I love youの訳し方

おつきさま。

文字の大きさ
上 下
13 / 33
炭酸とバニラアイス

しおりを挟む


「なーに世界で自分が一番可哀想みたいな顔してんだよ」



隙だらけな美好くんのシャツを掴んで、強く引き寄せる。
必然的に近付いた顔に押し付けるようにして自分の唇を重ねた。
きっと最初で最後の感触だ。
ほんとうはこれは今も長谷川のものなんだと思えば鼻の奥がつんと痛んだ。
濡れた唇はほんの少し冷たくて、泣きたくなるほど塩辛い。

(…あーあ、今すぐ世界終わんねえかな)

夢見た0センチは瞬きよりも一瞬で。
ついさっき世界の終わりまで願ったくせに、突き離されたら傷つくからって自分から先に離れた。
乾いた風が吹く。
海水で濡れた目が痛くて、少し視界がぼやけた。


「…クリームソーダのバニラアイス。くまにしたら、また笑ってくれるかなって思ったんだ」


最大のネタバラシをしたつもりなのに、どこまでも鈍い美好くんは相変わらずわけがわからないって顔をしていて、ほらやっぱり無駄じゃんかって思った。

「いかにもコーヒーとか紅茶を飲んでそうな見た目で、いつもクリームソーダを頼む奴。最初はそのギャップが可愛いなって思ってた」

それだけだった。なのにさ。
出来心でクリームソーダに耳をくっつけて、今日はくまにしてみましたって持って行ったら、少し驚いた後に笑ってくれたんだ。
可愛いですねって。

「ズルいでしょ、そんなん。少女マンガかよ!って思った。そんな顔見せるのも、そんなんで恋に落ちるのも」
「…え、」
「笑って欲しかったんだよ。いつもいつも、苦しそうに飲むじゃん。コーヒー、ほんとは苦手なくせに」
「っ別に、」

だから嫌だったんだよ。

「美好くんはさ、おれの隣で大好きなクリームソーダ飲んでればいいんだよ」

誰がコーヒーなんか出してやるかって思ってた。何を、誰を意識してそうしてるのかなんて簡単にわかって、どんだけ単純なんだよって呆れて、そうまでさせる男のことが羨ましくて死にそうだったんだ。

「あのさ、アイラブユーの話してんだけど」

遠回りした方が切実さが出るんだろ、と言って笑ってやる。
うん。だからさつまり、

「好きだって言ってんの」

いつかそれを言ってしまったら、俺はきっと泣くんだろうなって思ってた。
だけど言葉は案外すんなりと口をついた。
もっと苦しくて、もっと切なくて、もっとどうにもならない感情が押し寄せてくるばかりだと思っていたのに。
あまりに胸が軽くなるから素直に笑えた。
そうだよ、好きがどんだけ重くて苦しいものかって、そんなのは俺だってよく知ってる。
全部、美好くんのせいだ。


「いいか!よく聞けよ。こっちはなあ、一年も前から片想いしてんだよ。どんだけ好きでも、どんだけ近付いても、全然振り向かねえし。望み薄すぎていっそ笑えるわ!このアホ美好!なに長谷川なんかに惚れてんだよ、どう考えたって俺の方がお前のこと大好きだし、愛してるし、幸せにしてやれるに決まってんだろうが。見る目ねえんだよバーーカ!!」


勢い任せに叫んでやった。
目の前の美好くんはぱちぱちと瞳を瞬かせて、次の瞬間堪え切れないというように笑い出す。

「はっ、はははっ!あははは…!」

長谷川といる時でさえ見ないような満面の笑顔、ていうより爆笑。普段のクールで少し謎めいた姿からはかけ離れた様子に呆気に取られていると、ひとしきり笑い終えたらしい美好くんが両手を広げて後ろに倒れ込んだ。

