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第二章

第22話 ローザ、ツヤッツヤになる

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「どうぞこちらへ……」

ローザが自室へと案内するのを、ロイは紳士然としたにこやかな態度でついて行く。

だが、その内面は紳士とはほど遠いものだった。

(俺がこのお姫様の本性を暴き出してやる!鬼が出ようが、蛇が出ようが構うものか!ブラッドの目を覚まさせてやるっ!)

ブラッドリーが王都の貴族出身の女、しかも貴族中の貴族である公爵令嬢と温かい家庭を築くなど、ロイには許せないことだった。

いや、あり得ないことだ。

(貴族など、人の皮を被った畜類!ベッドのうえで幾度となく証明してきたことだ!)

「奥様……」

ロイは部屋に入るなり、ローザの小さな肩をうしろから抱き寄せようとした。

「ニコラ、お茶の用意をお願い」

「はい、かしこまりました、奥様」

だが、意外と部屋にはお付きの侍女がいたらしく、ロイは止まらざるを得ない。

背の高い侍女だと思った。

実際、ニコラはロイと同じくらいの背丈だった。ロイの身長は、平均的な成人男性より10センチは高い。

「あー、その、奥様」

「はい、なんでしょう?」

「ぜひふたりきりでお話したいことがあるのです。お茶はいりませんので、侍女をさがらせることは可能でしょうか?」

「まあ……!」

ローザはやはり顔を赤らめて聞いた。

「それは、その……特別な、情熱的な用件、ということでしょうか?」

「ええ、そうなりますね」

ロイは微笑を浮かべて、まっすぐにローザの瞳を見つめてみせた。

すると、ローザはもじもじとした仕草をしだす。

(ふんっ!なにをかまととぶってやがるっ!やはり期待しているんじゃないかっ!)

青い瞳とウェーブのかかったふわふわの金髪は、やはり姉を思い出させて、だからこそ憎らしい気持ちになる。

ロイは姉を汚された気がして、怒りさえ覚えた。

「……あの、できればニコラもいっしょがいいんですが。その、初めてのことですし、ひとりじゃ上手くできるか不安ですし……」

「は?」

ロイはつい驚きの声を上げてしまう。

「初めてですって?ブラッドリーとはしてないんですか?」

「で、できるわけないじゃないですか!その、ブラッドリー様はこういうことは、あんまりお好きじゃないでしょうし……」

「ははっ、そうですか……!いや、あいつも男だし、そんなことはないとは思いますけどね」

「そ、そうなんですか……?」

「ええ、案外好きだと思いますよー。……いや、失敬。ちょいと下世話でしたね。構いませんよ。そちらのお嬢さんも構わないのであれば」

ロイがちらりとニコラを見ると、ニコラは照れたように赤面し、ローザのことを見た。

ローザがうなずいてやると、ニコラもまた覚悟を決めたようにロイにうなずいてみせたのだった。

「結構、それでは3人の秘密ということで。大いに楽しみましょう」

どうせ秘密は漏れるものだ。

「あ、あの、やっぱりこういうことお好きなんですか!?」

まだどこか不安げにニコラが聞いた。

「ええ、好きですよ」

にこやかにそう答えてやると、ニコラは両手で口を抑え、それでも好奇の感情は抑えられないようで瞳を見開いた。

「慣れてもいるので、安心して頂いて構いません」

「慣れてもいる……!」

ニコラは今度は気が遠くなったようにため息をつき、いそいで体の前で十字を切った。

(この状況で神に祈るとは……やれやれ)

ロイの方こそため息をつきそうになったが、見るとローザも十字を切っていた。

(……もしかして、本当に経験ないのか?)

ロイが一瞬不安になる。

本当に何も知らない無垢な少女なのではないか?

