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第一章

第4話 ローザ、良い継母になると誓う

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ブラッドリー・アリアドネ辺境伯に子どもがいるということを、ローザは知らなかった。

(こんなことって、ある……?)

ブラッドリーに子どもがいたこともショックだったが、知らされていなかったことがより大きなショックだった。

ブラッドリーに責はない。おそらく承知で嫁に来たと思っているだろう。

ローザに知らせるべきは、当然父であるトラヴィス・ゼファニヤ公爵である。

(急に命じられた結婚……。娘に関心のない父……。まあ、あの父ならありそうなことよね……)

むりやり納得しようとするものの、実の父の関心のなさ自体がローザの心をジクジクと痛めつける。

「どこかイタいの?」

アーサーに頭をなでられる。

とてもやさしい手つきだった。

「……うん、ちょっとだけ」

そう言うと、アーサーは頭をなで続けてくれた。

子どもだからか、熱いくらいに温かい。

不思議とジクジクとした心の痛みが和らいでいった。


(……あまえてしまったわ)

しばらくして起き上がると、ローザは顔を赤くした。

(よく考えると、わたしの息子になるのよね……!)

目の前のあまりに美しい少年を見つめて、ローザはようやく思い至る。

アーサーはさっき治したリスと戯れている。リスはすっかり懐いている様子だった。

(……皮肉ね。わたしが継母になるだなんて)

ローザは自分のことをひどく嫌っていた継母を思い浮かべた。

自分の娘のためにローザの居場所を奪うことに余念がなかった継母。

無関心な父。嘲笑する義姉。追従する執事や侍女たち。

唯一、味方になってくれたセルマ。

「……うん、決めた」

ローザがつぶやくと、アーサーはつぶらな瞳を向けてくる。

「アーサー様、昨日は宴席があったかと思うのですが、出席なさいましたか?」

アーサーは首をふる。

「……昨日は熱があったから出てない」

(やっぱり。結婚式にもいなかったわよね。ということは、わたしのことまだ知らない……)

「熱はもう?」

「治った」

「それは良かったです。ところで、驚かないで聞いてほしいのですが……」

「?」

ローザは緊張して、息が詰まる。

「……わたし、昨日お父様と結婚しまして」

「……え?だれと?」

「ブラッドリー様と、です」

口に出すと、ローザは身体が熱くなるのを感じた。

「……ふーん」

アーサーは思いの外、無反応。

「あの、なので、わたしはアーサー様の母になります……!不束者ですがよろしくお願いします!」

ローザは勢い余って、アーサーの手をぎゅっとつかんだ。

「……はい」

涙目になるほどの必死の形相に見つめられて、アーサーは目をそらす。

熱に当てられたのか、アーサーの顔も赤い。

一応の了承を得られて、ローザはホッとする。

「わたし、まだ良い母になれるかわかりません。ですが、アーサー様が安心できるような存在になれるよう努力しますわ」

「……それって、友達ってこと?」

キョトンとした顔でアーサーが聞く。

「……そうですわね。きっとそうです」

ローザの脳裏には、数少ない友人の影が浮かんだ。

アーサーが微笑む。

「……わかった。……ぼくにも友達一人いるよ」

どこか誇らしげだ。

「では、今日から二人ですね」

「うん」

リスがアーサーの肩に乗ってきた。

「ふふ、三人かもしれませんね」

ローザは久しぶりに笑った気がした。


「……あの、ところでさっきの侍女頭の件なんですけど」

「ああ……」

アーサーの顔が曇る。

「ブラッドリー様に報告しようと思うのですが……」

「やめて」

きっぱり言われてしまった。

「ですが……。なぜでしょう?」

アーサーはうつむくばかりで、聞いても答えない。

「……わかりました」

なにか新参者には知り得ない事情があるのだろう。

アーサーはホッとした様子だった。

(とはいえ、放置しておくわけにはいかないわよね……)

「手……」

「あ、ごめんなさい」

ずっと手をにぎっていたことに気づき、アーサーの小さな手を放す。

「それじゃあ……」

アーサーは立ち上がり、去って行こうとする。

だが、振り返って、ちょっとためらってからローザを見つめた。

「な、なんでしょう?」

「……これはお礼」

言うと同時に、辺りの花々があっという間に花開いたのだった。

「リスのケガを治してくれてありがとう」

アーサーは驚くローザをよそに、優雅にお辞儀をすると今度こそ去っていく。

アーサーは植物魔法を使えるらしい。

色とりどりの花に囲まれて、ローザはぼんやり思った。


(はあ……、なんだか秘密の花園に招かれていたみたいだったな)

ローザは心のなかでため息を吐く。

見知らぬ土地での冷たい結婚だが、すべてが悪いことではない。

(もしもあの子の幸せのために生きられるなら、ここに来た意味がある気がする……)

ローザは自分の頭を触る。

アーサーになでられていたところが、まだ温かい気がした。

ジクジク痛かった心も、今では温かい。

(よし!良い継母になって見せるわ!)

その決意に、心のなかでセルマが微笑んでくれた気がした。


寝室。

二日目の夜。

「ブラッドリー様」

「……なんでしょう?」

ブラッドリーは昨日と同じく、ソファで背を向けて寝ている。

ブラッドリーは仕事で忙しいようで、食事も一緒にとらず、会うのは昨夜以来のことだった。

「アーサー様にお会いしました。たいへん可愛らしい方ですね」

「……そうですか」

「はい。食事もご一緒しましたわ。あの……ブラッドリー様はご一緒なさらないのですか?」

「……ご一緒しなければいけませんか?」

面倒くさそうだ。

「何と言いますか、親子の交流は持たれたほうがいいのではないかと……」

ローザとしては、やはり侍女頭のコートニーがアーサーにしている仕打ちを止めたかった。

だが、ローザがコートニーに言ったところで、昼間のようにとぼけられるのがオチだろう。

ならば、自然な形でアーサーがブラッドリーに話すのが一番であり、話していればそういう機会も生まれるかもしれないと思った。

「……」

ロウソクは消えているが、ブラッドリーがむくりと起き上がったのが気配でわかる。

「あ、あの……」

「余計なお世話はやめてもらえますか?」

ヒヤリとする声音だった。

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