「ぶわっ!」

ばしゃん、と跳ねた水が顔にかかる。

「目ぇ痛い!!」
「ははっ、仕返し」
「はあ?そんなん言ったら俺の方こそこの間の仕返しなんですけど?さらにやり返すのはズルだろ!」
「ああ、そっか」

開いた目の先で、美好くんが薄く微笑んでいた。
俺に向かって伸びた指先がそっと目元に触れて離れていく。

「先輩、この間はごめんなさい。八つ当たりした。風邪引かなかった?」

心配そうにこっちを伺う眼差し。
いつになくやさしさを含んで、いたわるような声音。
その全部が、この瞬間俺だけに向けられていた。

「…っだ、大丈夫」

声がひっくり返る。
うわ。
だめだこんなの、耐えられない。

「先輩、顔真っ赤」

ほんとに俺のこと好きなんだ、と意地悪なことを言ってとろけるように頬を緩める。
ああ、ずるい。
ずるいずるい、なにそれずるいって。
これから俺をフるくせに、今までずっと冷たくしてきたくせに。どうしてこんな、最後の瞬間にそんな顔を見せるんだよ。


「…なあ、絶対に幸せになれる方法。一個教えてあげよっか」


もうずっと、諦められる気がしないのに。


「なに?」
「俺を好きになればいいよ。そうしたら、世界で一番幸せにしてやるから」
「ふはっ、マジですごいねアンタ。熱烈だ」
「そうだよ、それくらいだよ。俺、それくらい美好くんのことが好き」
「うん。伝わった、ありがとう先輩」

でも、と美好くんは言った。
水に濡れた長いまつ毛がゆったりと上下する。
美しいその動作が瞬きであることに遅れて気付く。

「俺、怜さんのことが好きなんです。こんなになってもまだ、あの人のことが好きなの」
「…見る目ねーな」
「うん」
「いつか絶対後悔するからな、俺をフったこと。てかしろ」

当たり前だ。だって美好くんのことを世界で一番好きなのも、大切にできるのも、俺に決まってるんだから。

「いいなそれ。したいかも、後悔。させてよ先輩」

ふっ、と口の端を緩めてあまったるささえ覚えるような瞳が俺を見上げてやわらかに細まった。
んぐ、と飲み込み切れなかった感情が奇妙な音になって漏れる。

(こいつ…!)

「今俺のことフったよな!?人の純情弄ぶのやめてくんない!?急に優しくすんなよばーかばーか!」
「純情って」
「おい笑うな。っあーいいよいいよ!絶対後悔させてやる!俺のことが好きで好きで堪らないって後で言い寄ってきてもおせーかんな!絶対勝つ!」
「勝負なんだ。じゃあ今日は先輩の負けってことで」
「っう、ぐ…それに関しては確かにそうだけど!血も涙もないなお前。めっちゃ傷口に塩塗りこんでくるじゃん」
「そんなつもりはないけど。…でも、なんか今なら仲良くなれる気がしてる」

割と俺のことを嫌っていたはずの美好くんが、どこか楽しげに言い切った。
あー、そう。
散々冷たくあしらって、あっさりバッサリフってくれちゃったくせに。


「…じゃあさ、友達になってみる?」


惚れた方が負けっていうのはこのことだ。
持ち掛けた提案に特に驚いた様子も迷う素振りもなく、美好くんが頷く。

「いいですね、是非」

世界は目まぐるしく一秒ごとに形を変えていく。
恋はさっき終わって、だけどあんなに遠かったものがすぐ目の前にあった。
手には入らないし、触れられもしないけど、それが今俺に向けられていることだけは嘘じゃない。











頭上の空はいつのまにか青く晴れ渡っている。
梅雨が明ける。
眩しい夏が、すぐそこで息をしていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魚上氷

楽川楽
BL
俺の旦那は、俺ではない誰かに恋を患っている……。 政略結婚で一緒になった阿須間澄人と高辻昌樹。最初は冷え切っていても、いつかは互いに思い合える日が来ることを期待していた昌樹だったが、ある日旦那が苦しげに花を吐き出す姿を目撃してしまう。 それは古い時代からある、片想いにより発症するという奇病だった。 美形×平凡

