不遇な公爵令嬢は無愛想辺境伯と天使な息子に溺愛される

Yapa

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第一章

第6話 ローザ、侍女のニコラに出会う

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ブラッドリーは頼りにならない。

ローザは昨夜の一件から、そう結論付けていた。

(男親って家庭を顧みないものなのかしら……?)

ならば、やはり自分が関心を持とうとローザは意を強くした。

たしかにいきなり来て、家庭のことに口出しするのは憚られるし、相手からすれば気持ちの悪いものだろう。

それは実家での経験からわかっている。

しかし、今は具体的な脅威がアーサーにはあるのだから、ためらってはいられない。

そんなわけで、ローザは朝早くから調査を開始した。朝食もまだだ。

(う~ん、とはいってもお城のなかをフラフラ歩いて、噂話を盗み聞きするくらいしか今のわたしにはできることはないのよね……)

城に勤める従者たちは、皆どこかよそよそしく無愛想だった。

これは初日から感じていたことで、行き合うと目を合わせようともせず、おざなりの挨拶をして足早に去っていくのである。

(なんだか避けられているのよね……。実家みたいに下に見られているわけではないけれど)

実家での経験から、従者というのは主人の振る舞いを無意識に真似るものであるということはわかっていた。

つまり、主人がローザのことを下に見ていれば下に見るし、敬っていれば敬意を払うものだ。

(……たしかにブラッドリー様からは避けられている感じがするわね)

初夜も避けられたし。今朝だって、起きたらもういなかったし。

昨夜は怖かった。逆鱗に触れてしまったかと思った。

だが、意外にも謝罪をすぐに受け入れ、『もう寝ましょう』と言った声はどこか優しげだった。

ローザは一昨日の夜よりも、よっぽど昨夜の方が熟睡できたくらいである。

(本当なら、ブラッドリー様に避けられている状況をどうにかしなきゃマズいのかしら……?)

そんな気もしたが、向こうが避けているのなら仕方がないとも思う。

(きっと好みじゃないのよね……。初めて顔を合わせたときガッカリしてたし……)

初めてキスした時のことを思い出す。ファーストキスだった。

冷たい感触だったが、思い出すと顔が熱くなる。

(……きっとおモテになってきたのでしょうね。あの美貌だし。それに引き換えわたしは自分で言うのもなんだけど、顔も体もなんだか子どもっぽい……。そうなると、やっぱり振り向かせるのは難しそう……)

一瞬絶望的な気分になりかけたが、ローザは切り替えた。

(まあ、いいや。他人の心は思い通りにならないものだし、妻としての責務は求められていないのだから考えようによっては楽そのものよね)

ブラッドリーは女主人としての役割を求めてくる気配もなかった。

(アーサー様のことだけ考えよう!)

気づくとブラッドリーのことを考えてしまう自分の思考を振り払って、ローザは自分の決意を後押しするようにウンウンとうなずく。

(ん……?あの子なにしてるのかしら?)

前が見えないほどの洗濯物を抱えて、ヨタヨタしている侍女がいた。

(今にも転びそう……)

周りにほかの侍女たちもいるが、手伝う気配はない。

と思っている端から、侍女は足を絡ませて転びそうになる。

「危ない!」

ローザはつい物陰から飛び出て、反射的に洗濯物を支えた。

「……ありがとうございます」

か細い声がうず高く積まれた洗濯物の向こうから聞こえる。姿は見えないが、どうやらまだ少女のようだ。

「どういたしまして」

まわりにいた侍女たちがギョッとして、足早に去っていく。

(ええー!手伝うとかしないんだ……)

「……このまま物干し場まで行きましょう」

物干し場なら、昨日散策した時に見た覚えがあった。

「え……」

「どうせヒマですから」

ローザが歩きだすと、侍女は申し訳なさそうにだがついていく。

「……ありがとうございます」


ローザと侍女は、城の物干し場までやってきた。

大木と壁にヒモが張ってあって、そこに引っ掛けていくらしい。

「ずいぶん大きなミモザの木ね」

ミモザの大木は、そびえ立つと言っていいほどに大きかった。

「よーし……!」

ローザは乗りかかった船だし、手伝うことにした。

「……あの、もしかして奥様ではありませんか?」

「う~ん、一応そういうことになりますね」

妻とも母とも認定されていないから、微妙なところだったが。

「いけません!ああ、私ったら、なんてことを……!」

彼女は意外なほど背が高く、だが少女なのは間違いなかった。

15歳にも満たないかもしれない。世慣れない雰囲気が年少だと物語っている。

落ち着いたブラウンの髪と瞳を持っているが、いつも何かに怯えているようで、背を申し訳無さそうに丸めている。

「あなた、お名前は?」

「え?」

「わたしはローザです」

「……ニコラと申します」

「よろしくね。二人でやった方が早く終わりますよ」

ローザはさっさと洗濯物のシーツを手にとり、ヒモに引っ掛けていく。

「あ……」

ニコラは戸惑っていたが、諦めたように洗濯物を干し始めた。

「ここで働くのは長いのですか?」

「いえ、今日で一週間ほどになります……」

「あら、それじゃあほとんど同じ時期にこの城へ来たのね」

(なるほど、手伝わなかったのは新人イビリってわけね。それにしても、新しく入って来た人には親切にするほうが合理的じゃないかしら?辞められたらまた雇わないといけないわけだし)

「新しい職場はどう?たとえば侍女頭のコートニーさんとか……」

「はうっ!」

ニコラは突然ショックを受けたかのように固まった。

ニコラがシーツを取り落としそうになったのを、ローザは途中でキャッチする。

「ど、どうしたの?」

「お、奥様に手伝ってもらったことが、コートニー様に知られたら、どうなるか……!」

青い顔になる。

「なに?ツネられでもするの?」

「ツネられるなんてものじゃありません!まるで万力のような力で捻り上げるんです……!」

ニコラは痛みを思い出したのか、涙目になって訴える。

一週間目にして、すでに相当嫌な思いをしているようだ。

「そうなの……」

さっき手伝いもせずにいなくなった侍女たちを思い出す。

(もしかして、コートニーに報告しに行ったんじゃないわよね……?)

だとしたら、かなり恐ろしい監視体制がひかれていると言わざるを得ない。

「ど、どうしましょう……!」

ニコラは大きいけれど、小動物のようでもあった。

なんとなく庇護欲をくすぐられる。

「だいじょうぶよ。わたしがむりやり手伝ったんだし、そう言えばいいわ。疑ったら、わたしに直接聞きに来るように言って」

「は、はい……!」

ニコラはうれしそうに笑った。

きっとここへ来て一週間、だれも味方がいなかったのだろう。

どんなに心細かったことだろうか。

ローザはニコラの気持ちが手に取るようにわかる気がした。

「それにしても、コートニーさんって何者なのかしら?どこか名のある名家のご令嬢なの?」

侍女とはいえ、貴族令嬢が嫁入り前の花嫁修業として仕えている場合や貴族と愛人の間の子が仕えている場合などがある。

コートニーの持つ尊大な雰囲気は、そういう身分だと想像させるに十分なものがあった。

「い、いえ、私の聞いた話では元領主のむす……」

「ニコラッ!!」

背後から急に怒鳴り声が聞こえた。

振り返るとちょうど風が吹き、干したシーツが大きくふくらむ。

そこには、侍女頭のコートニーが憤怒の形相で立っていたのだった。
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