不遇な公爵令嬢は無愛想辺境伯と天使な息子に溺愛される

Yapa

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第一章

第3話 ローザ、アーサーに出会う

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「ひっ!?」

ブラッドリーがナイフを握りしめて目の前に来た時、ローザはベッドのうえで丸まって、固く目を閉じた。

だが、刺されるか切られるかすると思っていた痛みは、どちらも来ない。

恐る恐る目を開ける。

ブラッドリーはなんと、自分の手のひらにナイフをあてがっていた。

当然、血が出る。

「な、なにを……!?」

ブラッドリーはローザの質問には答えず、ベッドの中央よりやや下のあたりで手を拳の形に握る。

シーツに血を垂らしたのだった。

呆然と見つめているローザに、ようやくブラッドリーは目を向ける。

「これで初夜を過ごしたことになるでしょう」

血のように紅い瞳に見つめられ、ローザは射すくめられたように動けない。

「私は、あなたを抱くつもりはありません」

それだけ言うと踵を返し、手のひらに布をあてがう。

「……なぜですか?」

ローザは自分でも意外なことを聞いた。

「わたしは、抱くにも値しないということでしょうか?」

ブラッドリーは、再び振り返る。

目つきは険しく、ローザは身震いするほどの威圧感を覚えた。

だが、ブラッドリーはなおのこと意外なことを言ったのだった。

「……抱かれたくもない女性を抱くことほど、非道なことはありません」

ローザは目を見張った。

黒狼の思わぬ気高さに。

「あの……」

「今日は疲れたでしょう。あなたはベッドで寝てください。私は、ソファで結構」

それだけ言うと、ブラッドリーはさっさとソファに寝転がってしまった。

大きな背を向けて。

ローザは言われるままにベッドに入った。

ブラッドリーの血がつかないよう気をつける。

疲れているはずなのに、頭が混乱していてなかなか寝付けなかった。


朝起きると、ブラッドリーの姿はどこにもなかった。

起きた気配を聞きつけたのか、侍女が入ってきて、朝食を用意してくれる。

「あの、ブラッドリー様は……?」

「旦那様なら、公務でございます。奥様はお疲れでしょうから、こちらに食事をお運びするよう命を受けております」

「そう……」

ローザは独りで食事をとると、侍女に着替えさせられた。

着替えさせたら、侍女は忙しいのかさっさとどこかに行ってしまった。

特にやることもないので、城のなかを散策することにする。

中庭に面した廊下で、気になるものを目撃した。

子どもがいたのだ。

それも、とても美しい子ども。

まるで天に祝福されたかのように可憐な見た目をしている。

髪が短いから男の子だと思うが、もしも長ければ間違いなく女の子だと思うだろう。

いや、今でもショートカットの女の子かとも思う。

ふわふわの黒髪に神秘的なパープルアイズ。肌はミルク色。

王都でも見かけることのないほど高貴な雰囲気をすでにまとっている。

(でも、だれの子どもかしら?なんでお城に?)

疑問に思ったのも束の間、さらに驚くべきことが起こった。

赤毛でツリ目の侍女が子どもに近づいたと思ったら、子どものうでをひどくツネり上げたのだ。

子どもの顔が苦痛にゆがむ。

「なにをしているの!?」

ローザは反射的に声をあげていた。

弾かれたように侍女がふりむくと、ローザを睨みつける。

「……あら、奥様じゃありませんか」

侍女はあいさつもしない。馬鹿にしたような薄ら笑いさえ浮かべている。

(この人、たしか……)

「……あなたはたしか、侍女頭のコートニーさんですね?」

昨日の宴席で紹介されたのを思い出す。

「ええ」

コートニーは太太しい様子でうなずく。

「なにをしているのかと聞いたのですが……」

「なにもしておりません。私は、仕事がございますので失礼致します」

「ちょ、ちょっと……!?」

コートニーはさっさと背を向け、去ってしまう。

いくらなんでも主従の関係ではありえない態度に、ローザは呆然とするしかない。

「あっ……、だいじょうぶですか?」

子どもの存在を思い出し尋ねると、子どもはだまってうなずく。

「ちょっと、見せてくださいね?」

ローザは子どもの袖をまくりあげ、ツネられていたところを確認した。

(真っ赤じゃないの……!)

内出血していて、あとから青アザになるのは確実だった。

(やっぱりコートニーはこの子に乱暴してたんだわ!でも、どうして……?)

子どもは、身じろいで居心地悪そうにする。

「あ、ごめんなさいね」

(なんにせよ、子どもにこんなことしていい理由なんてあるわけないわ……)

ローザは赤くなっている子どものうでに手を添えて目を閉じた。

(このくらいなら……)

かざした手がぼんやり光る。

「え……?」

子どもが驚きに声をあげた。

赤くなっていたうでは肌色に戻っている。

「……どうですか?まだ痛みますか?」

子どもは大きく目を見開いて、ふるふると頭を振る。ふわふわの黒髪がゆれる。

(ふふ、かわいい)

「……あたたかかった。なんで?」

「ちょっとだけ魔法が使えるんです。ほんのちょっとですけどね……」

ローザは一瞬めまいがしたが、本当にほんの一瞬のことだった。

子どもに手を引かれていることに気づく。

「こっちにきて」

連れて行かれたのは、中庭の庭園だった。

木や花々で作られた迷路の先を抜けると、鳥かごが置いてある。

「これ……」

鳥かごのなかには、リスがいた。

よく見ると、足をケガしているようだ。

「……やってみますね」

子どもはキラキラした目でローザを見上げていた。

(裏切れない……)

ローザは緊張しながら手をかざし、再度目を閉じて集中する。

「わあ……!」

子どもの驚く声に目を開けると、リスは鳥かごの中を所狭しと走り回っていた。

どうやら足のケガは治ったらしい。

「よかった……」

ローザの目はかすみ、次の瞬間には気を失ってしまった。


『役立たずめ!』

『もうお前に利用価値はない!』

“癒し手”の力を大幅に失ったローザに心無い罵倒が投げかけられた。

心の奥底にある苦い記憶。


「ハッ……!?」

ローザが目を覚ますと、目の前に心配げにのぞきこむ美しい子どもの顔があった。

「……だいじょうぶ?」

ローザは子どもに膝枕されていた。

「え、ええ……!」

ローザが起き上がろうとすると、意外なほどの力で押し留められる。

「まだダメ」

「は、はい……!」

ローザは自分の頬が赤くなるのを感じながら、かろうじて返事をした。

(な、なんなの、この状況……!?)

「ごめんなさい。ぼくのわがままでムリをさせて」

今にも泣きそうな顔になる。

「……いいんですよ。ひさしぶりに役に立ててうれしかったですし」

ローザは安心させるように微笑む。

(やさしい子なのね。自分の痛みよりも、リスやわたしのことに心を寄せて……)

風が吹いて、ローザの前髪が顔にかかった。

子どもは小さな指で、その前髪を払ってくれる。

なんだか心がくすぐったい。

「あはは、わたしはローザ……、ローザです。あなたは?」

照れ隠しのように自己紹介をする。

まだアリアドネ姓を名乗るには、抵抗があった。

子どもが赤い蕾のような口唇を開く。

「ぼくの名前は、アーサー・アリアドネ」

「……え?」

まさか、とローザは思う。

「あ、あの、辺境伯とはどういったご関係で……?」

「息子」

ローザは驚愕した。

ブラッドリー・アリアドネ辺境伯は子持ちだったのだ。

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