だが、次の瞬間、ローザの一言でそんな不安はふっとんだ。

「さ、ロイさん、服を脱いでくださいまし!」

ローザの頬は、明らかな興奮から紅潮していた。




ブラッドリーたちはロイを探していた。

いくら最重要事項である極秘任務の件が進まないからといって、決めることは山程ある。

「まったく、あいつどこ行ったんだよ。しょうがないなあ」

リュックが愚痴る。

「うむ……これでは、教会学校の件が決まらない」

コーディが言う。

今度新設した教会は、学校としての機能を大幅に強化している。

それまでも日曜学校を子どもたち向けに開いていたが、今後は年齢問わず、学びたい者は学べるし、日曜だけには限らない。

そういう条件で教会をわざわざ新設したのである。

ちなみにブラッドリーは、これっぽっちも神を信じていない。

「なんか新しい司祭も来るんだろ?すごいエリートらしいじゃん」

「ああ、いい教師になってくれればいいのだが……」

リュックの問いに、ブラッドリーはそう返す。

司祭としての能力はどうでもいいが、教師としての腕前には期待したいところだ。

「ん?おーい、アーサー、ヴィンー!」

庭園でアーサーとヴィンが夢中になって絵を描いていた。

リュックの呼びかけに、ヴィンが顔をあげる。

「どうしました、リュックさん?」

「ロイのやつ見なかったか?」

「ロイさん……?ああ、あの金髪で三つ編みの」

「そうそう」

「いや、見てないですね。俺たち絵描いてたんで」

「そうか~。って、うまっ!えっ!?マジやばくね?なにこれ?」

リュックがアーサーとヴィンの絵をのぞきこみ、驚く。

ブラッドリーとコーディも釣られてのぞきこんで、同じように驚いた。

「このふたり、天才、か……?」

コーディが細い目を開き、冷や汗を流す。

「ふむ……。絵の授業というのも検討してもいいかもしれんな。もちろん、教師はこのふたりで」

「おいおい、軽く親バカ発動してるぞ、ブラッド」

ブラッドリーの発言に、リュックがツッコみ、大人たちがアハハと笑う。

アーサーが不機嫌そうに顔をあげた。

「……集中させて。今、大事なとこだから」

「は、はい……」

「すまん……」

「許してくれ、アーサー……!」

リュック、コーディ、ブラッドリーは謝った。

「……ロイなら、ローザといっしょだよ」

「えっ!?」

リュックが素っ頓狂な声をあげる。

「……ローザの部屋にふたりで入った」

「なんでそんなこと分かるんだ?顔もあげてなかっただろう?」

驚いて声も出ない大人たちに代わり、ヴィンが不思議そうに尋ねる。

「……なんか、ローザのことならわかる。……におい?」

アーサー自身もよくわかっていないようで、小首をかしげている。

とはいえ、これが本当ならとんでもないことが起こっている予感がする。

ロイの女癖の悪さは有名だ。

「ブ、ブラッド……?」

リュックが恐る恐る声をかける。

ブラッドリーの顔色は真っ青だった。

「と、とにかく急ごう!」

大人たちは、ポカンとしている子どもたちを置いて、慌てて走り出した。

「いやー、それにしても、お前ローザ様大好きだねえ」

ヴィンがからかうでもなく、感心したような声音で言った。

「うん!」

アーサーは当然だと言わんばかりに応えた。




「「ロイ!!」」

「ローザさん!」

リュックとコーディがロイの名前を呼び、ブラッドリーはローザの名前を呼んで、ローザの部屋になだれ込んだ。

「み、見ないで……!」

「「「……!」」」

その声に、ブラッドリーたちは息を飲んだ。

「私、汚れちゃった……」

そう嘆いたのは、ドレス姿のロイだった。

それも、とてつもなく美しい。

「ロ、ロイ……?ロイなのか?」

ブラッドリーは戸惑い、つい確認する。

「ううっ……!ち、ちがうんだ……!私は、いや俺は、こんなはずじゃ……!」

めそめそと袖を濡らす姿は、格の高い家のご令嬢にしか見えない。

というか、金髪の長い三つ編みがティアラのようにまとめられていて、どこかの国のお姫様に見える。

「ふふふ……!」

「うふふふふふ……!」

部屋の奥から邪悪な笑みが聞こえてきた。

ローザとニコラである。

ふたりの顔はツヤッツヤしていた。

なにか満足しきったような、やりきったような、とにかく達成感を味わっているもの特有の顔をしている。

「ロ、ローザさん、これは一体……!?」

ブラッドリーは質した。

「ああ、ブラッドリー様……!いけない、バレてしまいましたわ!でも、この美は漏れて然るべきもの!そうですわね、ニコラ?」

「さようでございます!奥様!」

「そうよね!秘密になんかしてらんないわよね!もったいない!」

「さようでございます!」

ふたりは興奮してキャッキャッキャッキャッ言っている。

「……ローザさん、説明を」

ブラッドリーは再度聞いた。

「説明?この美を前にして説明など不要かと存じますが……?」

「いいから」

「ちぇ!えーと、ですねえ。わたしとニコラはこの前初めてロイさんに会ったじゃないですか?」

「はあ、そうですね」

「その日以来、ふたりでよく話してたんです。ロイさんって、なんて女装が似合いそうな人なんだろうって……!」

「はあ?」

「いや、勝手な想像だというのはわかってるんですよ?でも、なんというか、ふたりで話しているうちに、きっとロイさん自身も女装をしてみたいって思ってるにちがいないって思ったんですよっ!あ、ちなみにドレスはニコラのを借りましたわ!」

