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第16話 今度は助けられるばかりじゃなくて
しおりを挟む朝起きると、なにやら騒がしかった。
同僚のキャミーは早番だからもういなかった。身なりを整えてから仮眠室を出ると、厨房の前に人が集まっていた。
「なになに?どうしたの?」
ヘリクソンが近くにいたので聞くと、ヘリクソンは顔をしかめた。
「犯人が捕まったんだ」
「え?」
見ると、人垣の中心には、料理長のガリクソンと城主のムソンに怒られているルーネがいた。
「困るんだよなあ。俺達も限られた予算のなかでやってるから、勝手に持ってかれちゃ」
ガリクソンは相手が相手だからか、弱ったように後頭部を掻いていた。
「ルーネさん。いくらなんでもあなたが犯人だとは思いませんでした……」
ムソンは怒りというよりも、呆れているようだった。
当のルーネは、目には涙を溜めて、ドレスのスカートを握りしめてふたりを見上げていた。ムソンもガリクソンも大きいから、ルーネは幼い少女のようだった。
だが、ルーネはさすが女主人というべきか、ここから言い返した。
「ひ、ひどいですっ!まさかオウイモを目に付くところに置いておく罠を仕掛けるだなんてっ!そんなの引っかかるに決まってるじゃないですか!見損ないましたっ!」
「あ、あなたがそれを言いますか……!」
ムソンは恐れおののいた。
(罠……?)
「ねえ、罠ってどういうこと?」
アンがヘリクソンに聞いた。
「ああ、親父が昨日、城主様に相談したところ、犯人は夜中に城内にいる人間だろうということになったんだ。それで一計を案じたんだな」
ヘリクソンはガリクソンの息子だった。
「……一計?」
アンは嫌な予感がしつつも聞いた。
「うん。目に付くところにオウイモを置いて、かまどの炭火も適当に残しておく。すると、犯人はオウイモをかまどに入れずにはいられないだろ?炭のこびりついた皮を剥くと、爪に炭が入り込むはずだという計画だったんだけど……。いや、まさか奥様の爪が黒くなってるとは……!」
「ふ、ふ~ん……!」
アンは手を瞬時に握り込んだ。
(な、なんてこと……!こんなアホな罠に巻き込まれるなんて……!)
「それにしも、オウイモを一晩で5本も食べるとは……!食いすぎですぜ、奥さん」
ガリクソンの言葉に、聴衆がうなった。どうやらアンにくれようとしたのを含めて、あと2本あったらしい。
「5本……!」
「それはさすがに……!」
「なんと非常識な胃袋……!」
さすがに恥ずかしかったのか、ルーネは真っ赤になってプルプルしだした。
「ルーネさん……。私はあなたを信じています」
ムソンが同情を寄せるようなやさしい声で語りかけた。
「いくらなんでも5本ものオウイモを一人で食べてしまうほど、いやしい胃袋をあなたはしていないはずだ。ほかにもいるんですね?」
(まずい!)
アンがそう思った時には遅かった。
ルーネの視線が、完全にアンをロックオンしていた。
(こ、こいつ、まさか……!)
ルーネは涙を溜めた目で、上目遣いで見つめてきた。まるで捨てられる子犬のような目だった。
罪悪感を刺激され、アンはその場から動けなくなった。
(くっ、くそぉ……!)
「あ……」
アンは自ら名乗り出ようとした。
しかし、ルーネはギギギと腕をあげると、アンを指さした。
「アンといっしょに食べました」
「なっ!?」
周囲がざわついた。
「わたしが1本でアンが4本です」
周囲がさらにざわついた。
「う、ウソつき!奥様はウソつきですっ!」
「アン……」
ルーネはホロリと涙を流した。
「その汚れた手でウソをつくというの?わたしをウソつきと罵るの?いいわ……。甘んじて受けます。だって、わたしはあなたのお姉さんだから……!」
ルーネのお姉さんという発言に、周囲が微妙にざわついた。
「あの、ルーネさん、お姉さんというのは……?」
ムソンが聞く。
「ええ……、昨晩、アンと姉妹の契りを交わしたのです……!」
周囲が盛大にざわついた。
「公爵令嬢の毒牙に……!」
「なんて手の早い……!」
「うらやましい……!」
(こ、このアマ~~~!)
