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第1章 ヴォルフスベルクの冒険者

53 旅は続く

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「アデル! ハルトマン!」

「おっとお! おっかあ!」

 俺たちが御料林から子供たちを連れて戻ると、ゲオルクと彼より少し若く見える農民風の女性が子供たちの下に駆け寄ってきた。彼女はゲオルクの妻のようだ。

「怖かったよお! 怖かったよお!」

「そうかそうか、でももう大丈夫でさ。ここは安全な村だからね」

 ゲオルクとその妻は、子供たちとひしと抱き合う。皆涙を流し、再会を喜んでいた。
 流石の俺も涙腺が緩みそうになるが、かっこ悪いので我慢しておく。

「うちの子たちは、森の中でどうしていたんでさ?」

 ゲオルクに尋ねられ、俺は一瞬返答を躊躇う。
 オークに捕まっていたことを正直に話せば、彼らに無用な心労を与えてしまうのではないか? そう思ったのだ。
 けれども、子供自身の口からいずれ知らされることであろうし、ここで黙っていても何の意味もない。

「森の中で、オークの群れに捕まっていました。俺たちがオークを退治して救出しました」

「そうですか……危険な処であった。やっぱり冒険者の方々に頼んで良かったでさあ。本当にありがとうごぜえますだ」

「いえいえ、契約ですから」

 すると、村の方から何やら騒がしい音が近づいて来るのに気付いた。
 見ると、身なりの良い騎士風の男が、従者を伴ってこちらに向かって歩いて来る。

「あ……この土地の領主ケストナー卿でさ」

 ゲオルクは言う。
 げ、御料林に勝手に入ったことがバレたのだろうか……。大方、旅籠の主人が村長に通報し、それが領主の耳に届いたという所だろう。

「武器を地面において下せえ。領主と会う時に武装しているのは無礼となりまさあ」

 ゲオルクの言う通り、俺たちは武装を解いて地面にそれらを置いた。この手の礼儀については、ヴォルフスベルクにいた時にも言われていた。
 
 ケストナー領の領主ベルトルト・フォン・ケストナーは、憮然とした顔で腕を組み、俺たちを眺める。
 まあ、無理もない。法で定められた御料林立ち入り禁止のルールを勝手に破られたのだから。それを面白く思う領主などいない。

「この者たちが、私の御料林に無断で立ち入った者か?」

 ケストナー卿は、傍に控える旅籠の主人に尋ねる。

「はい。その通りです。そのゲオルクと御料林に入る算段をつけているのを聴き及び、下男に後をつけさせたところ、御料林に入って行くところを目にしました」

「ふむ……」

 ケストナー卿は俺たちを品評するように、順番に見やる。
 油断なく俺たちを見極めている辺り、手練れの強者であることが窺い知れた。

「お前たちはどこから来た? 身分を言い給え」

「ヴォルフスベルクから来た遍歴の冒険者職人です。俺はハンスの子オード、こちらはヘルマンの子リオナ、こちらはウガリットのアスタルテです」

「何故私の御料林に入った? 訳を聴かせて貰おうか」

「このゲオルクの子供たちが御料林に誤って足を踏み入れてから帰ってこない、ということで探すよう依頼を受け、立ち入りました。すると、彼らはオークに捕まっており、俺たちが退治して救出したという次第です」

「オークとな?」

 ケストナー卿は、オークという言葉に反応した。
 ん? これは弁明の機会得たり?

「はい。閣下の御料林にオークの群れが住み着いていたのです。これがその証拠です」

 俺たちはオークから採取した首級と六つの魔力コアをケストナー卿に示した。
 彼は驚きの表情でそれを見ていた。

「まさか我が領地に魔獣が出るとはな……しかも御料林に。危ういところであった、今度妻と一緒に狩りをする予定であったのだ」

「ええ。ゲオルクが俺たちにクエストの依頼を出したのは不幸中の幸いと言えましょう。しかし、俺たちは禁を破ったのは事実。償いとして、オークから採取した魔力コアを閣下に供出します」

 これでどうだ!
 貴重な魔力コアをやると言ってるのだから、いくら厳格な騎士様と言えども心がぐらつくに違いない。
 ケストナー卿はしばらく無言で考え込む仕草を見せるが、

「分かった。お前たちの功績に免じ、供出する魔力コアは三つだけでいい。それでお前たちの禁を破った罪は濯がれたと看做そう。残り二日、ゆるりと村に滞在するがよい」

「閣下の大変寛大なる取り計らい、感謝で胸がいっぱいです」

 ケストナー卿はオークの魔力コア三つを受け取ると、従者を連れて来た道を引き返していった。

「はあ~、冷や冷やしましたさあ。よもや、あっしらの大切な恩人が罰されるのではないかと」

「まあ、そこまでヤバいとは思っていませんでした。きっとわかってくれると」


 ◆


 ケストナー領の御料林でのクエストの次の日、俺たちはシュマイヤー村を出発した。
 異邦人の村への滞在は三日間のみと決められており、すぐに出て行かざるを得なかったのだ。まあ、俺たちとしてもゼーフルト市に向かう途上であったから、長居している場合ではなかったのだが。

 去り際、ゲオルク一家が村の出口まで見送ってくれた。

「お姉ちゃーん! お兄ちゃーん! 助けてくれてありがとーう! おらも冒険者になるー!」

 ふふ、と俺たちは微笑んだ。
 農村部の子弟が冒険者になるには都市に在住する必要があるが、この彼らのような農奴の出だと土地を離れることは困難だろう。
 だが、それでも、彼の望みが叶えられることを祈らずにはいられない。きっと、勇敢な冒険者になれるだろう。オークの群れに囲まれて気を失っていなかったのだから。

 俺とリオナとアスタルテは、ゲオルク一家に手を振り返しつつ、シュマイヤー村を離れた。さあ、街道に戻ってゼーフルトへの道を進もう。

 ……。
 ………………。

「はーい。2マルクねー」

 不愛想な衛兵に言われ、俺たちは銅貨を二枚差し出す。
 また関所か……と呆れる。シュマイヤー村から出発して、まだ5キロも進んでいないだろうに。
 まあ、ここら辺がケストナー領と隣の荘園の境目なのだろう。こういう村を一つ二つしか領有していない騎士は、ヴォルフスベルクの市参事会に臣従する騎士にも結構いた。

 関所を通ってしばらく進んでいたが、村落の姿は見えない。
 ということは、今日は野宿になりそうだ。

「もう日も沈み始めている。どこか寝る場所を探さないと」

 俺は言った。
 シュマイヤー村の旅籠のベッドが懐かしいが、今はあんな贅沢は望むべくもない。

「あ、あそこはどう?」

 リオナは指さす。
 その人差し指の差す先には、大きな樫の木が生えていた。その根元は柔らかそうな下草に覆われており、寝そべるのにちょうど良さそうだ。

「じゃあ、今晩の寝床はあそこにするか」

「妾は賛成じゃぞ」

 意見がすぐにまとまったので、俺たちは街道を少し離れて樫の木へと向かった。
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