鶴の独声

二ノ前ト月

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理不尽

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おとうさんは帰って来なかった。


朝の光に照らされて
綿毛の少年は膝を抱え自身の肩を抱いていた。
寒いわけではなく
不安に押し潰されない様に。

竜人は「賢人」と称される程の叡智の持ち主だとされる。

呪いの者と係わるなと諭されたのかも知れない。
元の世界への帰り方を教わって、もしかしたらもうこの世界には居ないのかも知れない。

ーそれなら良い。

怒りに触れて怪我をしていたら・・・万が一にも殺されてしまっていたら。

もう何時間もこうして同じ考えの堂々巡り。
気付けば朝陽は昇り窓の外では小鳥がさえずっている。


「・・・違う。
何か帰れないちゃんとした理由があったんだ。
おとうさんは今更ボクを見捨てたりしない。」

振り絞った声で自分に言い聞かせる様に呟く。



カチャリ。



ふいに扉が開く。

静かに開いた扉越しに目が合う2人。

「た、ただいま~」

申し訳なさそうに口の端を上げる於東。
待ち望んだ相手の帰還だが、どう反応して良いかがわからずただただ見詰めるクレイン。

「寝てなかったのか?クレイン。」

たった数歩でお互いの元へ歩み寄れる狭い部屋。
くしゃくしゃと撫でられる頭。

ふと、ふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅がれる。

「何か、変な匂いがするよ?おとうさん。」

ぎくりとする。
「変な匂い」とはきっと先程まで肌を重ねていた竜人ドーラの香りだろう。

「そ、そ、そう!?
お香焚いてお祈りして貰ったからかな!?」

「そうなんですね。」

曇り無き視線が痛い。
絶対条件の為の不可抗力とはいえ、子供ほっといてよからぬことしてましたなんて口が裂けても言えない。

一呼吸置いて、

「それより、ごめんな…帰るのが遅くなって。」

もう一度髪に手をやる。
今度は撫でる様に優しくゆっくりと。

「良いんです、こうして帰って来てくれたんですから。おかえりなさい。」

「でも、ほんの少しですけど・・・」

言葉に詰まりながら続けるクレイン。

「見捨てられちゃったのかなって、ほんの一瞬。」

目を合わせず、伏し目がちに呟く少年。
その赤い目の下にはうっすらと影が出来ていた。

「あれ!?竜人の小間使いさんとやらがお前に書簡を届けてくれる手筈だったんだけど。
来なかったのか。」

何の話かと首を傾げるクレイン。

そんな少年の肩をゆっくりと引き寄せ、触れても大丈夫だろうかと恐る恐る抱き寄せる。
大人に裏切られ続けて生きて来たこの子にとって、この一晩はどんなに不安だっただろうか。

「捨てられるわけないだろう。
信じて待っててくれて有り難うな、クレイン。」

強張ったままの小さな肩からふう、と力が抜ける。
戸惑いながら背中に回される細い両腕。
どれだけ力を入れて良いのかわからないといった感じの、添えられている程度の強さでオレの背中を抱くクレイン。


「ハハ、淋しかったか?」


よしよしと、頭をくしゃくしゃに撫でる。
ウザいおっさんのノリに、クレインからの返答は予想外だった。

「うん、淋しかった。」

消え入りそうなか細い声。
オレの背中に回された腕に少しだけ力が籠められる。
その力とは反して絞られた様にきゅうぅ、と締め付けられるオレの胸。

そんな素直に来るとは思わないじゃない。
ついうっかり泣きそうになってしまうおじさん。



「さて。
とりあえず呪い解除の方法とか諸々は教わったんだけど。」



階下に降りてひとまず朝食を摂る事にしたオレ達は昨日と同じメニューをオーダーした。

うん、と頷くクレイン。
真面目な表情をしているけれど
目玉焼きの黄身が口の端についている。


自分の口の端をトントンとつついて教えてやる。
それに気付いたクレインはナプキンで口の端を拭き、話の続きをどうぞとこちらに視線を戻す。
キリッとした顔してるが黄身が付いてるのは反対側なんだけどな。

「呪いの解除には、呪いの"予兆"が必要みたいなんだ。」

「"予兆"?」

「うん。」

「その予兆が現れる迄は待つだけだな、それが何日先か何か月先かは知らないけどさ。」


話すのは竜人から貰った魔装器具以外の事だ。

【数日中に呪いが発動してしまったらオレの血(命)と引き換えになるかも】だなんて話したら、
この魔装器具外せって言ってくるだろうし、何なら実力行使され兼ねないからな。


ナプキンで黄身を拭いてやりつつ、オレは話を続けた。


「おさらいなんだけど。」


「お前が"黒に戻る"と呪いが成就するんだっけ?」

「はい、聖女本人はそう言ってました。」

「お前の予想通り、髪と瞳の色が黒に戻る事を指しているのか、はたまたあの黒い塊になるって事なのか。もしくは別の"黒"い何かか?
しっかし・・・村の為というか正義感の為に自分の命を捨ててまで・・・まるで生贄に選ばれた事を名誉だとする妄信的な"何か"だな。」


「ボクは、難しい事はよくわかりません。
必要最低限の文字の読み書きや数の数え方など、全て村の牧師様が教えて下さいました。
村の女子供が読み書きや計算が出来る様になると、牧師様は村の男達に集団で撲殺されたんです。」

「は…!?なんでだよ。」

驚きの余り大きな声を出して周囲の客の注目を集めてしまう。
身を屈め小声にして再びクレインに問う。

「なんで??感謝されこそすれ、その牧師さんが殺される理由がわからないんだが。」

「女子供の頭が良くなると、悪魔に唆されて男に逆らうかららしいです。牧師と偽り悪魔布教しているとして殺されました。」

「・・・。」

「人を殺したって・・・言ったじゃないですか。」

視線を落とすクレイン。
ゆっくりと頷くオレ。

「牧師様を殺した村人を・・・その時に。殺されると思って咄嗟に突き飛ばしたら頭を打ってしまって・・・。
その上何故か、牧師様を殺したのもボクだという事に。」

「それで、"死んでほしかった"て言ってたんだな。」

コクリと頷くクレイン。
テーブルに置かれたクレインの手が小刻みに震えているのがわかる。
その手に自分の手をそっと重ねた。





こんな理不尽な事があってたまるか。
お前の事はオレがぜっっったい守ってやるからな。
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