えー、出来心」
悪びれもせずに笑う先輩はうっすらと汗をかいていた。そういえば走ってたっけ。こんなに暑いのにこんなラムネ一つのために。いや、違うか。この人の行動は多分、いつも俺のためだった。
「じゃあ、ありがたくいただきます」
ラベルを剥がして頭に付いたガラス玉を押し込むと、プシュッと気の抜ける音がした。
隣に座る先輩が小さく笑う。
「俺、この音好き。なんかいいよね」
「わからないでもないです」
「あと、美好くんだなあって思う」
「それはわからない」
「炭酸の音聞くと、美好くんのこと思い出すから」
にひ、って。
先輩がよくする悪戯めいた笑い方。
無邪気で、幼くて、不本意にもちょっとかわいいなんて思ってしまう。
「あのさ、美好くん」
組んだ両手をぐっと前に出して伸びをしてから、先輩は少し真面目な顔で俺を見た。
ああまただ、と思う。
いつも緩く笑っているこの人の、綺麗さを意識する瞬間。
「美好くんは、美好くんのままでいいよ」
色の薄い瞳の中に淡い月の光が混ざって、蜂蜜のように溶けていく。
「煙草なんて体に悪いからいつまでも吸えないままでいいし、ギャップが可愛くて萌えるから甘党のままでいいし、年下なのに俺よりしっかりしてるのきゅんとするから、全部そのままでいいよ」
そんな盲目めいた台詞を吐いた後、先輩は何故か花火も見えないこの場所で眩しいものを見るように目を細めた。
「俺はさ、美好くんが美好くんだから好き」
世界で一番の宝物を自慢するかのような、あるいはとっておきの秘密を打ち明けるかのような。
そんな声だった。
ぱちり、と。
さっき喉の奥を通り過ぎたはずの炭酸が小さく弾けて、胸のどこかが微かに痛んだ。
好きになれたらいいのになんて、自分の浅はかさに今さら気づく。
これは、そんな風に扱っていい想いじゃなかった。
「っせんぱ、」
「っあー、もう!好きって言っちゃったよ、最悪だー!」
がばりと両手で顔を覆った先輩が堪え切れないというように叫んだ。
指の隙間からこっちを覗く瞳は何故か気まずそうで、小さく唸っていたかと思えば次に出てきたのは蚊の鳴くような「ごめん」だった。
「なにが?」
「…友達なのに、好きって言っちゃった、から。言わないって決めてたんだよ」
しおらしくそんなことを言うから、そんな場面じゃないのに思わず笑ってしまった。
だって先輩がアホすぎる。
「え、笑う!?なんで!?」
「ふっ、ははっ…先輩さ、あれで隠してるつもりだったの?」
「へ?」
「言わなくても顔に全部出てたよ」
俺のこと好きだってバレバレ。
そんなネタバラシをしたら先輩は真っ赤な顔で固まってしまった。
「先輩、ほら戻ってきて」
視界の前でひらひらと手を振れば、いまだに顔を赤く染めた先輩が不満そうな目で俺を見つめた。
「…美好くんの意地悪」
少しとがらせた唇が子どもっぽくて、なのに羞恥のせいか水分の多い瞳はやたらと艶めいて、なんだかとてもよくなかった。
これがアンタじゃなければあざといの一言で切り捨ててやるのに、わざとそんな表情をするなんてきっと考えもしない人だ。
「やめてその顔」
「うわ、なんだよ急に」
「すみません、見るに堪えなくて」
「え、やばいこと言ってる自覚ある?」
手のひらで目の前の顔を覆い隠して、悟られないようにそっと息を吐く。
見てられないのはホントだし、ついでにお揃いみたいになってしまった自分の顔も見られたくなかった。
不可抗力だこんなの。
あんなに真っ直ぐ好きだって言われて、世界で一番みたいな告白をされて、トドメのようにそんな瞳で見られたら誰だって少しはグラつくに決まってる。
(あー、くそ)
ギャップがどうのこうのって。
アンタの方がやばいだろ。
顔が熱いのも、いつもよりちょっと心臓の音が早いのも。
多分全部、夏のせい。
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