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第一章

第10話 ローザ、アーサーの友達に会い、新たな扉が開く

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「これもどうぞ!」

「ん……」

ローザは自分の分のシャインナップルもアーサーに食べさせていた。

(ああ……!意外といっぱい食べるところも可愛い……!)

もはやアーサーのことなら何でも可愛く見える病にかかっている。

ローザは幸せだった。

「……おはようございます。アーサー坊ちゃま」

突然コートニーが現れた。

彼女の顔には冷たい微笑が浮かんでいる。

(……全然わたしの方見ないわね。さっきのこともあって気まずいのに、一体なにしに来たのかしら)

「あらあら、ずいぶんお行儀の悪い食べ方をなさっているのね。いけませんよ?」

猫なで声でコートニーは注意したが、アーサーは目に見えて萎縮して小さくなった。

「……あの、コートニーさん。アーサー様はまだ子どもですからいいじゃないですか」

ブラッドリーに敬意を払うよう言われたから、ローザは精一杯の微笑を浮かべる。

(それにしてもさっき釘を刺したばっかりなのに、まだ口出ししてくるなんてずいぶんハート強いわね……)

コートニーは一瞬で憤怒の表情に切り替わって、ローザを睨みつけた。

「あら奥様、いらっしゃったんですね!子どもを甘やかすのは良くありませんわ!」

声も大きく、怒鳴りつけるかのようだった。

(こっわ……)

あまりの豹変ぶりに内心怯えたが、ローザは冷静に返答する。

「教育とは厳しさだけではなく、愛情も必要ではないでしょうか?」

(……まあ、たしかに甘々だけど。べつに教育してるつもりもないしね)

「私に愛情が無いとで……も……?」

コートニーの噴火するような怒りが、途中で消沈した。

(まあ……!)

アーサーがローザに体を寄せていたのだ。

小さい手をローザのヒザに置き、頭をもたれさせている。

その姿を見れば、アーサー本人がどちらを支持しているかは一目瞭然だった。

「……っ!」

コートニーは憤怒の表情のままに振り返り、去って行った。

(……一体なんだったのかしら?)

