不遇な公爵令嬢は無愛想辺境伯と天使な息子に溺愛される

Yapa

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第二章

第30話 ローザ、ついに我慢できなくなる

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ローザにとって、辛い一日が終わろうとしている。

いや、昨夜のブラッドリーのことを思えば、辛い2日間だった。

だからというわけではないが、癒やしが必要である。

「アーサー様ー!好きです!好き好きー!大好きー!」

「きゃはははは!くすぐったいよぉ、ローザァ!」

寝室である。

ローザはアーサーを抱きしめて、高速微振動頬ずりをしているところだった。

高速は想いの強さを、微振動であることは気遣いを表している。

あまり振動を強くすれば、天使の肌が傷ついてしまうかもしれない。

親しき仲にも礼儀ありだ。

「うぅ~!好きです~!」

「はいはい」

「私、最近発見したんですけど、アーサー様に好きって言うだけで、こう……!なんていうか、こう……!力が溢れてくるんです~!アーサー様、いてくれてありがとうございます~!」

「くふふふふ」

そんな世迷い言を宣うローザの頭を、アーサーはやさしく包み込むようにしてなでた。

そして目を見つめて、無自覚に小悪魔な微笑みを浮かべる。

「……よしよし、ぼくも好きだよ」

「きゃー!!!」

ローザは鼻血が出るのを予見して、サッと回復魔法を自分にかける。

高速微振動頬ずりはさらに加速していった。

「……なーにをしてるんですか?」

心底呆れて言ったのは、ブラッドリーである。

今日は、親子3人で寝る日だった。

ブラッドリーは片肘をついて寝転がり、はだけたシャツからは彫刻のような筋肉が見え隠れしている。

「なにって、栄養補給ですわっ!アーサー様からしかとれない栄養がありますもの!ふんふんふんふんっ!」

「きゃははははは!」

「やめなさい。アーサーが削れてしまいます」

「あら?そんなことを言って、アーサー様を独り占めなさるおつもりでは?」

「そんなことはありません。あなたと一緒にしないでください。心外です。……ふんふんふんふんっ!」

ブラッドリーはアーサーに頬ずりした。

「きゃはははは!お父様、くすぐったい~!」

「ほら見たことですかっ!アーサー様のほっぺたを占領しようとなさって……!おそろしい方です……!」

「ふむ……、たしかにパンのような匂いがしますね……。これがアーサーからしかとれない栄養……?」

「ええ、太陽みたいな匂いがしますわ!」

「ローザはねー、なんか甘いにおいがするよ!」

「そうなんですか?」

「うん!なんかね、おいしそう!お父様もかいでみて!」

またもやアーサーは無邪気に時を止める魔法を使った。

「……ふっ」

ブラッドリーは口の端をあげる。

「アーサー、……そろそろ寝る時間だぞ?」

「そうですわ、アーサー様、ポンポンタイムですわ……!」

しかし、ふたりにはそろそろ耐性がついてきていた。

「えー」

「アーサー様、ポンポン」

「アーサー、ポンポン」

「……んぅ、まだ寝たくない……」

ローザとブラッドリーが、両脇からリズムを合わせてアーサーのお腹をポンポンする。

アーサーの目がとろとろしてくる。

「……ぐー」

まるで催眠術でもかけられたかのように、アーサーは眠りについたのだった。

「うふふ……!」

ローザはその寝顔が本当にうれしくて、ブラッドリーに笑みを向ける。

「ふふっ……」

ブラッドリーは、はにかみながらも微笑みを返した。

(……よかった)

ローザは内心ホッとした。

ブラッドリーが微笑みを返してくれた。もしも二度と微笑んでくれなくなったらと想像すると、それだけで心が痛んだ。

特にアーサーをふたりで寝かしつけた時に、ローザはどうしてもうれしくて喜びを共有したくなる。

最初の頃はそっけなかったが、ブラッドリーもアーサーを寝かしつける至上の喜びに目覚めたのか、最近では返してくれるようになっていた。

なんというか……、こういうことって、とても家族っぽいとも思う。

失われなくてよかった、と心底思った。

(あれ……?)

だが、横向きに寝そべっているブラッドリーの表情が唐突に曇った。

「?どうなさいま……!?」

ブラッドリーの異変に気づき、何事かと聞こうとした時、ローザはさらなる異変に気づいた。

ブラッドリーに手を握られていたのである。

「ブ、ブラッドリー様……!?」

寝入ったばかりのアーサーの丸いお腹のうえで。

ぷくー、ぷくーとふくれてはしぼむそのうえで、大胆にもブラッドリーはローザの手をつかんできたのだった。

(ポ、ポンポンからのギュッ……!)

