死に戻り公爵令嬢が嫁ぎ先の辺境で思い残したこと

Yapa

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第1話 ええっ!?わ、わたしのこと、あ、愛してたの!?

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「最後の小康状態です‥‥もって今日一日かと」



王都から来たハロルド・ハーミッシュ医師が枕元で言った。



ルーネ・ゼファニヤは診断を下された当の本人だったが、もう目を開ける力もなかったから、枕元でそんなことを言われてしまうのも仕方がないと意識下で思った。



「こんな時に旦那様はいったいどこへ…!」



メイドのアン・フィッツジェラルドが憤った。



ルーネは心のなかでアンにお礼を言った。アンはいつだってルーネの味方でいてくれた。



本来なら雇用主は領主である旦那様―ムソンということになるのだが、雇用関係よりも心情的なつながりを大切にしてくれる娘だ。この娘の快活さ、温かさに幾度救われたか知れない。



最期に口に出してありがとうと言いたかったが、ルーネの舌は寸分も動かなかった。



「……っ!」



ルーネは目を開くこともできないが、老執事長のキャメロン・アンダーソンが鼻をすすった音だと認識できた。以前に歳をとったから涙もろくなってしまったと言っていたから。



ルーネはキャメロンにも心のなかで感謝の言葉を口にした。自分のために泣いてくれる人がいるのだ。なんて幸せなことだろう。



ふと、自分の夫であるムソンのことが頭に浮かんだ。あの人は今、どこで何をしているのだろうか。妻が死に際している時に。



しかし、ルーネには恨みに思う気持ちはこれっぽっちもなかった。心のなかでつぶやいた。



いいのよ。無理をする必要はないのだから……。



ルーネは心の中で思い出し笑いをした。



さすがにあの時は面食らったわね……。






ルーネは小さい頃から体が弱かった。



公爵家の三女だったから生き残れていたが、父は子供も産めないだろうルーネに冷たく接した。姉も使用人も、母でさえも主人の態度に倣ったものだった。



ルーネは広い屋敷のなかで孤立無援だった。



そんなルーネが16歳になった当日、ルーネは父の呼び出しを受けた。



初めてのことだった。



まさか誕生日プレゼントを…?いやいや、そんなわけ…。でも、なにかお祝いのお言葉でも頂けるのかしら…?



ルーネの心はあるはずのない夢想に自然と華やいだ。



「ムソン辺境伯のところへ嫁に行け」



「え?」



「以上だ。もう行ってよい」



「……はい」



とんだ誕生日プレゼントだった。



いや、それどころか、父は誕生日だということすら気づいていなかった。ただの事務手続きのように、ルーネは結婚を命じられ、それに従ったのだった。



ムソン・ペリシテ辺境伯。



元奴隷、百年戦争の英雄。



戦争が終わり、置き所に困った王室が都合よく辺境伯として僻地へあてがったと専らの噂だった。



お互い要らないもの同士というわけね……。



ルーネは辺境へと向かう馬車に揺られながら思ったものだ。





辺境は寒い地域だった。



雪が降るわけではないが、一年のほとんどが秋の深まったころくらいの気温しかない。



馬車から降りて初めてしたことはくしゃみだったことをルーネは覚えている。体の弱い自分がこの地で生き残れるかどうか、不安が頭をよぎった。



城門の前では使用人たちが並び、ルーネを待ち構えていた。ムソンはその場にはいなかった。執事長のキャメロンが長旅を労ってくれたが、さらなる不安がルーネの心中には積もった。



部屋に案内され、一休みし、体を温めたらすぐにウェディングドレスへと着替えることとなった。



メイドたちがはじめて目にする女領主に緊張しながらも着付けをしてくれたが、ルーネ自身はその倍も緊張していた。なにせ、未だに夫の顔を見ていないのだ。



初めて夫であるムソンの顔を見たのは、城内にある粗末な教会でだった。



一目でムソンだとわかった。



一際大きな体、それも幾度も戦場を駆け抜けてきたであろう体には異様な迫力があった。



にもかかわらず、こちらをちらりとも見ようとしない横顔は王都でもついぞ見ることのない貴公子そのものの美貌であった。



式や祝宴は簡素なものだった。形だけの誓いを唱え、お互い親のいない宴を一言も言葉を交わすことなく終えた。



不安は募るばかりだった。



そして、あの初夜を迎えたのだ。



ムソンは自らの手を傷つけて、初夜を過ごしたアリバイを作り、「私があなたを抱くことはありません」と言ったのだった。



次いで追い打ちをかけるようにこうも言った。



「お互い無理はやめましょう」



ルーネはただただ驚くよりなかった。



次いで、自分の貧相な体に興味が湧かなかったのかとも思った。





ショックはショックだったが、それはそれとしてルーネは貧しい領地の女主人として頑張った。



初めのうちは上手くいかないことも多かったが、次第に努力が認められ、領民から認められていった。



ルーネはできることは精一杯やろうと心に決めていた。



自分の命はほかの人より短いだろうけど、それを思っても仕方がない。なら、今できることを精一杯やろう、というのがルーネなりの人生観だった。



ある時、メイドたちが噂話をしていたのを立ち聞きしてしまった。



「辺境伯は子供の頃に性奴隷として扱われていたから女嫌いらしいわよ」



「あんなにお美しいのにねえ…」



「あんなにお美しいからよ」



ルーネはなるほどなあと思った。



それなら…。






ハロルド医師はルーネの脈をとり、厳かに告げた。



「……ご臨終です」



「奥様……!なんで?お若いのに!」



アンがルーネの亡骸に泣きすがった。



今やルーネの魂は肉体から離れ、部屋を俯瞰して見ていた。



そうね。生まれ変わったら娘らしく元気に楽しく生きてみたいわ、とアンに聞こえるはずのない返事をした。重苦しい体から解放され、ルーネは生まれてから初めて感じるほどの爽快な気分だった。



ここに来て五年か……。今日でお別れね……。



淡白な感慨とともに、ルーネは天に召されようとしていた。



頭上に光が……。



そこへものすごい音をたてて扉が開かれた。



夫のムソン・ペリシテだった。



ムソンと知り、メイドのアンは睨みつけた。



「だ、旦那様……!」



老執事長のキャメロンが声をあげた。



なぜなら、ムソンはボロボロだった。頭からは血を流し、歴戦の戦に耐えた鎧も剣も欠け、戦場でもこれほどの深手を負ったムソンが見られることはなかっただろう。



そして異様なことに、手には一輪の花を持っていた。



強く握りこんだ様子から、その一輪の花がためにムソンは深手を負ったのだと察せられた。



ムソンはそれ以外目に入らないという様子で、ルーネの亡骸のもとに足を引きずり近づいたのだった。



メイドのアンはムソンの姿を一目見て、すべてを察し、ルーネの亡骸から身を引いた。瞳には新たな涙が溢れていた。



ムソンはルーネの亡骸に人目もはばからず泣きすがった。



ルーネは死んで初めてムソンに触れられたのだ。



「すまない……こんな愚かな夫、見捨ててくれてよかったのに……愛していたのに!」



ムソンは慟哭した。百年戦争の英雄であり、味方からすら恐れられた男が。



そして、このことに一番驚いたのは、すでに魂状態のルーネ・ゼファニヤであった。



(ええっ!?わ、わたしのこと、あ、愛してたの!?)



ルーネは最後の最後に驚愕の事実を知り、魂状態で大混乱に陥ったのである。



その時、頭上の光は消えて、代わりにムソンの手にある花が光り輝いたのであった……。

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