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炭酸とバニラアイス
③
しおりを挟む「なーに世界で自分が一番可哀想みたいな顔してんだよ」
隙だらけな美好くんのシャツを掴んで、強く引き寄せる。
必然的に近付いた顔に押し付けるようにして自分の唇を重ねた。
きっと最初で最後の感触だ。
ほんとうはこれは今も長谷川のものなんだと思えば鼻の奥がつんと痛んだ。
濡れた唇はほんの少し冷たくて、泣きたくなるほど塩辛い。
(…あーあ、今すぐ世界終わんねえかな)
夢見た0センチは瞬きよりも一瞬で。
ついさっき世界の終わりまで願ったくせに、突き離されたら傷つくからって自分から先に離れた。
乾いた風が吹く。
海水で濡れた目が痛くて、少し視界がぼやけた。
「…クリームソーダのバニラアイス。くまにしたら、また笑ってくれるかなって思ったんだ」
最大のネタバラシをしたつもりなのに、どこまでも鈍い美好くんは相変わらずわけがわからないって顔をしていて、ほらやっぱり無駄じゃんかって思った。
「いかにもコーヒーとか紅茶を飲んでそうな見た目で、いつもクリームソーダを頼む奴。最初はそのギャップが可愛いなって思ってた」
それだけだった。なのにさ。
出来心でクリームソーダに耳をくっつけて、今日はくまにしてみましたって持って行ったら、少し驚いた後に笑ってくれたんだ。
可愛いですねって。
「ズルいでしょ、そんなん。少女マンガかよ!って思った。そんな顔見せるのも、そんなんで恋に落ちるのも」
「…え、」
「笑って欲しかったんだよ。いつもいつも、苦しそうに飲むじゃん。コーヒー、ほんとは苦手なくせに」
「っ別に、」
だから嫌だったんだよ。
「美好くんはさ、おれの隣で大好きなクリームソーダ飲んでればいいんだよ」
誰がコーヒーなんか出してやるかって思ってた。何を、誰を意識してそうしてるのかなんて簡単にわかって、どんだけ単純なんだよって呆れて、そうまでさせる男のことが羨ましくて死にそうだったんだ。
「あのさ、アイラブユーの話してんだけど」
遠回りした方が切実さが出るんだろ、と言って笑ってやる。
うん。だからさつまり、
「好きだって言ってんの」
いつかそれを言ってしまったら、俺はきっと泣くんだろうなって思ってた。
だけど言葉は案外すんなりと口をついた。
もっと苦しくて、もっと切なくて、もっとどうにもならない感情が押し寄せてくるばかりだと思っていたのに。
あまりに胸が軽くなるから素直に笑えた。
そうだよ、好きがどんだけ重くて苦しいものかって、そんなのは俺だってよく知ってる。
全部、美好くんのせいだ。
「いいか!よく聞けよ。こっちはなあ、一年も前から片想いしてんだよ。どんだけ好きでも、どんだけ近付いても、全然振り向かねえし。望み薄すぎていっそ笑えるわ!このアホ美好!なに長谷川なんかに惚れてんだよ、どう考えたって俺の方がお前のこと大好きだし、愛してるし、幸せにしてやれるに決まってんだろうが。見る目ねえんだよバーーカ!!」
勢い任せに叫んでやった。
目の前の美好くんはぱちぱちと瞳を瞬かせて、次の瞬間堪え切れないというように笑い出す。
「はっ、はははっ!あははは…!」
長谷川といる時でさえ見ないような満面の笑顔、ていうより爆笑。普段のクールで少し謎めいた姿からはかけ離れた様子に呆気に取られていると、ひとしきり笑い終えたらしい美好くんが両手を広げて後ろに倒れ込んだ。
「ぶわっ!」
ばしゃん、と跳ねた水が顔にかかる。
「目ぇ痛い!!」
「ははっ、仕返し」
「はあ?そんなん言ったら俺の方こそこの間の仕返しなんですけど?さらにやり返すのはズルだろ!」
「ああ、そっか」
開いた目の先で、美好くんが薄く微笑んでいた。
俺に向かって伸びた指先がそっと目元に触れて離れていく。
「先輩、この間はごめんなさい。八つ当たりした。風邪引かなかった?」
心配そうにこっちを伺う眼差し。
いつになくやさしさを含んで、いたわるような声音。
その全部が、この瞬間俺だけに向けられていた。
「…っだ、大丈夫」
声がひっくり返る。
うわ。
だめだこんなの、耐えられない。
「先輩、顔真っ赤」
ほんとに俺のこと好きなんだ、と意地悪なことを言ってとろけるように頬を緩める。
ああ、ずるい。
ずるいずるい、なにそれずるいって。
これから俺をフるくせに、今までずっと冷たくしてきたくせに。どうしてこんな、最後の瞬間にそんな顔を見せるんだよ。
「…なあ、絶対に幸せになれる方法。一個教えてあげよっか」
もうずっと、諦められる気がしないのに。
「なに?」
「俺を好きになればいいよ。そうしたら、世界で一番幸せにしてやるから」
「ふはっ、マジですごいねアンタ。熱烈だ」
「そうだよ、それくらいだよ。俺、それくらい美好くんのことが好き」
「うん。伝わった、ありがとう先輩」
でも、と美好くんは言った。
水に濡れた長いまつ毛がゆったりと上下する。
美しいその動作が瞬きであることに遅れて気付く。
「俺、怜さんのことが好きなんです。こんなになってもまだ、あの人のことが好きなの」
「…見る目ねーな」
「うん」
「いつか絶対後悔するからな、俺をフったこと。てかしろ」
当たり前だ。だって美好くんのことを世界で一番好きなのも、大切にできるのも、俺に決まってるんだから。
「いいなそれ。したいかも、後悔。させてよ先輩」
ふっ、と口の端を緩めてあまったるささえ覚えるような瞳が俺を見上げてやわらかに細まった。
んぐ、と飲み込み切れなかった感情が奇妙な音になって漏れる。
(こいつ…!)
「今俺のことフったよな!?人の純情弄ぶのやめてくんない!?急に優しくすんなよばーかばーか!」
「純情って」
「おい笑うな。っあーいいよいいよ!絶対後悔させてやる!俺のことが好きで好きで堪らないって後で言い寄ってきてもおせーかんな!絶対勝つ!」
「勝負なんだ。じゃあ今日は先輩の負けってことで」
「っう、ぐ…それに関しては確かにそうだけど!血も涙もないなお前。めっちゃ傷口に塩塗りこんでくるじゃん」
「そんなつもりはないけど。…でも、なんか今なら仲良くなれる気がしてる」
割と俺のことを嫌っていたはずの美好くんが、どこか楽しげに言い切った。
あー、そう。
散々冷たくあしらって、あっさりバッサリフってくれちゃったくせに。
「…じゃあさ、友達になってみる?」
惚れた方が負けっていうのはこのことだ。
持ち掛けた提案に特に驚いた様子も迷う素振りもなく、美好くんが頷く。
「いいですね、是非」
世界は目まぐるしく一秒ごとに形を変えていく。
恋はさっき終わって、だけどあんなに遠かったものがすぐ目の前にあった。
手には入らないし、触れられもしないけど、それが今俺に向けられていることだけは嘘じゃない。
頭上の空はいつのまにか青く晴れ渡っている。
梅雨が明ける。
眩しい夏が、すぐそこで息をしていた。
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