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炭酸とバニラアイス
③
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それから一時間後のバイト終わり、帰り道の途中で見知った顔を見つけてつい足を止めた。
雑踏の中にいてもよく目を惹く派手な金髪と、スラリと伸びた背に美しく整った顔。
同じ大学で、一年の時にはゼミが同じだった男。
特別仲が良いってこともないけど、話そうと思えば普通に話せるような友達未満な関係。
甘い香りを漂わせる花のように、周囲にはいつも人が集まる。男も女も関係なく惹き寄せられるのは、特別綺麗なその顔と、本人がどっちもイケることを公言していることが大きいのだろう。
好みのタイプなら性別関係なく相手をすることで有名な男だ。
それでいうと今日の相手は男らしい。
いかにもあいつが気に入りそうな顔の整った男は、確か同じ大学の一個下。チャラそうだけどイケメンだって前に女の子が話してた気がする。
そのイケメンくんの腕はあの男の腰に回されていて、これから行われるであろう行為を想像して吐き気がした。
そういうことか、と合点がいく。
珍しく俺を相手に饒舌だったのも、しばらく来ないでねって寂しそうに笑ったのも。
やっぱり全部お前が原因だった。
長谷川 怜。
顔が良ければ誰彼構わず寝ることで有名な、美好くんの恋人。美好くんの、好きな人。
「…あーっ、」
最低、マジで最低。
わざわざ美好くんと同じ学年の奴に手出してんじゃねーよクソ野郎。そんなチャラそうな男より美好くんの方が100億倍は綺麗で、かっこよくて、誠実だろうが。
傷付いたら隙が生まれる、綻びができる。だから美好くんが俺にいつもより優しくなるのは、傷付いた時。
そのことに最近気付いた。
美好くんもどこかでこれを見たのかな、それともまたドタキャンでもされた?
傷付いて、ムカついて、諦めて。
それできっと、また泣いて。
想像したら俺の方が泣きそうになった。
だって俺は、その痛ましさをよく知っていた。
美好くんは元々バイト先の常連さんで、丁度去年の今ぐらいから店に来るようになった。
距離を詰める勇気はなくて、いいなぁ好きだなあって見てるうちに長谷川と付き合い始めたって噂を聞いて、もう手に入らないのかと虚しさを抱えたまま接客の時に一言二言話すだけの関係。大学ですれ違ったら「あ」って会釈だけはするような、先輩後輩とも呼べないただの顔見知りだった。
それが変わったのは二ヶ月前のことだ。
6限目の講義を終えて大学から家までの道を歩いている時、通りがかった路地の奥から言い争うような声が聞こえた。なんだ喧嘩か?と興味本位で覗いた先で見たのが、長谷川に縋って泣いてる美好くんの姿。
「怜さん、なんで、俺はこんなに怜さんのこと、」
そう声を震わせる美好くんの腕をあっさりと振り払って、長谷川が選んだのは長い髪をふわふわと巻いた胸のデカい女。
「ごめんって朔良、また今度な」
少しも悪いなんて思っていないような軽い謝罪を口にして、長谷川は腕に絡みつく女と一緒に歩いて行く。ぎゅっと苦しそうに顔を歪めた美好くんが俯いて顔を覆った瞬間に、思った。
ああ、好きだ。
この男の可哀想な程の一途さと痛いくらいに真っ直ぐな想いが向く先に自分がいるというのは、一体どんな気分なんだろう。
想像したら堪らなくて、その幸せが知りたくて。
泣いてる顔だって綺麗だけど、でもやっぱり笑ってて欲しいなんて思って。
その理由に、俺がなってみたかった。
その時俺を突き動かしたのはそんな感情が全てだった。
絶対に人に見られたくない場面だろうに「大丈夫?」なんて声をかけて、拒絶されてるのをわかりながらその後も何かと構い続けてたら見事にウザがられて嫌われた。
前よりも気安く会話が出来るようにはなったものの、好感度は確実に下がっている。今の関係が前よりも進展してるのか後退しているのかはわからないけど、とにかく俺は美好くんを一人で泣かせたくなかったし、うっかり付け込める何かがあるならそれを逃したくなかった。
だって俺、別にいい人じゃないし。
長谷川なんかよりも絶対に美好くんを幸せにしてあげられる自信はあるのに、美好くんが選ぶのは結局いつも長谷川で。
あんなクソ男のどこがいいのかわからないし美好くんの見る目は終わってると思うけど、それでも美好くんが泣くのが長谷川のせいなら笑顔の理由もまた長谷川だった。
俺には届かないあの綺麗な笑顔はいつだって長谷川のもので、長谷川にしか向けられない。
嫌そうな顔とキレる寸前みたいな顔しかさせられない俺は今のところ長谷川以下、勝ち目なんていつまでたってもありゃしない。
ああ虚しい。
呆然と立ち尽くしていたら、いつのまにか長谷川とチャラついたイケメンはいなくなっていた。
あんな性欲まみれの猿みたいな奴らがどこで何をしようと俺には関係ない。
