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炭酸とバニラアイス
もしも恋に触れたら
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求めるほどに、この手の中から擦り抜けていく。
「あ、あっ!…さくらぁ、そこ、イイっ…」
組み敷いて、もう何度も開いた身体。
どこがよくて何をされるとたまらないのか、教わらなくても全部知っていた。
揺さぶる度に溢れる声は艶めいて、その度に心臓がぎゅうぎゅうと締め付けられる。愛しいからじゃない。俺以外の何人が、この声を聞いてこの顔を見たのかと、そんな栓のないことを考える。
俺の意識が違う場所に飛んでいることに気付いたのか、怜さんが笑いながら腕を引いた。体勢を崩して倒れ込むと、あーっと開いた口がすぐそこにあってそのまま噛み付くようにキスをされる。執拗に絡め取られる舌がまるで逃げるのを許さないとでも言うようだった。
逃げるのはいつもあなたの方なのに。
長いキスの終わり。
唇が離れるとぐちゃぐちゃに混ざり合ってどちらのものかもわからなくなった唾液が、つう、と糸を引いた。
終わりを悟る。
この糸が切れたら、全部終わりだ。終わりにしようって。誓いのような、願掛けのようななにか。
縋りたいのと同じくらい、いつも終わりを願っていた。
糸はやがて音もなく切れた。
きっとこれが俺達の未来そのもので、いつか行き着く終着点の姿。
いつ切れてもおかしくない細い糸を、切れてしまえと思いながら必死に手繰り寄せていた。矛盾だらけで、惨めで、後には何も残らないような、ただ消費していくだけの恋。なのにいつまでたっても無くならない。
「キレーな顔。俺、お前の顔が一番好き」
伸ばされた指先が頬から顎先までをなぞって離れて行く。
「動けよ、朔良」
夜を包んだような黒い瞳が俺を見上げて愉しそうに細められた。挑発するような表情が良く似合う人だった。不敵で綺麗で、最低で。誰のものにもならなそうなのに、一応は俺のもので、だけどやっぱり手に入らない。
「…はい」
奥まで深く入るのが怜さんは好きだから、その通りにしてやれば喘ぎ声はさっきよりもわかりやすく形を成した。怜さんが笑う。「ははっ、あー、きもちいい」酒に酔った時と同じ、享楽的な表情。この人は俺とセックスがしたいのか、気持ちいい場所を擦ってくれる棒が欲しいのかどっちなんだろうって、冷めた思考でいつも思う。求められているのが俺なら、そもそも他になんていかないのだから答えなんてわかりきっているのに。いまだにそうじゃない可能性を導き出そうとしてしまう。
「怜さん、ねえ、イッていい?」
思考と行為の整合性がまるで取れていない。
ふたつはバラけて全く違う場所で息をしていた。
仕方ない。挿れて擦れば誰だって気持ちいいし、好きな人が目の前で乱れていたら興奮する。どれだけ虚しさに苛まれても、快楽はなくならない。心情的には全く気持ちよくなんかないけど。
満たされるのは性欲だけだ。心はいつも乾いている。
「んー?ははっ、いいよ。俺もイかせろよ」
0.0なんミリだかの薄いゴムを取っ払ってこの人を直接汚してみたら、世界は何か変わるだろうか。
そもそもこの人、俺以外とする時もゴムしてんのかな、してない奴もいそうだな。快楽主義者だし。生の方が気持ちいいって聞くし。あー、気持ち悪い。他人の手垢塗れの肌が、それでもこんなに綺麗だ。二人で果てて、結局今日も膜越しに精を吐いた。
生で出しても意味はないのに、それでもたまにどうしようもなく汚したくなる。
自分のものにしたかった。
それで手に入るものでもないのに。
「怜さん」
快楽の余韻に身体を震わせる怜さんは、俺が名前を呼ぶと気怠げな視線を寄越した。
水分の滲む瞳がゆったりと瞬く。
地毛と同じ、生まれ持った黒色。
髪の色は変えられても瞳の色までは変えられない。
それをこうして正面から見つめる時だけ、満たされる何かがあった。
主張の激しい金色ばかりが印象に残るけれど、怜さんの持つ美しさはこの瞳に集約されているのだと知る。