アーサーの顔を見ると、色素の薄いパープルアイズが潤んでいた。

「……はい、アーサー様。あーん!」

シャインナップルをアーサーの顔に近づける。

アーサーはぎこちなくもパクついた。

「食べ終わったら、お友達に会いに行きましょうね!楽しみですわ!」

「……ん」

アーサーはモグモグしながらうなずく。

小さな手はローザのヒザに置かれたままだった。

ローザはそっとアーサーの手に自分の手を重ねた。


庭園。

立ちこめていたはずの暗雲はいつの間にか晴れている。

以前、リスを治した秘密の花園にローザは案内された。

「……ローザ、友達」

「はじめまして。アーサー様の友達のローザです!」

アーサーに紹介されて、ローザは元気よく挨拶する。

「……いやいや、奥様じゃね?」

アーサーの友達であるヴィンは、困惑した様子だった。

ヴィンは、アーサーと同じく7歳の少年であるが、歳の割には大人っぽいところも感じられる。

白髪に水色の瞳。切れ長の瞳は理性的だ。

城で下働きをしているそうだが、今日は久しぶりの休日らしく、休日はいつもアーサーと遊んでいるとのこと。

「わたしもいっしょに遊んでもいいかしら……?友達として。ね?」

「……しょうがないなー。アーサーの友達なら良いよ」

しゃがんで目線を合わせてお願いすると、ヴィンは照れたように目線を外して許可をくれた。

「……俺の名前はヴィンセント。ヴィンでいいよ」

「ありがとう!」

だが、アーサーとヴィンは特に話すでも、いっしょに運動をするでもなく、黙々とそれぞれなにやら作業をしている。

ローザはなんとなく邪魔をしてはいけないと思い、ちょうどこの前治したリスが顔を出したので、木の実を拾ってはリスに授けていた。

だが、リスは袋が満杯になると、薄情にもローザのことは放ったらかしにして、アーサーの頭に登る。

アーサーはそれでも集中して、リスのことは気づかない様子でなにやら作業をしている。

ローザはさすがに手持ち無沙汰なので、近くにいるヴィンがなにをやっているのかこっそり覗いてみた。

「わあ!」

ヴィンは絵を描いていた。

それもとても7歳の少年が描いたとは思えないほど上手で、思わず声が出てしまう。

一枚の紙にいくつもの場面が描かれていて、キャラクターのセリフまで書き込まれている。

「わわっ!これってなんですか!?」

絵本でもないそれを見て、ローザは驚いた。

王都にもないものだった。

「なにって……。そういや名前なんてなかったな。アーサーとふたりで作ってるだけだから。なあ、アーサー?」

「……うん」

アーサーは目もこちらに寄越さず、真剣に自分の作業に取り組んでいる。

ローザは今度はアーサーの作業を覗いてみた。

「うわあ!」

アーサーもヴィンと同じものを描いていた。

ただし、ちがう場面のもので、ふたりの描いているものを合わせるとストーリーになることが想像できる。

「最初は俺が絵を教えて、アーサーが俺に文字を教えるっていうので始めたんだけど、なんかこれ自体が楽しくなっちゃってさー」

ヴィンがにこやかに教えてくれた。

(ええっ!?なにこのふたり!?天才なの?)

ローザは驚愕を禁じ得ない。

与えられたおもちゃで遊ぶのではなく、紙とペンでまったく新しいものを生み出す7歳児。

「……ヴィン。このドラゴン、首を斬って倒したと思ったら、三本首が生えてきたっていうふうにしたいんだけど……」

「いいねえ!しよう!しよう!」

「……うん!」

しかも、ふたりで楽しんで、より良くなるように作っている。

心なしかアーサーもいつもより生き生きとしていて、ローザはつい見惚れてしまう。

そんなローザを横目で見て、ヴィンがうれしそうに話した。

「アーサーは最初、すごい絵下手だったんだけどさー。すぐに上手くなっちゃって、器用なやつだよ、ホント」

ヴィンはまるで自慢するような口ぶりで、アーサーのことを褒める。

「……ヴィンだって、すぐに字覚えちゃったじゃん。絵も、全然ヴィンのほうが上手いし……」

アーサーは相変わらず目もくれず黙々と作業しつつも、ヴィンのことを褒め返した。

照れているのか、うしろから見える頬はほんのり紅い。

「えー、そうかなー?」

「そうだよ」

ローザはすごい勢いで自分の胸を抑えた。

(な、何なのこのふたり……!?)

何やら得体の知れないものが胸の奥底から止めどなく溢れてきて、ローザは悶絶しそうになった。

(え……?何なの?この生まれて初めて知る感情は……?ヒザをついて無条件に崇めたくなるようなこの敬虔な気持ちは……?……え、神?)

「……ローザ?」

「え、だいじょうぶ?」

アーサーとヴィンが怪訝な顔をしている。

ローザは深呼吸した。

(……いけないわ。落ち着いてローザ。とりあえず、そうね。この場はこの感情に“尊い”とでも名付けておきましょう。早急に落ち着きましょう。だって、ふたりの邪魔になっちゃいけないわ……!)

ローザはなぜかはわからないが、本能的使命感を抱いて強くそう思った。

(ああ……!いっそのこと空気になって、ふたりを見守っていたい……!)

「ええ、だいじょうぶよ。なんでもないわ」

ローザはふたりを安心させるように、完璧な微笑を浮かべる。

「……ローザ、鼻血」

アーサーの指摘にあわてて鼻をさわると、たしかにローザの鼻からは血が出ていた。

「なんで!?」

ローザは自分で自分に驚き、なぜこのタイミングで鼻血を出すのかと急速に恥ずかしくなる。

「これ使って!」

ヴィンが白紙でこよりを作って手渡そうとしてくれる。

迅速な処置だが、ローザはためらった。

(な、なんか、このふたりの前でこれを鼻に入れるのは、わたしの中の大切な何かが死ぬ気がする……!)

