死に戻り公爵令嬢が嫁ぎ先の辺境で思い残したこと

Yapa

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第13話 美味しそうに食べる顔

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「なにやらご機嫌なようでございますな」



キャメロンが茶を差し出しながら言った。



ムソンは眉間に皺を寄せ、怪訝な顔になった。



「ご機嫌?何を馬鹿な」



「ムソン様のわかりにくい表情をだいぶ読み解けるようになったと自認していたのですが……」



「極度の寝不足だ」



事実、ムソンは三徹目だった。にもかかわらず、執務には一切の支障をきたしていないのは、超人的な体力のなせる業だった。



「左様ですか。修行不足でございました。それはそうと、執事長としては、やはり仮眠用のベッドを用意したいところですな」



「うむ……」



「わたくしのいる所では寝られませんか?未だ信頼なさって頂けていないとは、嘆かわしい……」



キャメロンはハンカチを取り出し、わざとらしく目尻を押さえた。



「……わかったよ。言う通りにするから、そう苛むのはやめてくれ」



キャメロンはサッと下手な芝居を切り上げて、迅速にベッドの手配をするため部屋を出て行った。



「ふぅ……」



ムソンは執務を中断し、キャメロンの淹れてくれた茶を飲んだ。熱い果物の香りが腹に満ちていく。フルーツティーだった。



果物と言えばと、ムソンは昨夜のことをつい思い出してしまう。



愛を無支配であると喝破したあの娘のことを。



自由を求め、自分と一緒に感じたいと言った娘のことを。



ルーネ・ゼファニヤ。捉えどころのない少女。



惑わされているのかもしれない。



ムソンの女性に対する恐怖心は根深い。そのことは本人も自覚していた。



なんと言っても、”蛇のゼファニヤ”だ。用心に越したことはない。



(だが……)



ムソンは己の手を見た。



今朝、寝具越しにルーネの頭に触れた手を。



不思議なことに、手には未だに感触が残っていた。



嫌な感じはしなかった。



手のひらには、初夜で自ら切った傷跡がわずかに残っていた。



ムソンは異様に身体の傷の治りが速いから、もうほとんど目立たなかった。



どこに間者がいるかわからない。もしも初夜を過ごさなければ、翻意ありと疑われるかもしれない。



そのために自らの血で偽装した。



そのことを今更ながら説明するべきだろうか?弁解するべきだろうか?



……いや、あまりにダサくないか?



なぜだかわからないが、ルーネにダサいとか、男らしくないとか思われるのは嫌だった。



なぜだろう。本当にわからない。



少し前まで、離縁できればいいと考えていた相手のはずなのに、ルーネの顔が蔑みに歪むと想像しただけで不快だった。



嫌われたくないと思ってしまっていた。



ムソンは頭を振った。



きっと寝不足ゆえのことだろう。妙に不安が先立つようになっている。



だいたい朝食であんなにニッコニコ顔していたではないか。なんの心配があろうか。



まったく、本当に幸せそうに食べるものだと感心したくらいだ。



いや、そもそもなんでこんなにルーネのことばかり四六時中考えているのだ?



まったく、わからなかった。



それにしても、まったく……。






「おや?」



キャメロンはベッドを一緒に運んできた料理長のガリクソンに、目で静かにするように合図した。



ガリクソンはウィンクして応えた。



物音がしないようにベッドをドア付近にそっと置き、ゆっくりとドアを閉めて、二人は外に出た。



ガリクソンは小声で「良いのかい?起こしてベッドに寝かせた方がいいんじゃないか?」と言った。



キャメロンはゆっくりと首を振り、こちらも小声で答えた。



「そっとしておきましょう」



「どうして?」



キャメロンは優しげに微笑んだ。



「きっと、何か幸せな夢を見ているのでございましょうから」
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