ありのままの色だ。覗けばその心までもわかるような気がしていた。
実際にはこの人のことなんて、何一つわからないけれど。
「好きです」
色んなものが積み重なって、込み上げて、口を突いたのはそんな言葉。
本当はもっと違う何かを言おうとしていた気もするし、最初からただこれを伝えたかったような気もした。
『でも、受け取られないならやっぱり無駄だよ。綺麗にしたって意味がない、全部ゴミだ』
いつもは鬱陶しいくらい元気なくせに、時折ふっとその輪郭を見失う。
わかりやすいようでどこか掴みどころのない、あの先輩を思い出す。
ねえ向井先輩、アンタの言う通りだよ。
綺麗にしてもしなくても、受け取られないものに価値はない。
何度この心を明け渡したって、どんな言葉に代えたって。この人はそれを大切にはしてくれないし重みもなく受け流して終わりだ。
「知ってる」
怜さんは緩慢な動作で体を起こした後に、雑な手つきで俺の顎を掴んでキスをした。
一回だけ食むような動きをして唇は離れていく。
「愛してるよ、朔良」
愛してる。
最上級の愛の言葉を事も無げに口にして軽やかに笑って見せる。行為の後はいつもそうで、それを聞く度に俺はその微笑みと同じくらいに軽いなと思う。
愛してるなんて、大層な言葉の割に誰でも言えてしまう。きっとその口が愛を囁くのは俺だけじゃない。誰にでも笑って、愛を宣って、身体を重ねて。唯一俺だけに与えられたのは、名ばかりの恋人の席。
終わりにする、今日こそ。
この人が今日も空っぽの愛を口にしたら、知らないキスマークが残っていたら、次に浮気をされたら、あの信号が赤に変わったら。この糸が、切れたら。
勝手に定めたきっかけはどれもその通りになったのに、俺はそれを言えずにいる。
この人がまだ、俺の所に帰ってきてくれるから。
言葉は信じられなくても目に見えるのものなら信じてもいいと思えた。
そこに愛のような何かを見出して、許せなくても許したことにして、何も学ばずに延々と同じことを繰り返している。
きっとまたこの人は違う誰かを選ぶのに。
それでも俺の所に帰ってくるうちは、まだ、なんて。
「あ、あっ!…さくらぁ、そこ、イイっ…」
組み敷いて、もう何度も開いた身体。
どこがよくて何をされるとたまらないのか、教わらなくても全部知っていた。
揺さぶる度に溢れる声は艶めいて、その度に心臓がぎゅうぎゅうと締め付けられる。愛しいからじゃない。俺以外の何人が、この声を聞いてこの顔を見たのかと、そんな栓のないことを考える。
俺の意識が違う場所に飛んでいることに気付いたのか、怜さんが笑いながら腕を引いた。体勢を崩して倒れ込むと、あーっと開いた口がすぐそこにあってそのまま噛み付くようにキスをされる。執拗に絡め取られる舌がまるで逃げるのを許さないとでも言うようだった。
逃げるのはいつもあなたの方なのに。
長いキスの終わり。
唇が離れるとぐちゃぐちゃに混ざり合ってどちらのものかもわからなくなった唾液が、つう、と糸を引いた。
終わりを悟る。
この糸が切れたら、全部終わりだ。終わりにしようって。誓いのような、願掛けのようななにか。
縋りたいのと同じくらい、いつも終わりを願っていた。
糸はやがて音もなく切れた。
きっとこれが俺達の未来そのもので、いつか行き着く終着点の姿。
いつ切れてもおかしくない細い糸を、切れてしまえと思いながら必死に手繰り寄せていた。矛盾だらけで、惨めで、後には何も残らないような、ただ消費していくだけの恋。なのにいつまでたっても無くならない。
「キレーな顔。俺、お前の顔が一番好き」
伸ばされた指先が頬から顎先までをなぞって離れて行く。
「動けよ、朔良」
夜を包んだような黒い瞳が俺を見上げて愉しそうに細められた。挑発するような表情が良く似合う人だった。不敵で綺麗で、最低で。誰のものにもならなそうなのに、一応は俺のもので、だけどやっぱり手に入らない。
「…はい」
