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第7話  クール系元ヤンお姉さんと腹パン

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「はあっ、はあっ…!」





アレキサンダーこと根岸浩介は急いでいた。



風魔法を使い、湖面のアメンボのように大地を滑っていく。



とんでもないスピードだった。





しかし、それでも浩介の恐怖心はぬぐえなかった。



死というものを初めて身近に意識したのだった。浩介は落雷によって死んだから、死を自覚するヒマもなかった。まさか、異世界に来て死の恐怖に怯えることになるとは…!





だが、浩介はまだあきらめてはいなかった。



アルドラド王国などという平和ボケした国だから活かされなかっただけで、オレは場所さえ変われば輝ける…!



そう思って、他国を目指していた。





なんだかんだ言ってこの破格の魔力量はどの国もノドから手が出るほど欲しいはずだ。実際、一国を支配することは出来ていたのだから…。



まだまだ征服者アレキサンダーの物語は終わらないっ…!



浩介は早くも前途洋々の未来を思い描き、一人でニヤついた。





「うわっ!?」




「邪魔するよ」





浩介の頭上を巨大な馬が飛び越えた。一瞬踏み潰されかと思った。



巨大な馬にまたがっていたのは美人なお姉さんだった。





「な、何者だっ!?」



「赤坂流理。君がアレキサンダー君だね。ん…?失礼だけどアレキサンダーぽくないね…。もしかして偽名かい?」



「…転生者か?」





浩介は顔が熱くなっていくのを感じながら、強情に警戒してみせた。



アレキサンダーという名前が偽名かという質問は完全に無視した。





「そうだよ。君と同じ転生者さ」



「何用だ?」





「…え~と、アレキサンダー君…」



流理は悩まし気に言葉を切った。



「…ごめん。もう一回確認させて欲しいんだけど、アレキサンダーって名前は偽名かい?もしそうなら、本名を教えて欲しいんだけど…」




「…何故なにゆえだ?」



「…本当にごめんよ。アレキサンダーって名前を口にする度に、ふしぎと体が熱くなるというか、集中できなくて…その共感性羞恥というか…ついでに言えば、何者とか何用とか何故なにゆえとかじゃなくて、普通に話して欲しい…」





流理はポッと顔を赤らめ、ふっーと熱そうにニット・セーターの胸元をパタパタした。





「…浩介。根岸浩介」





浩介はプルプル震えながら本名を言った。





「浩介君ね。無理言ってすまなかったね」



「本当だよっ!お姉さん一体何なんすかっ!?」





浩介は年相応の男子高校生の口調になっていた。





「あ~、そうだね。本題だ。端的に言って、お姉さんは浩介君をシメに来たんだ」



「シメ…る…?」



「ん?もしかして今の若い子には通じないかね?え~と、ボコる…砂にする…気合を入れる…まあ、シンプルに言うとぶん殴るってことなんだけど、わかる?」





「……ハッ!」



浩介はバカにしたように笑ってみせた。



「なんなんすか?もしかしてお姉さん正義の味方気どりってことっすか?」



「うん、この場合はそういうことになるね」



「ダハハ!ダセー!だせぇっすよ!」



「なぜだい?」




「知らないんすか?お姉さんみたいな正義の味方気どりがいるから、逆に世の中は悪くなるんすよ。ほら、地獄への道は善意で舗装されているって言うじゃないすか!」




「言ってる意味がわからないね。浩介君、君自身がしたことについて思い浮かべてごらんよ。突然他人の国を乗っ取って、勝手な命令をだして、戦争を起こそうとした。これって何なんだい?悪そのものじゃないのかい?」



「……っ!?」




浩介は自分の妄想や聞きかじりの世間知を除外して、シンプルに自分の行いを突き付けられると、何も言い返せない気がした。




「ましてや君は全然懲りてないみたいだからね。他のところへ行って同じことをするんじゃないかい?」




図星だった。




だが、それで往生際がよくなるわけもなかった。





「うるせえっ!オレの邪魔をするなっ!オレはこの世界で自由に生きるんだよっ!こんな世界の住人がどうなろうが知ったことかっ!悪で結構だ!」



「…言ったね。じゃあ、覚悟しな」



「ハッハー!覚悟するのはお姉さんの方だねっ!上を見なっ!」





頭上にはいつの間にか黒雲が発生していた。それは浩介の魔力によって編まれた雨雲だった。





「同じ転生者同士だっ!恨むなよっ!」





浩介は天高く腕を振り上げた。





「我が覇道邪魔する者に死の鉄槌を!トールズハッ!?」





浩介がオリジナルの呪文を唱え、腕を降り下ろそうとした瞬間、馬にまたがっていたはずの流理の姿が消え、次の瞬間には浩介に腹パンを決めていた。





「ふひ」





流理の拳は奥までめり込み、浩介はその場に崩れ落ちたのだった。



雷は落ちず、暗雲は霧散した。



浩介は転生してから初めて痛みを感じていた。



竜の王アカーシャのデコピンより高密度な魔力が流理の腹パンには込められていた。



勝負は驚くほどあっさり着いたのだった。






「ご、ご主人っ、アカーシャの技を自分のものにしたのか!?」




ラオウは驚いた。




「ああ、ぶっつけ本番だったけど、上手くいってよかったよ」



「いったいどうやって?」



「ただの勘さ。あえて言えばアベル君にはゆっくり力を渡してたけど、それを一気に爆発させる感じでやればできるんじゃないかと思ってさ。見様見真似だけどね」





爆発的な魔力操作はドラゴン族の秘奥の一つだった。転生者とはいえ、そう簡単に会得できるものではない。




「ふっ、たいしたものだなご主人。だが、まだまだ技が粗い。我輩の背から離れさせるわけにはいかんな」



「アンタは尻に敷かれたいだけじゃないのかい…?さて」




流理はしゃがんで浩介と同じ目線になった。




「ひっ」




浩介が怯える。




「ああ、もう殴んないし、説教もなし。ただこれに懲りたら同じようなことしないように!いいね?」



「そ、それだけですか?」



「まあ、君も死んじゃっていきなりこんな世界に放り込まれたんだからね。同情の余地ありさ」




いや、同病相憐れむかな?と流理は浩介に微笑を向けた。背中の聖母マリアと似た笑顔だった。




一瞬、浩介は流理に笑顔のような歪んだ表情を返した。





「…見下しやがって偽善者がっ!」




浩介は極端なほどの悪意を流理に向けると、その場から忽然と消えた。



流理やアカーシャのように移動したのではない、転移したのだった。




「ありゃ、逃げられちまったかい?」




流理がラオウに聞くと「そのようだ」と落ち着き払ったダンディな声が響いた。




「参ったね。また悪さをしなきゃいいけど」




次こそはアカーシャちゃんも止まってはくれまい、と流理は内心危惧した。





(だいじょうぶだと思いますよ)





「うおっと、心臓に悪いね」




その危惧に反応したのか、天使の声が響いた。





「だいじょうぶ?なんで?」



「なんでもです」




天使の声はどこか楽し気だった。
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