だけど、今もどこかで美好くんが泣いてるなら、それは全然他人事なんかじゃなかった。
雑踏の中にいてもよく目を惹く派手な金髪と、スラリと伸びた背に美しく整った顔。
同じ大学で、一年の時にはゼミが同じだった男。
特別仲が良いってこともないけど、話そうと思えば普通に話せるような友達未満な関係。
甘い香りを漂わせる花のように、周囲にはいつも人が集まる。男も女も関係なく惹き寄せられるのは、特別綺麗なその顔と、本人がどっちもイケることを公言していることが大きいのだろう。
好みのタイプなら性別関係なく相手をすることで有名な男だ。
それでいうと今日の相手は男らしい。
いかにもあいつが気に入りそうな顔の整った男は、確か同じ大学の一個下。チャラそうだけどイケメンだって前に女の子が話してた気がする。
そのイケメンくんの腕はあの男の腰に回されていて、これから行われるであろう行為を想像して吐き気がした。
そういうことか、と合点がいく。
珍しく俺を相手に饒舌だったのも、しばらく来ないでねって寂しそうに笑ったのも。
やっぱり全部お前が原因だった。
長谷川 怜。
顔が良ければ誰彼構わず寝ることで有名な、美好くんの恋人。美好くんの、好きな人。
「…あーっ、」
最低、マジで最低。
わざわざ美好くんと同じ学年の奴に手出してんじゃねーよクソ野郎。そんなチャラそうな男より美好くんの方が100億倍は綺麗で、かっこよくて、誠実だろうが。
傷付いたら隙が生まれる、綻びができる。だから美好くんが俺にいつもより優しくなるのは、傷付いた時。
そのことに最近気付いた。
美好くんもどこかでこれを見たのかな、それともまたドタキャンでもされた?
傷付いて、ムカついて、諦めて。
それできっと、また泣いて。
想像したら俺の方が泣きそうになった。
だって俺は、その痛ましさをよく知っていた。
美好くんは元々バイト先の常連さんで、丁度去年の今ぐらいから店に来るようになった。
距離を詰める勇気はなくて、いいなぁ好きだなあって見てるうちに長谷川と付き合い始めたって噂を聞いて、もう手に入らないのかと虚しさを抱えたまま接客の時に一言二言話すだけの関係。大学ですれ違ったら「あ」って会釈だけはするような、先輩後輩とも呼べないただの顔見知りだった。
それが変わったのは二ヶ月前のことだ。
6限目の講義を終えて大学から家までの道を歩いている時、通りがかった路地の奥から言い争うような声が聞こえた。なんだ喧嘩か?と興味本位で覗いた先で見たのが、長谷川に縋って泣いてる美好くんの姿。
「怜さん、なんで、俺はこんなに怜さんのこと、」
そう声を震わせる美好くんの腕をあっさりと振り払って、長谷川が選んだのは長い髪をふわふわと巻いた胸のデカい女。
「ごめんって朔良、また今度な」
少しも悪いなんて思っていないような軽い謝罪を口にして、長谷川は腕に絡みつく女と一緒に歩いて行く。ぎゅっと苦しそうに顔を歪めた美好くんが俯いて顔を覆った瞬間に、思った。
ああ、好きだ。
この男の可哀想な程の一途さと痛いくらいに真っ直ぐな想いが向く先に自分がいるというのは、一体どんな気分なんだろう。
想像したら堪らなくて、その幸せが知りたくて。
泣いてる顔だって綺麗だけど、でもやっぱり笑ってて欲しいなんて思って。
その理由に、俺がなってみたかった。
その時俺を突き動かしたのはそんな感情が全てだった。
絶対に人に見られたくない場面だろうに「大丈夫?」なんて声をかけて、拒絶されてるのをわかりながらその後も何かと構い続けてたら見事にウザがられて嫌われた。
前よりも気安く会話が出来るようにはなったものの、好感度は確実に下がっている。今の関係が前よりも進展してるのか後退しているのかはわからないけど、とにかく俺は美好くんを一人で泣かせたくなかったし、うっかり付け込める何かがあるならそれを逃したくなかった。
だって俺、別にいい人じゃないし。
長谷川なんかよりも絶対に美好くんを幸せにしてあげられる自信はあるのに、美好くんが選ぶのは結局いつも長谷川で。
あんなクソ男のどこがいいのかわからないし美好くんの見る目は終わってると思うけど、それでも美好くんが泣くのが長谷川のせいなら笑顔の理由もまた長谷川だった。
俺には届かないあの綺麗な笑顔はいつだって長谷川のもので、長谷川にしか向けられない。
嫌そうな顔とキレる寸前みたいな顔しかさせられない俺は今のところ長谷川以下、勝ち目なんていつまでたってもありゃしない。
ああ虚しい。
呆然と立ち尽くしていたら、いつのまにか長谷川とチャラついたイケメンはいなくなっていた。
あんな性欲まみれの猿みたいな奴らがどこで何をしようと俺には関係ない。
だけど、今もどこかで美好くんが泣いてるなら、それは全然他人事なんかじゃなかった。
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