奥まで深く入るのが怜さんは好きだから、その通りにしてやれば喘ぎ声はさっきよりもわかりやすく形を成した。怜さんが笑う。「ははっ、あー、きもちいい」酒に酔った時と同じ、享楽的な表情。この人は俺とセックスがしたいのか、気持ちいい場所を擦ってくれる棒が欲しいのかどっちなんだろうって、冷めた思考でいつも思う。求められているのが俺なら、そもそも他になんていかないのだから答えなんてわかりきっているのに。いまだにそうじゃない可能性を導き出そうとしてしまう。
「怜さん、ねえ、イッていい?」
思考と行為の整合性がまるで取れていない。
ふたつはバラけて全く違う場所で息をしていた。
仕方ない。挿れて擦れば誰だって気持ちいいし、好きな人が目の前で乱れていたら興奮する。どれだけ虚しさに苛まれても、快楽はなくならない。心情的には全く気持ちよくなんかないけど。
満たされるのは性欲だけだ。心はいつも乾いている。
「んー?ははっ、いいよ。俺もイかせろよ」
0.0なんミリだかの薄いゴムを取っ払ってこの人を直接汚してみたら、世界は何か変わるだろうか。
そもそもこの人、俺以外とする時もゴムしてんのかな、してない奴もいそうだな。快楽主義者だし。生の方が気持ちいいって聞くし。あー、気持ち悪い。他人の手垢塗れの肌が、それでもこんなに綺麗だ。二人で果てて、結局今日も膜越しに精を吐いた。
生で出しても意味はないのに、それでもたまにどうしようもなく汚したくなる。
自分のものにしたかった。
それで手に入るものでもないのに。
「怜さん」
快楽の余韻に身体を震わせる怜さんは、俺が名前を呼ぶと気怠げな視線を寄越した。
水分の滲む瞳がゆったりと瞬く。
地毛と同じ、生まれ持った黒色。
髪の色は変えられても瞳の色までは変えられない。
それをこうして正面から見つめる時だけ、満たされる何かがあった。
主張の激しい金色ばかりが印象に残るけれど、怜さんの持つ美しさはこの瞳に集約されているのだと知る。
ありのままの色だ。覗けばその心までもわかるような気がしていた。
実際にはこの人のことなんて、何一つわからないけれど。
「好きです」
色んなものが積み重なって、込み上げて、口を突いたのはそんな言葉。
本当はもっと違う何かを言おうとしていた気もするし、最初からただこれを伝えたかったような気もした。
『でも、受け取られないならやっぱり無駄だよ。綺麗にしたって意味がない、全部ゴミだ』
いつもは鬱陶しいくらい元気なくせに、時折ふっとその輪郭を見失う。
わかりやすいようでどこか掴みどころのない、あの先輩を思い出す。
ねえ向井先輩、アンタの言う通りだよ。
綺麗にしてもしなくても、受け取られないものに価値はない。
何度この心を明け渡したって、どんな言葉に代えたって。この人はそれを大切にはしてくれないし重みもなく受け流して終わりだ。
「知ってる」
怜さんは緩慢な動作で体を起こした後に、雑な手つきで俺の顎を掴んでキスをした。
一回だけ食むような動きをして唇は離れていく。
「愛してるよ、朔良」
愛してる。
最上級の愛の言葉を事も無げに口にして軽やかに笑って見せる。行為の後はいつもそうで、それを聞く度に俺はその微笑みと同じくらいに軽いなと思う。
愛してるなんて、大層な言葉の割に誰でも言えてしまう。きっとその口が愛を囁くのは俺だけじゃない。誰にでも笑って、愛を宣って、身体を重ねて。唯一俺だけに与えられたのは、名ばかりの恋人の席。
終わりにする、今日こそ。
この人が今日も空っぽの愛を口にしたら、知らないキスマークが残っていたら、次に浮気をされたら、あの信号が赤に変わったら。この糸が、切れたら。
勝手に定めたきっかけはどれもその通りになったのに、俺はそれを言えずにいる。
この人がまだ、俺の所に帰ってきてくれるから。
言葉は信じられなくても目に見えるのものなら信じてもいいと思えた。
そこに愛のような何かを見出して、許せなくても許したことにして、何も学ばずに延々と同じことを繰り返している。
きっとまたこの人は違う誰かを選ぶのに。
それでも俺の所に帰ってくるうちは、まだ、なんて。
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