上 下
6 / 19

第5話 クソっ!皇帝めっ…!

しおりを挟む

そんな夫の心境などつゆ知らず、ルーネは朝食を堪能していた。



前の生では、病気が悪化してからろくに食事も喉を通らず、辛い思いをしていた。



それがなんということか!



若い体に貧相とされる食事は、たまらなくおいしかった。



食事というのは、料理側だけの問題ではない。食べる側の問題が重要なのだとルーネはつくづく感じていた。



(ハッ!これはパオチーの実!)



それにルーネは辺境料理が好きだった。



(辺境にしかないのよね~!あら、ムソンったら残してるわ。……そういえば、朝食を一緒にとることなんて滅多になかったわね。私ったら、ムソンの食べ物の好き嫌いもよく知らないわ……。でも……)



『……先に朝食に行きます』



ムソンが言い残した寝室での別れ際の言葉。それを思い出してルーネはムフフと笑うのだった。




(先にってことは……、誘ってくれたって考えてもいいのかしら?)



これからが楽しみだとルーネは思った。



ルーネはどこまでも前向きだった。



脳裏に浮かぶムソンは、なぜか上半身裸だった。





ムソンは、執務室にこもって事務仕事をしていた。



ろくに行政官を雇う金もないから、多くの事務仕事をムソンは自分で処理しているのである。



「……奥様とうまくやっていけそうですか?」



老執事長のキャメロン・アンダーソンが聞いた。



いくら執事長といえども、ずいぶん踏み込んだ質問である。



ムソンとキャメロンはたった一年の付き合いだ。ムソンが辺境伯になり、コドラ地域を拝領してからの仲であった。



だが、それでもお互いがお互いにとってかけがえのない存在になっていた。



というのも、戦争奴隷出身で、事務仕事どころか文字の読み書きさえ満足にできなかったムソンに請われて、キャメロンは一から教育を施したのであった。



キャメロンも一領主が一介の執事に頭を下げてまで領主業を理解し、全うしようという姿に感銘を受けた。たった一年で書類仕事をこなしてしまうようになるとは夢にも思わなかったが。



ムソンの優秀さに老執事は舌を巻くばかりだった。



なんにせよ、ムソンとキャメロンは戦友のような固い絆で結ばれていた。



「……執務中だ」



しかし、そんなキャメロンにムソンはにべもなく答えた。



キャメロンはヤレヤレとため息をつくしかなかった。



ムソンもため息をつき、肩を重くした。



「旦那様、お茶でも淹れましょう。ご休憩なさってください」



「ああ」



ムソンは伸びをして、ベランダに出た。



青い空だ。今日はこの地域にしては、わりに温かい気候だった。



空を眺めていると、ムソンの脳裏に『とても魅力的な土地だと思いますわ!』という脳天気な発言をするルーネが浮かんだ。



思い浮かべるルーネは、なぜかお花畑に立っていた。



ムソンはまたため息をついた。



(あんな何も知らない娘にこれから苦労をかけることになるのか……皇帝め!余計なことを……!)



ムソンは皇帝に怒りの炎を向けた。



実はムソンに結婚を命じたのはこの国の皇帝である。



断れば謀反を疑われるから承諾したが、よりにもよって“蛇のゼファニヤ”と狡猾で名高いゼファニヤ公爵家の娘だという。



どんな娘が来るかと思えば、さすがは狡猾なゼファニヤ公爵令嬢だ。



思いもよらない反応ばかりを返してくる。



特に昨夜。



おかげでムソンは、ほとんど寝られなかった。



蛇のように狡猾に、ずる賢く政敵を絡め取り服従させていく。それが蛇のゼファニヤの評判だった。



ほんの16歳の小娘だというのに、聞きしに勝る手腕だと思った。



だが、朝食の席でのあの屈託のない笑顔……!



ずっと辺境料理をうれしそうにパクついているあの笑顔……!



自分と話している時もチラチラと料理のことばかり見ているあのあどけない幼児のような顔……!



はじめは百年戦争の英雄ともてやされる自分を利用して、何か良からぬことを企んでいるのではないか?と疑念を強めていたが、今では別の疑念が急速に頭をもたげてきていた。



……この娘、なにも知らないのではないか?



だとしたら、これまで贅沢の限りを尽くしてきたであろう公爵令嬢に、元戦奴の辺境伯がただただ貧乏暮らしを強いることになるわけだ。



その気苦労を想像したら、ムソンは肩がどうしても重くならざるを得なかった。



(あのあどけない笑顔を俺がすり減らすというのか……クソっ!皇帝め!やはり許せん!)