アンは怒りで頭がクラクラした。
同時に思い出していた。
昨夜オウイモを手渡された時、ルーネはニヤリと一瞬口の端をあげたのだ。
(これが……!これが“蛇のゼファニヤ”……!)
「いや~、まさか炭を使った罠とは、ね?」
「話しかけないでください」
ふたりはかまどの掃除を命じられていた。
「許してよ~。色々誤解も解けたじゃん~」
「しゃべってないで手を動かしてください」
幸い秘めた姉妹関係ではないことや、オウイモを4本食べたのはルーネであるということは確認された。ちなみに、残っていた2本は朝のうちに食べたらしい。健啖家か。
ルーネはムソンに『なぜそんなウソをつくのですか……!』と怒られていた。いい気味だ。本人は開き直ったのか、もはや平気な顔をしていたが。
「ひとりで怒られるより、ふたりで怒られたかったの……」
ルーネはしおらしく言った。
「……いつから怒られるかもって思ってたんですか?」
「ん?そんなのわかんないよ~。あ、でも、万一怒られてもいいように、保険かけてたんだ~」
「……それって、あたしにオウイモという賄賂を渡したことですか?」
「うん!」
やはり共犯を作るべくして作ったらしい。
「なんてずる賢い……!」
「えへへ」
「褒めてません!」
「まあまあ、わたしたちは姉妹なんだし、苦難だって分かち合おうよ?」
「さっそく迷惑かけられるなんて思いませんでした」
(頼りにしていいって言ってたくせに……!)
「……ごめんね」
ルーネは神妙な感じで言った。
「わたし、アン相手だとつい甘えちゃうみたい。許してね?」
「……はあ」
キラキラ光る大きな瞳に見つめられ、アンはため息をついた。
「……奥様って、全然頼りになるお姉さんじゃないですね。手のかかる妹みたいです」
「えへへ、手のかかる子ほど可愛いって言うもんね!」
「……」
アンはカチンときて、ついに実力行使に出た。
かまど掃除で真っ黒になった手で、ルーネのほっぺたを挟んでグネグネとこね回した。
「こいつめ!こいつめ!」
「あはは!やったなあ!」
ルーネは実に楽しそうにやり返した。
ふたりとも顔を真っ黒にしていた。
「なにをやってるんだか……」
こっそり見守っていたムソンが呆れてつぶやいた。
「ガハハ!本当の姉妹みたいですな!」
おなじくこっそり見ていたガリクソンが笑った。
アンはひどい目にあったが、いいこともあった。
まずは夜の見回りがなくなったこと。
ルーネがムソンに提言してくれたのだ。
「もしもわたしが本当の不審者だったら、アンはどうなっていますか?部下の命を最大限守るのも、領主の責任ではありませんか?」
盗人猛々しい気もするが、これを受けて、見回りは衛士たちの仕事になった。衛士たちもずっとおなじところにいるよりはいいとのことで、快く引き受けてくれた。
メイドが城内を見回るのは、元々、ムソンが来る前に慣習的に行われていたことだったらしく、ムソンの対応も柔軟だった。
もうひとつの変化は、ルーネ用のおやつ箱が用意されたことだ。小腹が空いたらここから食べれば良いということになった。
「アン、今日はプキンのプリンよ。はい、あーん」
「仕事中です」
アンはシーツを干していた。両手はふさがっている。
「あーん」
罪のない笑顔にアンは圧された。
「……あーん」
「どうどう?」
「……美味しいです」
「だよね!だよね!」
「はいはい」
こうしておやつのご相伴に合法的に預かれるのは、何気に役得だった。アンは甘いものが好きだ。
「あ」
「?」
ルーネの白く細い指が、アンの唇を拭った。プリンがついてたらしい。
ルーネはそれを食べた。
「ふふ、美味しいね」
ルーネは無邪気に、でも妙に色っぽく微笑んだ。
アンは赤くなった。心臓がドキドキする。
「どうしたの?」
「……なんでもありません」
これはいいことなのか、悪いことなのか、まだわからない。
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