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第3章 戦争とダンジョン

87 グロッケン山のダンジョン ②

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「リオナ、そっちに行った!」

 鉤爪を振りかざしたカリカンザリスが、狼のごとくリオナに向かって跳びかかる。
 灰色のその身体は、ゴブリンというよりは前世のテレビ番組で見たグレイ型宇宙人の再現図のようだ、と思った。

 ぴぃいいいいいいっ!

 奇声を上げるカリカンザリス。
 俺の声に反応して襲撃者の方へ向き直ったリオナは、冷静に得物のハークィバスの銃身を両手で持つ。
 そうして、野球のバッティングの要領で目標のどてっぱらにフルスイングを決めてやった。ごすっ。
 おお……カリカンザリスの骨ばった身体がきりもみ回転しながら、綺麗な弧を描いて宙を舞っているぜ……。フリスビーのように鮮やかな回転だ。
 べしゃり、とカリカンザリスの身体は水晶の埋まった壁に叩きつけられた。そのまま動かなくなった。

「よくやった!」

 とクリエムヒルト親方はリオナを鼓舞する。

 俺たちクリエムヒルト親方のパーティーは、ダンジョン第一階層の水晶の部屋でカリカンザリスと交戦していた。
 どうせいくら倒してもダンジョンがある限りまた湧いて出てくる、とカールは先を急ごうとしたが、

「なら、戦闘訓練にはもってこいだ」

 とクリエムヒルト親方はカリカンザリスとの戦闘を主張した。
 そんな感じで親方権限には逆らえず、俺たちは灰色の人型魔獣との果てしない戦いを続けていた。
 連中の灰色の肌は、生き物というよりゴムのようであった。愛刀で斬りつけるとぶよぶよしていて、尚且つ硬く気味が悪かった。
 それに、連中の叫び声は黒板を爪でひっかいたような不快さだ。長く聞いていると頭が変になりそうだ。
 こんなものを斬るのはさっさと終わりにしたい。

「親方―、いつまでこれやるんですかー?」

 クリエムヒルト親方は、得物の片手半剣で一匹のカリカンザリスを軽くいなしながら、こちらを見つつ答える。

「そうだね。もうこれくらいにしようか」

 と、彼女は相手にしていた個体の頭をかち割る。

 見れば、もう水晶の広間にいたカリカンザリスは、粗方始末し終えていた。流石は俺の同僚といったところか。

 きえぇえええええぇっ!!!!!

 仲間の仇討ちを狙ったか、最後の一匹が鉤爪を振りかざし俺に吶喊してくる。
 だが、もう俺はこいつらの攻撃パターンには慣れていた。愛刀を横に薙ぎ、カリカンザリスの鉤爪の付いた手をばっさり切り落とす。

「ぎえっ! ぎえっ!」

 人間のものとは全く異なる、どす黒い血が噴き出す。それでも、灰色の人型魔獣は残りの手で俺の喉を掻き切ろうと迫ってくる。
 俺はハーフソードに持ち替え、敵の爪を刀身で受け止める。薄暗闇に、赤い火花が散った。
 更に、カリカンザリスは俺の得物に噛みついてくる。硬く尖った歯が、俺の愛刀の刀身をくるみ割り人形のように鳴らす。

「しゃらくせえ!」

 こんな気色悪い奴とにらめっこなんてしていられない。俺はカリカンザリスのたるんだ腹を鋭く蹴りつける。
 そうして、地べたに倒れこんだ魔獣の肩口に愛刀で袈裟懸けをくれてやった。
 鋼の白刃は、魔獣の筋肉繊維を断ち、脂肪をぐちゃぐちゃにし、骨を粉砕し、内臓を破砕した。いつも違わぬ、俺の相棒の威力だ。

「ぎょ……」

 カリカンザリスの断末魔は其れだった。
 俺の得物の刀身は、人間でいうところのへその辺りで止まったので、足で蹴るのと同時に引っ張って魔獣の身体から引き抜いた。ざしゅっ。

「よーし、戦闘終了だね!」

 親方は嬉々として言った。

「あのう、親方。この部屋、水晶で一杯ですよね?」

 と、マルグレーテは目を輝かせる。さては……。

「そうだね」

「ちょっと持ってって良いかなあ……って」

「あ! マルグレーテ、冴えてる!」

 と、リオナ。
 確かに、この部屋にある水晶を持ち出して換金すれば、ちょっとした財産にはなるだろう。万年金欠の庶民である俺たちにとっては、貴重すぎる財源だ。

「ダンジョン攻略の邪魔にならないように、懐に忍ばせられる程度の量にしていてよ。欲張ってたくさん持ってっては動きが鈍くなって死ぬからね?」

 やれやれといった具合に、クリエムヒルト親方は両手を腰に当てた。とはいえ、彼女自身も水晶のかけらを拾うことを忘れずに。

「はーい」

 そうと決まれば、俺もちょっくら水晶のかけらでも拝借していくか!
 日用品兼武器の短剣を抜き、俺は水晶で出来た壁を削り始めた。へへ……銀貨何枚になるかな?