ローザが小刻みな拍手でニコラをたたえ、ニコラが満足そうな笑みを浮かべてしずしずとお辞儀をする。

「思ったんですよって、なにを勝手な……」

ブラッドリーは呆れた。

「そうだぞ!横暴だ!俺の意思を勝手にねじまげやがって……!」

ロイもここぞとばかりに抗議する。

「えー、でも、なんか思い詰めた様子でふたりきりで話したいって言うからてっきり……」

「なに……?」

ローザの言葉に、ブラッドリーの“戦神”オーラがじわりと滲み出す。

「特別な、情熱的な用件だとも言ってましたわ!」

ニコラが付け足す。

ブラッドリーの全身からは一気に黒いオーラが吹き出し、ロイは狼狽した。

「それは俺が言ったわけじゃ……!」

「えー?こういうことが好きだって言ってたじゃないですかー?」

「慣れてるから安心してとも言ってましたわ!」

ロイは言葉に詰まる。

その裏でローザとニコラが能天気に「ねー!」「ねー!」と確認し合っていた。

「ロイ、一体どういうことか、説明してもらおうか……?」

ただ事ではない不吉なオーラがブラッドリーの体から溢れている。

味方に向けていいものではない。

「ま、まあまあ……!良かったじゃないか、無事だったんだし……!」

「うーむ、無事か……?」

リュックがブラッドリーをなだめようとし、コーディがぼそっとつぶやく。

「ローイィ……!お前は俺の妻になんてことを……!」

ブラッドリーは黒狼となった瞳でロイに向かって歩を進めた。

「うわわ……!」

お姫様となったロイは腰砕けになり、涙目でブラッドリーを見上げた。

鬼や蛇どころか、黒狼が出てきてしまった。それも最強の。

そこへ、ローザがあっけらかんと言う。

「こうも言ってましたわ!ブラッドリー様も案外こういうのがお好きだと!そうなんですか?ブラッドリー様も可愛くなりたいんですか?」

「えっ!?」

ローザはブラッドリーとロイの間に割り込んで、グイグイとブラッドリーに迫る。

「ブラッドリー様も可愛くなると思いますっ!だって、ブラッドリー様って、アーサー様と同じでまつ毛がとっても可愛らしいんですものっ!」

ローザは興奮している。

リュックやコーディは、今のブラッドリーに近づくのは危ないと、よっぽど飛び出しそうになった。

「……そ、そうですか?」

「ええっ!口唇もぷるんっとしてますし、とっても可愛いですわっ!」

だが、今のローザは無敵だった。

ブラッドリーのオーラがしゅるるるると収縮していく。

「まったく……、アーサーの方が俺と同じなんですよ?」

「あら、そういえば、そうですわね」

うふふ、あははとローザとブラッドリーは微笑み合う。

なんだコイツら……とロイは思うものの、なんとか命拾いしたのだった。




その後、ブラッドリーがローザに注意していた。

「その……男を自室に招き入れるのは……」

「は?」

「いや……、むりやりロイに女装させるのはよしてください」

「んー?わかりましたわ!ブラッドリー様がそうおっしゃるなら……」

どうやら一度女装させたので、満足したらしい。

「うふふ……、リュックさんもよくお似合いになりそうですしね……じゅるり」

「ひっ!?」

ギラリとローザに見つめられて、リュックが小兎のように怯えた。

なにはともあれ、ブラッドリーたちは執務室に戻った。

「はあ……」

ロイは肩を落としてため息をついた。

もうドレスは着ていないが、異様なほど疲れていた。