変な言葉が頭につい浮かぶ。

自分の手汗がつい気になってしまう。

しかし、ふと見ると、大胆な犯行を遂げたはずのブラッドリーの顔はやはり浮かないことに気づく。

いや、浮かないどころではない、いまにも泣き出してしまいそうなほど悲しげだ。

ローザはベッドが揺れてアーサーが起きないように、ゆっくりと体を起こしてブラッドリーの耳元に顔を寄せた。

男性らしい匂いが一瞬香ったが、不快ではなかった。

「……どうなさいました?」

ささやき声で、そっと言う。

ブラッドリーはすこし体を震わせたが、アーサーを起こさないように、やはりささやき声で返答した。

「……私は、謝罪しなければなりません」

ため息まじりの低い声が、ローザの耳元をざらりとなでた。

「……謝罪、ですか?」

「……ええ」

ブラッドリーはローザに懺悔するように告げる。

「……なにをでしょう?」

「……まず、教会で逃げ出したこと」

ローザとウィルがハグしているのを目撃し、話も聞かずに立ち去ったことを言っているようだ。

「それと昨夜、私はあなたにひどい振る舞いをしました……。最低です。私はあなたを傷つけようとしたのです……!」

ローザは言われたことをしっかりと覚えていた。

『そもそも私達は内緒とはいえ離婚した仲です。ただの友達でしかありません。だから、あなたがそんなに必死になって浮気の誤解を解く必要はないのです』

また、こうも言っていた。

『私があなたの浮気を咎める権限もありません。ですが、公の場でああいうことをするのは謹んで頂きたい。建前だけの夫婦とはいえ、建前というのは存外大事ですから』

実に冷たい言い草で、しかも反論の機会さえ許されなかった。

だから、しっかりと言ってやった。

「……ええ。ちゃんと傷つきましたわ」

「!……ごめんなさい……!」

ブラッドリーはまるで無垢な少年のように苦しげな表情を見せる。

自分がしたことに罪悪感を覚え、すなおに反省の意を示しているのだった。

そんなブラッドリーの様子を目の当たりにしてローザは、

(ダメ……!)

大いに煩悶した。

(こんなこと思っちゃダメってことはわかってるのに……!でも、もうダメ……!抑えられない……!)

ローザは異様に渇いてくる喉をなんとか潤すように、生唾を呑み込んだ。

(ブラッドリー様……、可愛いすぎる!まるで大きなワンちゃんみたい……!)

ローザの心の目には、ブラッドリーが反省して肩を落としている巨大犬のように見えていた。

いつもは強くて気高くてかっこいいのに、失敗したらすなおに落ち込むところが可愛い。

“血に飢えた黒狼”などという恐ろしいイメージでは断じてない。

ローザの胸は、ついついキュンと締め付けられてしまう。ズルい。

(ああ……!もう我慢できない……!)

ローザはつないでいた手を離した。

間近で、ブラッドリーの真紅の瞳がショックに揺れるのが見える。振り払われたと勘違いしたのかもしれない。

その様子すら(可愛い……)と思ってしまう。

ローザは微笑み、ブラッドリーの頭をなでた。

ブラッドリーの髪は、アーサーのふわふわの髪とはちがい、男性らしい硬い感触だった。

それでも奥には、やわらかな感触が隠れている。

「ロ、ローザさん……?」

「……ゆるします」

ローザは聖女のように微笑んだ。

ブラッドリーの熱い吐息が首筋に感じられた。なぜかゾクゾクしてしまう。

「……いえ、こんな言い方はフェアじゃありませんね。わたしのほうこそごめんなさい」

「な、なぜ、ローザさんが謝るのですか……?そんな必要は……」

ローザは小さく首を振った。ローザのふわふわの金髪が、ブラッドリーの鼻先をくすぐる。

「ブラッドリー様のことを守るって、わたし言いました。なのに、不安にさせてしまいました。……わたしのこと、ゆるしてくれますか?」

ローザはブラッドリーの真紅の瞳を間近にして、覗き込むように見下ろした。

ブラッドリーの濡れた瞳は揺れていたけれど、逸らすことなくローザの瞳を見つめ返した。

「……はい、ゆるします」

ローザは微笑んで、またブラッドリーの頭をなでた。

「わたしのこと、信じてくれますか?」

重ねて問う。

「はい……!」

またもなでると、ブラッドリーは気持ち良さそうに目を細めた。

ローザはその仕草にすこしドキリとするが、ふと思い出して言う。

「……あっ、ごめんなさい。そういえば、ニコラにわたしたちの秘密を言ってしまいましたわ」

内緒で離婚している件のことだ。

「え!?そんな……!ふたりだけの秘密じゃなかったんですか……?」

「うふふ……、ニコラは口が固いから大丈夫ですよ。ついグチを言ってしまったのです」

「う……、それは、まあ、俺が悪いですから、仕方ありません……」

軽い調子で言ったのだが、ブラッドリーはまたもショボンとしてしまう。

「……ブラッドリー様、ソファに移動しませんこと?アーサー様を起こしてしまうかもしれませんし」

「はい……」

ローザはブラッドリーの耳元により近づいて、内緒話をささやくように言った。

「今夜はもっとおしゃべりしましょ?ね?」

「……わかりました」

ブラッドリーはすなおに返事をするのだった。

ローザはうれしく思い、自然とブラッドリーの頭をなでて、ニコリと微笑んだ。

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