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炭酸とバニラアイス
②
しおりを挟む「…意味わかんない、マジで。頭おかしいだろ」
「いやいや、大人しく付いてくる美好くんも大概じゃない?」
電車を乗り継いで一時間。
あと二駅で、海に着く。
「…たまにはいいかなって、どっか遠くに行くのも」
「うん、じゃあ今日はパーっと気分転換な」
ゆっくりと速度が落ちて次に到着する駅のアナウンスが流れる。目的の駅だ。
着いたよ、と声を掛けて電車を降りるとふわりと潮の匂いが香った。耳を澄ませると小さく波の音が聞こえる。切符を改札に入れて外に出る。電車に乗る前、学校サボって海に行くなら切符の方が雰囲気出るじゃんと言った俺に対して美好くんは静かに眉を顰めていた。
「おー!海だ!」
波の音が大きくなる方へと歩いて行けば、開けた道の向こうにそれは広がっていた。
曇天だったはずの空は徐々に晴れ間を覗かせていて、水面の一部がキラキラと輝いている。
潮を含んだ生温い風がふわりと前髪を浮かせた。
横を見ると美好くんの髪も同じように柔い風に揺られている。絵の具のように濃い青と、美好くんの黒い髪。
見惚れるほど美しいコントラストだ。
海岸線を二人で歩きながら他愛もない話をする。
とは言ってもほぼ俺が一人で喋ってるようなものだった。普段からそうだと言われれば否定はできないけど、話を振ればいつもはなんだかんだと相手をしてくれる美好くんが今日は簡単な相槌しか返してくれないから会話が続かない。
どうしたもんかなーと視線を彷徨わせた先でキラリと光る何かが目を引いた。
しゃがみこんで手を伸ばす。
「貝殻だ。え、すご!ピンク色!」
ピンクの貝殻って物語の中とかだとよくみるけど、実際にちゃんと存在してるものなんだなと感動する。
「見て見て美好くん!すごいよ、めっちゃ綺麗!」
拾ったそれを手のひらに乗せて振り返ったら、美好くんはなんともいえない顔をしてみせた。
泣くのを我慢するような、笑うのに失敗したような、あるいは苛立ちを堪えるような様子でグッと眉間に力を込める。
美しい頰がひくりと震えた。
「…アンタは、いつも幸せそうでいいですね」
上手に他人を傷付けられない美好くんは、かえって自分の吐いた言葉に傷付けられたようだった。
皮肉にしか聞こえないような台詞はきっと正しく皮肉だったはずで、だけど隠し切れずに震えた声がそれだけではない何かを表していた。
美好くんの辛さなんて俺にはわからない。
裏切られたことなんてないし、浮気をされたこともない。愛してるって言葉に傷つけられたことも。
でもたとえば。
毎回コーヒーを頼まれる度に。
何の反応もなくバニラアイスを崩される度に。
長谷川に笑う姿を遠くから眺める度に。
目の前で嫌そうな顔をされる度に。
苦しかったよ、俺だって。
そういうの全部、美好くんだって知らないくせに。
「俺が羨ましい?」
「ぇ、」
徐に隣を歩く美好くんの手首を掴んで、海に向かって走り出す。
「はあ!?なに、」
バシャバシャと足元で水が跳ねる。
靴のまま海の中に飛び込んで、水の抵抗に阻まれながらそれでも足は止めなかった。
美好くんとならいっそこのまま溺れてもいいって本気で思ったのに。膝が浸かるくらいのまだ浅い場所で柔らかい砂に足を取られてバランスを崩した。
ぐらりと視界が傾く。
繋いだ手を離さなかったせいで、そのまま二人して顔面から倒れ込んだ。
「っぶは!なにすんですか…!」
びしょびしょに濡れた顔を拭いながら、美好くんが強く俺を睨み付ける。絶対マジギレだけど、さっきまでの辛気臭い顔よりは全然いい。
まだ座り込んだままの俺の目の前には立ち上がった美好くんの手があった。白く滑らかなその手首を掴んで、そのまま体重をかける。
「ちょ、うわっ!」
水飛沫が上がる。
跳ねた水の一粒一粒に太陽の光が当たってキラキラと煌めく。遠くの海はあんなに青いのに、飛び散る水は透明でまぶしかった。
波が寄せて引く度に生温い海水が肌を撫でて通り過ぎていく。
「あははっ!ざまーみろ!」
額に張り付く鬱陶しい前髪をかき上げて笑う。
俺に引っ張られて再び海の中に座り込んだ美好くんは、変なものを見るような目で俺を見ていた。
なんだよ、いいだろ。
俺と美好くんしかいないんだから。
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