「お姫様、やばいだろ?」

「ああ……」

リュックの言葉にもすなおにうなずかざるを得ない。

「ロイ……」

コーディが重々しく口を開いた。

「あ?」

「お前、化粧してなかったのか……?」

「してねーよ!そこまでさせてたまるかっ!」

「そうか……」

コーディが目を見開き、まじまじとロイを見つめていた。

たしかに化粧もしていないのに、異様な美しさだった。髪型ひとつでここまで変わるとは、ロイのポテンシャルは恐ろしいものがある。

さすがは稀代の女たらしと言わざるを得ない。

「あー、ちくしょー!」

ロイはティアラ風にされた三つ編みを投げやりにほどいて、いつもの一本の長い三つ編みに結び直す。

「まったく!人をおもちゃ代わりにしやがって……!」

腹が立ちつつも、さっきローザに髪をいじられていた時のことが自然と思い出された。

『うふふ、ロイさんの髪って、しなやかでコシがあって手触りいいですわねっ!』

(能天気な顔しやがって……!まったく……!)

三つ編みにする手が一瞬止まる。

『ロイの髪は手触りいいね』

『ほんとー?』

『うん!お姉ちゃん、ロイの髪触るの大好きだよ!』

それは、幼き日のやさしい思い出。

「……」

ロイは三つ編みを結び直し終わると、ダルそうに姿勢を崩し、目の前にあったコップの中身を一気に飲み干した。

「……なんだー?言うほど刺激的じゃないじゃん」

ほんのすこし舌がピリピリするくらいで、底にたまったプラムーシロップが甘ったるい。

「シュワシュワは時間がたつと抜けるんだ」

ブラッドリーが教えてくれる。

「ふーん……。大人の飲み物じゃーねーなー、まあ、いいんじゃねえの?シュワシュワプラムーで」

「え?」

「ドォンパッチ……」

リュックが意外そうな声を出し、コーディが控えめに主張する。

「いやー、シュワシュワプラムーだろ。この脳天気な響きがいい。だろ?ブラッド」

「ん?あー……」

ブラッドリーは昨夜の団らんでも思い出したのか、温かな微笑みを浮かべる。

「……そうだな。やはりシュワシュワプラムーで行こう。すまん、コーディ」

「うむぅ……次回に賭ける」

リュックがなぐさめるように、コーディの肩に手を置いた。

「ハハッ!その意気だぜ、コーディ!俺も本でも読むかなー?」

和気あいあいとしたその光景を、ロイは三つ編みを撫でながらながめる。

口元には自然と上機嫌そうな微笑みが浮かんだ。

(……姉さんも、そういえば楽しそうに笑う人だったな)

ロイは屈託のない姉の笑顔を、久しぶりに思い出せたのだった。




新設された教会では、老司祭が新任の司祭を出迎えていた。

「急に天候が崩れてしまいましたな。すぐにタオルを持って来ましょう」

「ありがとうございます」

その司祭はまだ若く、だが十分にたくましい体をしている。

容貌は端正で、めずらしい桃色の髪と敬虔さの宿るブラウンの瞳を持っていた。

だがその瞳は、目の前にあるはずの、神の坐す祭壇には向けられていなかった。

「迎えに来たよ……」

彼はふところから取り出した古びた写真を、敬虔という言葉を通り越した狂気の宿った瞳で見つめている。

まだ遠いどこかの空で雷が落ちて、稲光が走る。

「ローザ……」

それは狂おしいほどに愛しいものに向ける声音。

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