「げえ……」

 眼前に広がる気色悪い光景に、士気が萎える。

 うぞうぞ……うぞうぞ……。
 うぞうぞ……うぞうぞ……。

 広間のような洞窟の中に蠢く、全長約1メートルの巨大な芋虫型の魔獣。事前に聞いていたグロッケン山のダンジョンに生息する魔獣オード・ゴギ―だ。

「キモいのう……」

 皆の心の声を代弁してくれるアスタルテさん。

「ここをどうやって通るかだが、この芋虫どもには何か弱点とかあったかのう?」

 そうだその通りだ。
 オード・ゴギ―は強酸性の糸を吐くので、おいそれと接近する訳にはいかない。それに、俺の愛刀をこんな気色悪い奴らの体液で汚したくもない。

「先発の冒険者パーティーはここを通ったんだよね? その時どう対策したのかな?」

 と、マルグレーテ。彼女の言う通りだ。
 冒険者職人たちは、クリエムヒルト親方の方を見る。

「ゼッケンハイム市の冒険者ツンフト頭は、オード・ゴギ―は火を怖がると言っていたな」

「だが、火か……」と親方は腕を組む。俺たちは火種など持ってきていなかった。洞窟の中は暗かったが、周囲が見えないほどではなかったのだ。

 火を起こす方法……火を起こす方法……えーと。

 あ、あったわ。

「親方、俺が魔法で火をつけます」

「出来るのか!?」

 と、クリエムヒルト親方。

「はい。任せてください」

 俺はたまたま落ちていた木切れを拾う。これにちょちょいっと火をつけるのだ。
 そうして、魔法の発動を念じる。

 ――燃えろ。

しゅぼっ。

「あ、燃えた!」

 リオナが歓声を上げる。
 俺の手の内にある木切れが、一瞬のうちに真っ赤に鮮やかな炎を噴き上げた。

「すごい……これが魔法か。改めて見ると驚きだな」

「神様の奇蹟みたいね……!」

 皆口々に感嘆の声を上げる。まるで信じられないことが起きたといったばかりだ。
 前世で流行っていた異世界転生チート小説の主人公みたいな経験をした俺って、超激レアなんじゃね? とは思えど、やってることは単なるマッチによる着火と大して変わらないので、この程度でここまで驚かれると現代文明の恩恵を受ける日本人としてはいたたまれない気持ちにもなる。
 うん、こんな純粋な称賛の目で見られるのはかなりきついので、さっさと事を進めてしまおう。

「じゃ、火をつけるよ」

 俺は無造作に、オード・ゴギ―の群れの中に火のついた木切れを投げ込んだ。ぽいっとな。

「ぴぎいいいいいいいいいいい!!!!!」

 一匹のオード・ゴギ―があっという間に火だるまになった。
 甲高い悲鳴を上げながら、のたうち回る魔獣は、火の粉を周囲の同族にも撒き散らす。だが、悲しいかな。連中には同族を助けようとするだけの知能と仲間意識はなかった。
 他の巨大芋虫たちは、燃え盛る仲間から一目散に離れようとする。
 すると、旧約聖書に語られる預言者モーセの海割りの奇蹟のように、巨大芋虫のひしめきあう中に間隙が出来た。

「よし! 今のうちにここを抜けるぞ!」

 クリエムヒルト親方に先導され、俺たちは芋虫型魔獣の群れの間を通り抜ける。
 連中はその間、強酸性の糸を吐きかけてくるなどこちらに向かって襲い掛かってくることはなかった。皆自らの命惜しさに逃げ惑うだけだった。

「ぴぎっ! いぎっ!」

「きゅうううううううううう!!!!!!」

 そんなオード・ゴギ―たちの阿鼻叫喚を尻目に、俺達クリエムヒルト親方パーティーは芋虫の広間を抜け、ダンジョン第一階層踏破に成功した。
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