「……っ!」

ローザは自分の鼻に手をかざし、魔法を使って治した。

「お、おほほ……、ご心配おかけしまして……」

ローザはハンカチで血をぬぐう。

「でも、もうだいじょうぶ……です……わ?」

ローザは魔力切れでふらついた。

「ローザ!」

思わぬ機敏さで、アーサーがローザの肩を支える。

「す、すこし横になれば、だいじょうぶですわ……。いつものことですから……」

ローザはアーサーに支えられて横になり、心配そうに覗き込むアーサーとヴィンに微笑んだ。

「お二人は、作業をなさって。見ていると元気が出ますから」

それは嘘偽りのない本心からの言葉で、それが伝わったのか、ふたりは作業を再開した。

ふたりともはじめはチラチラとローザのことを気にしていたが、ローザの顔色に血の気がもどってくると、安心して作業に没頭し始めた。

ローザは安心したような笑顔を浮かべたが、内心は地獄である。

(ああ……!鼻血を出して、さらには魔力切れになって倒れるだなんて恥ずかしい……!)

アーサーの頭のうえにいたリスが降りてきて、何を思ったのかふくらんだ頬袋から一つ木の実を取り出して、ローザの目の前に置く。

どうやらくれるらしい。

「あ、ありがとう……」

ローザはリスに慰められた。


「あうう……」

アーサーの膝の上に頭をのせて、ローザは固まっていた。

「……ローザ、あーん」

「あ、あーん……」

アーサーにサンドイッチを口へと運ばれる。

「……おいしい?」

「は、はい……」

アーサーは真上から、なぜか得意げに微笑む。

ローザはつい照れてしまう。

ランチの時間だった。

ゴードンの作ってくれたお弁当は、新鮮な野菜と燻製肉が挟まれた食欲をそそる一品だ。

「や、やっぱり、わたしもうだいじょうぶ……!」

「ダメ」

起き上がろうとすると、アーサーに肩をつかまれてしまう。

どうやら、アーサーはローザに食べさせるのが気に入ってしまったらしい。

ローザは小さな手をはねのけることがどうしてもできない。

「……」

ヴィンはちょっと引いているのか、あまりこちらを見ないようにしていた。

(ああ……!わたしったら、アーサー様とヴィンの時間を邪魔してる……!せめて、なにか話さないと……!)

「……ヴィン、さっきはこよりを渡そうとしてくれてありがとね」

ローザはお礼をいう。

「え、ああ、うん……」

「ヴィンはすごく気を遣えるし、きっとお仕事も良くできるのでしょうね」

「うーん、ミスも多いよ。やっぱりまだ俺ってチビだし非力だし」

「そうなの?」

「うん。けど、みんな助けてくれるしやさしいよ。……まあ、最近はなんか変な感じの雰囲気もあるんだけど」

「変な感じ?」

「うーん、なんかコートニーさんが人が変わったみたいに急に怒りっぽくなったんだよね。それでみんな変な雰囲気になっちゃって……。ていっても、ここんところはミスしてもツネラれることはなくなったし、もしかしたら機嫌直ったのかも?」

ローザは混乱した。

(え?昔から怒りっぽいんじゃないの?それまではちがったの?それじゃあ、なぜ急に怒りっぽくなったっていうの……?)

気づくと、アーサーがローザの口にサンドイッチを運ぶのをやめている。

ローザの方も、ヴィンの方も見ていない。

アーサーの視線を追うと、そこにはコートニーが黙って立っていた。

手には酒瓶を持っていて、信じられないことに侍女頭が昼間から酔っている。

座った目で、コートニーは3人のことを睨みつけていた。

いつ暴力が暴発してもおかしくない雰囲気を、コートニーは身体中から発散させている。
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