【完結】僕の匂いだけがわかるイケメン美食家αにおいしく頂かれてしまいそうです

grotta
BL
【嗅覚を失った美食家α×親に勝手に婚約者を決められたΩのすれ違いグルメオメガバース】 会社員の夕希はブログを書きながら美食コラムニストを目指すスイーツ男子。αが嫌いで、Ωなのを隠しβのフリをして生きてきた。 最近グルメ仲間に恋人ができてしまい一人寂しくホテルでケーキを食べていると、憧れの美食評論家鷲尾隼一と出会う。彼は超美形な上にα嫌いの夕希でもつい心が揺れてしまうほどいい香りのフェロモンを漂わせていた。 夕希は彼が現在嗅覚を失っていること、それなのになぜか夕希の匂いだけがわかることを聞かされる。そして隼一は自分の代わりに夕希に食レポのゴーストライターをしてほしいと依頼してきた。 協力すれば美味しいものを食べさせてくれると言う隼一。しかも出版関係者に紹介しても良いと言われて舞い上がった夕希は彼の依頼を受ける。 そんな中、母からアルファ男性の見合い写真が送られてきて気分は急降下。 見合い=28歳の誕生日までというタイムリミットがある状況で夕希は隼一のゴーストライターを務める。 一緒に過ごしているうちにαにしては優しく誠実な隼一に心を開いていく夕希。そして隼一の家でヒートを起こしてしまい、体の関係を結んでしまう。見合いを控えているため隼一と決別しようと思う夕希に対し、逆に猛烈に甘くなる隼一。 しかしあるきっかけから隼一には最初からΩと寝る目的があったと知ってしまい――? 【受】早瀬夕希(27歳)…βと偽るΩ、コラムニストを目指すスイーツ男子。α嫌いなのに母親にαとの見合いを決められている。 【攻】鷲尾準一(32歳)…黒髪美形α、クールで辛口な美食評論家兼コラムニスト。現在嗅覚異常に悩まされている。 ※東京のデートスポットでスパダリに美味しいもの食べさせてもらっていちゃつく話です♡ ※第10回BL小説大賞に参加しています

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

恋愛対象

すずかけあおい
BL
俺は周助が好き。でも周助が好きなのは俺じゃない。 攻めに片想いする受けの話です。ハッピーエンドです。 〔攻め〕周助(しゅうすけ) 〔受け〕理津(りつ)

前世で恋人だった騎士様の愛がこんなに重いなんて知りませんでした

よしゆき
BL
前世で恋人だった相手を現世で見つける。しかし前世では女だったが、男に生まれ変わってしまった。平凡な自分では釣り合わない。前世はただの思い出として、諦めようとするけれど……。

憎くて恋しい君にだけは、絶対会いたくなかったのに。

Q.➽
BL
愛する人達を守る為に、俺は戦いに出たのに。 満身創痍ながらも生き残り、帰還してみれば、とっくの昔に彼は俺を諦めていたらしい。 よし、じゃあ、もう死のうかな…から始まる転生物語。 愛しすぎて愛が枯渇してしまった俺は、もう誰も愛する気力は無い。 だから生まれ変わっても君には会いたく無いって願ったんだ。 それなのに転生先にはまんまと彼が。 でも、どっち? 判別のつかないままの二人の彼の愛と執着に溺死寸前の主人公君。 今世は幸せになりに来ました。

一度くらい、君に愛されてみたかった

和泉奏
BL
昔ある出来事があって捨てられた自分を拾ってくれた家族で、ずっと優しくしてくれた男に追いつくために頑張った結果、結局愛を感じられなかった男の話

藤枝蕗は逃げている

木村木下
BL
七歳の誕生日を目前に控えたある日、蕗は異世界へ迷い込んでしまった。十五まで生き延びたものの、育ててくれた貴族の家が襲撃され、一人息子である赤ん坊を抱えて逃げることに。なんとか子供を守りつつ王都で暮らしていた。が、守った主人、ローランは年を経るごとに美しくなり、十六で成人を迎えるころには春の女神もかくやという美しさに育ってしまった。しかも、王家から「末姫さまの忘れ形見」と迎えまで来る。 美形王子ローラン×育て親異世界人蕗 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています

処理中です...