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第21話 ローザ、シュワシュワプラムーに興じる

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「ふふふ、アーサー様ったら、ご無理なさらないでいいんですよ?」

ローザが妖しく微笑む。

その笑みはまさに“蛇のゼファニヤ”と呼ばれるにふさわしい、毒婦のような笑みだった。

「……ぼくだってできるもん!」

アーサーはムスッとしている。ローザに精一杯の抗議をしている。

ほっぺたをふくらまし、ぐぬぬとにらみつける。

「あらあら、ほんとうかしら?」

「……ほんとだもんっ!」

アーサーは色をなして立ち上がり、ローザに反発する。

「ほほほ、かわいいこと……。それじゃあ、アーサー様、こちら飲めるかしら……?」

ローザがそっと差し出したのは、一見いつものプラムージュースのようだ。

しかし、よく見ると、まるで呪われたかのようにひとりでにうごめいている。

……ゴクリ。

アーサーが小さな白いノドを鳴らす。

その幼気な仕草を見て、ローザはニヤリと笑みを深めた。

「……のめる」

そんなローザに挑戦するように、アーサーは盃を両手でつかむ。

まるで勝利をもぎ取らんとする勇者のような勇ましさだ。

だが、紅い口唇に触れる直前でアーサーは戸惑い、不気味にうごめく盃の中身を不安げに見つめた。

「うふふ、やめてもいいんですよ」

悪魔のささやきのような甘い声音が、アーサーの耳元をくすぐる。

「んんっ!」

アーサーは意を決したように、一息に盃の中身を飲み干した。

その瞬間、

シビビビビビビビ!

と音が鳴ったかと思うほど、アーサーの体は震えた。目も見開いている。

「だ、だいじょうぶですか?」

さっきまでの妖艶な雰囲気とは打って変わった慌てた様子で、ローザがアーサーを心配してのぞきこむ。

アーサーは、となりにいるそんなローザをじろりとにらみ、ダンッ!と盃を置いた。

「……もう一杯、こふっ」

小さなゲップとともに言ったのだった。

「きゃー!アーサー様、かっこいいー!シュワシュワプラムー追加入りまーす!」

ローザはキラキラした目でアーサーのことを見つめ、プラムーシロップと最近手に入ったシュワシュワする水を混ぜた。

「……なにをやっとるんですか?」

うろんな目で見つめているのは、ブラッドリーである。

夕食の席であった。

今日はめずらしく、ブラッドリーもいっしょに食事をとっている。

「ローザさん、仮にも辺境伯夫人がまるで安酒場の給仕のようなマネは謹んでいただきたい!」

「え?なんですか?ちょっと待ってください!配合が美味しさの決め手なんです!集中させてください!……さ、どうぞ!アーサー様!」

「……ん。ありがと」

アーサーが琥珀色のシュワシュワプラムーを手に取り、微笑む。

「きゃー!アーサー様、シブ可愛いですわー!」

「……」

ブラッドリーはもはや感情をなくした瞳でだまるしかない。

あの秘密の離婚をし、友達になった夜から3ヶ月が過ぎていた。

愛の実感の乏しいふたりが、愛を育み、愛を実感できるようになるために、あえて友達関係になったのだ。

ということは、裏を返せば、愛は育まれて然るべきである。

だが……。

(……この人、俺のことなんてどうでもいいんじゃないか?)

ふたりの関係は、一向に、まるで、何一つ進んでいなかった。

ベッドは相変わらず別々で寝ているし、同じ部屋で寝ているのに、いい雰囲気になるようなことも一切ない。

それどころか、最近のローザはものすごく寝付きがいい。

ベッドに入って3秒で健やかな寝息がスー、スーと聞こえてくるのだ。

ブラッドリーは、その音に逆に驚いて寝付けないほどだ。

(安心してくれるのは結構なことだ。いや、すなおにうれしい。……だが、ここまで安心されていいものなのか?)

普段ブラッドリーは、特段男らしくあろうなどとは考えないが、さすがに男としていいのだろうか?と最近悩んでいる。

友達から育めなかったらどうするのか?と問うたら、ローザはあっさりと腐れ縁ってことでいいじゃないですかと宣った。

(案外、アレは本気なのかも……。いや、むしろ本命か?)

「はい」

「え?」

悩ましげに眉間にシワを寄せていると、ローザがにこりと微笑み、シュワシュワプラムーを差し出してきた。

「ブラッドリー様もどうぞ。濃い目で作っておきましたから、疲労回復に効くはずですわ」

「あ、ああ、どうも……」

「うふふ、いつもお仕事おつかれさまです!」

下からガッツリ目を合わせて微笑まれては、ブラッドリーの男らしい喉仏が物欲しそうに上下するのも仕方がない。

ブラッドリーは慌てたように、シュワシュワプラムーを飲み干し、シビビビビビビビ!と体を震わせたのだった。

「ああ!一気に飲むから……!」

「だ、だいじょうぶです……こふっ」

大きな体から出るとは思えないほどの、可愛らしい小さなゲップが出た。

ブラッドリーは、口元を拳でおさえ、つい赤くなる。

「……失敬」

「うふふ、シュワシュワする水って、なぜか出ちゃいますわよね。不思議ですわ!」

ローザは気にした様子も見せず、あっけらかんとした微笑みを見せる。

まるで汚れを知らない可憐な少女のようだった。

(……これはこれで悪くないかも)

“戦神”ブラッドリーの内なる黒狼は、陽だまりのなかでぐでーと寝そべる巨大犬のように仰向けになって腹を見せていた。

その黒狼の息子であるアーサーは、ちょびちょびとシュワシュワプラムーを飲んでは、シビビ!シビビ!と体を震わせている。

ふたりの間で、ローザはニコニコしていた。

その幸せな団らんを、陰から睨みつけている人影があった……。

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