だが一方で(いやいや、あの笑顔すらも演技なのかもしれん……)と疑念を完璧に捨て去ることはできなかった。



悩ましい。



と、なにやら庭が騒がしい。



「なにご……!?」



ムソンは一目見るや、ひらりとベランダから飛び降りた。高さは10メートル以上あったが本人はまったく問題にしなかった。



「旦那様っ!?」



ちょうどお茶を持ってきていたキャメロンが狼狽して、カップを落としてしまった。



ムソンは着地するや否や駆け出していた。





火が燃え盛り、煙が上がり、多くの人々が集まっていた。



ムソンが駆けつけてきたのを見つけたルーネが言った。



「あら?ムソンさんも食べますか?」



ルーネの顔は煤だらけだった。



城中の家来たちとともに煤だらけになって、料理を作っているのだった。



ルーネは煤だらけの顔で無邪気に笑っていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。

そゆ
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

異世界ニートを生贄に。

ハマハマ
ファンタジー
『勇者ファネルの寿命がそろそろやばい。あいつだけ人族だから当たり前だったんだが』  五英雄の一人、人族の勇者ファネルの寿命は尽きかけていた。  その代わりとして、地球という名の異世界から新たな『生贄』に選ばれた日本出身ニートの京野太郎。  その世界は七十年前、世界の希望・五英雄と、昏き世界から来た神との戦いの際、辛くも昏き世界から来た神を倒したが、世界の核を破壊され、1/4を残して崩壊。  残された1/4の世界を守るため、五英雄は結界を張り、結界を維持する為にそれぞれが結界の礎となった。  そして七十年後の今。  結界の新たな礎とされるべく連れて来られた日本のニート京野太郎。  そんな太郎のニート生活はどうなってしまう? というお話なんですが、主人公は五英雄の一人、真祖の吸血鬼ブラムの子だったりします。

呪う一族の娘は呪われ壊れた家の元住人と共に

焼魚圭
ファンタジー
唐津 那雪、高校生、恋愛経験は特に無し。 メガネをかけたいかにもな非モテ少女。 そんな彼女はあるところで壊れた家を見つけ、魔力を感じた事で危機を感じて急いで家に帰って行った。 家に閉じこもるもそんな那雪を襲撃する人物、そしてその男を倒しに来た男、前原 一真と共に始める戦いの日々が幕を開ける! ※本作品はノベルアップ+にて掲載している紅魚 圭の作品の中の「魔導」のタグの付いた作品の設定や人物の名前などをある程度共有していますが、作品群としては全くの別物であります。

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

ここをこうやってこう〜オブジェクトのサイズを変更できる魔法はなにかと便利です〜

ことりちゃん
ファンタジー
 物体のサイズを変更できる魔法。  それはこのルフェーブル王国において、他に類を見ない珍しい魔法だった。  それゆえ王家に目をつけられたクララは、第三王子ジュールの婚約者に選ばれてしまったのだが。 「美少女が、必ずしも美女に成長するわけではないのだな」  幼い頃クララに一目惚れしたジュールは、年々冴えなくなっていくクララの容姿に失望していた。 「もう、ジュール様ったら。面と向かってそのようなことをおっしゃっては、さすがにクララさんがお気の毒ですわ」  婚約者の座を狙って長年画策してきた侯爵令嬢のマルゴは、この日を迎え勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。 「伯爵家の、しかも庶子の分際で王子妃になろうだなんて……ねえ?」 「いきなりの婚約破棄。さぞかし惨めでしょうね」  周りの者は皆、クララのことを蔑んでいた。  ・  ・  ・ (よっ! 待ってました!) クララは心の中で歓喜していた。 (婚約破棄?? ありがとうございます!!) 奮闘努力の甲斐あって、ようやく婚約破棄まで漕ぎ着けたクララ。 あとはこのまま逃げるだけ。 さあ、相棒のリュカとゆくクララの自由気ままな逃亡ライフが今、始まる。    

変人奇人喜んで!!貴族転生〜面倒な貴族にはなりたくない!〜

赤井水
ファンタジー
 クロス伯爵家に生まれたケビン・クロス。  神に会った記憶も無く、前世で何故死んだのかもよく分からないが転生した事はわかっていた。  洗礼式で初めて神と話よく分からないが転生させて貰ったのは理解することに。  彼は喜んだ。  この世界で魔法を扱える事に。  同い歳の腹違いの兄を持ち、必死に嫡男から逃れ貴族にならない為なら努力を惜しまない。  理由は簡単だ、魔法が研究出来ないから。  その為には彼は変人と言われようが奇人と言われようが構わない。  ケビンは優秀というレッテルや女性という地雷を踏まぬ様に必死に生活して行くのであった。  ダンス?腹芸?んなもん勉強する位なら魔法を勉強するわ!!と。 「絶対に貴族にはならない!うぉぉぉぉ」  今日も魔法を使います。 ※作者嬉し泣きの情報 3/21 11:00 ファンタジー・SFでランキング5位(24hptランキング) 有名作品のすぐ下に自分の作品の名前があるのは不思議な感覚です。 3/21 HOT男性向けランキングで2位に入れました。 TOP10入り!! 4/7 お気に入り登録者様の人数が3000人行きました。 応援ありがとうございます。 皆様のおかげです。 これからも上がる様に頑張ります。 ※お気に入り登録者数減り続けてる……がむばるOrz 〜第15回ファンタジー大賞〜 67位でした!! 皆様のおかげですこう言った結果になりました。 5万Ptも貰えたことに感謝します! 改稿中……( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )☁︎︎⋆。

処理中です...