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第1章 ヴォルフスベルクの冒険者

11 はばかりながら ②

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数分の後、ルートヴィヒ職人頭とヨハン幹事は数人の職人を引き連れて冒険者ツンフトホールの広間に戻ってきた。
 眠い眼を擦って欠伸を繰り返す彼らからは、先程まで昼寝をしていたであろうことをうかがわせる。
 ま、まあ、儀式の格式に問題点がつくかも知らんが、立会人がいないよりはマシであろう。

「では、アスタルテ殿、歓迎の儀を始めるとします」

 とのヨハンの言葉で、アスタルテのヴォルフスベルク冒険者ツンフトへの歓迎の儀が始まった。

「はばかりながら客人、冒険者の名において歓迎する」

 胸に手を当て、ルートヴィヒは台詞を言う。
 そして、次は君の番だぞ、と言わんばかりにアスタルテに目配せする。
 彼女は、どうすればいい? と俺にすがるような目だ。

 えっと、この時は……。

「……はばかりながら、冒険者の名において御礼申し上げます。親方及び職人に冒険者の名において心よりご挨拶申し上げます」

 彼女は俺の思い浮かべた通りに台詞を言ってくれた。
 次は……。

「はばかりながら、どこから来られたのか」

 次の職人頭の台詞はこれだ。これへの返答はあらかじめ決めておいたように言えばよい。

「はばかりながら、ウガリットからです」

「ウガリット……」

 そこで、ルートヴィヒの言葉が止まる。明らかにその地名が分からなくて困惑している表情だ。
 ここは、俺が口を挟まねばなるまい。

「ルートヴィヒさん、ウガリットはここからずっと東方にある町だそうです。そこの住民は彼女のような髪と目の色をしているとか」

「なるほど、そうか。オードは博識だな」

「いえ、風の噂に聞いただけです」

「……うむ、それでは続きを執り行おう」

 よし、納得してくれた。一つの課題はこれでクリアだ。

「はばかりながら、君は俺に何を望んでいるのか。都市の見物か、名誉ある親方あるいは職人とワインあるいはビールを一杯飲むことか、それとも名誉ある親方のところで働くことか、俺に言ってもらいたい」

 この次の遍歴職人の台詞はちょっと長い。アスタルテがちゃんと言えるかどうか……。
 俺はその台詞を思い浮かべる。
 しっかし、やたらと「はばかりながら」が多いな……。どんだけ他人の迷惑を気にしなくちゃならんのだ。

「はばかりながら、都市は既にけんぶちゅっ!」

「?」

 真っ赤に染まるアスタルテの顔。
 この女神様台詞噛んじゃったよ……!
 神にあるまじき失態。神の威厳が台無しである。

(頑張ってくれ……!)

 俺は心の中で彼女を応援する。

「は、はばかりながら、都市は既に見物いたしました。名誉ある親方あるいは職人と一杯のワインあるいはビールをまだ飲んでおりませんが、そのうち飲めることでしょう。この度の私の望みは、名誉ある親方のところで働くことでして、もしそう出来るなら、嬉しいのですが」

「はばかりながら、君の望みに応えてくれる名誉ある親方を探してくるとしよう」

 そう言うと、ルートヴィヒとヨハンは奥の部屋へと引っ込んでいった。
 冒険者ツンフトホールの一階の奥には、親方たちがツンフトに提出している求人票、工房の職人枠の空きを記録した書類が保管されている。二人はそれを見に行ったのである。

 ゲイルノートには悪いが、彼がオーグルに殺されたことによって、ハインリヒ親方の工房の職人枠に一つ空きが出来ているはずだ。彼らが持ってくる求人には、間違いなくウチが含まれているはずだ。

「きっと、俺と同じところで働けると思うよ」

「そうだと良いのう」

 十余分後、ルートヴィヒとヨハンが奥の部屋から戻ってきた。

「はばかりながら、ハインリヒ親方、フランツ親方が冒険者の習わしに従って君に職を用意すると仰ってくれた。君はどちらの名誉ある親方の工房で働くことを望むか」

 ここはハインリヒ親方だ。俺の働く冒険者工房である。

「はばかりながら、私はハインリヒ親方のところで働くことを望みます」

「よろしい。君は名誉ある親方を心より望んでいるのだから、職場での君の幸運を祈る」

「はばかりながら、感謝申し上げます」

 やった! とアスタルテは小躍りする。
 なーんというか、人間の何百倍も長生きしている大女神のイメージとはかけ離れた少女っぽい振る舞いをよく見せる。
 不遜も甚だしいが、この大女神に庇護欲を覚えている俺も、確かにいた。
 頬が緩む。
 彼女に気取られたら失望させかねないから、気を付けよう。

 そこで、ヨハン幹事が口を開いた。

「はばかりながら、寛大なる君の親方および職人は君に何と命じたのか」

 俺はすかさず、次の遍歴職人の台詞を思い浮かべる。
 我ながら、遍歴にも出たことないのに遍歴職人の歓迎の儀の台詞を覚えている辺り、凄い真面目なんだなと他人事のように苦笑する。

「はばかりながら、寛大なる親方および職人は、誠実で、金や金の価値では計れない冒険者の寛大な親方および職人に心よりご挨拶申し上げ、あなた方の誠実の助けになれと、私に命じました。ただちに食卓へ、食卓から座席へ、座席から土間へ移り、誠実となる誓いを立てていただきたい。しかる後に食卓について一杯のワインまたはビールを飲んで、名誉ある誠実な職人の同席をはばかりながらお許しいただきたい」

「歓迎の献杯を行う」

 ルートヴィヒの指示で、俺含めたその場にいる全員に樽ジョッキが配られた。
 そこに、黄金色のビールがなみなみと注ぎ込まれる。

 確か、次の幹事の台詞で最後だったはず。

「はばかりながら客人、私はこの誉ある歓迎の献杯を君にせずにはいられない。私や他の名誉ある職人たちも、君と同じように献杯されたのだから。この誉ある歓迎の杯をつくり装飾した人々の健康を祝し、その装飾を今なお考えている人々の健康を祝し、金庫管理親方と陪席親方の健康を祝し、職人頭と幹事の健康を祝し、親父殿とおふくろさん、兄弟姉妹の健康を祝し、水陸を旅し荒野で食事をする職人の健康を祝し、仕事をしている職人の健康を祝し、ここに同席しておられる誉ある皆様とその一族の健康を祝し、はばかりながら君に献杯しよう」

「はばかりながら、喜んで酒杯を頂戴します。皆さま宜しくお願いします」

 これで、台詞のやり取りはお終いだ。

 その場の同席者たちは、手に持つ樽ジョッキを掲げ、互いに打ち鳴らす。ビールの白い泡が、海の波のように跳ね上がる。
 皆一斉に、ビールを喉に通し始めた。

 ごく、ごくごくごく、ごく、ごくごく。

 相変わらずぬるいビールである。
 決して味は悪くないのだが、冷たくないせいで美味しさが半減している。せめて地下水で冷やしてみるとか考えても良いはずだが、そもそもビールを冷やすという考え自体がないらしい。

「ぷはー! なまら美味いビールじゃ! 妾が飲んだビールのうちでも五本の指に入るぞ!」

 が、アスタルテは至極ご満悦。舌の感覚が古代人らしい。

「それは良かった。ここらへんで作られているビールの中でも最も良いものなんだ」

 余所者に褒められ、ルートヴィヒは嬉しそうだ。彼は郷土愛の持ち主だ。

「だが、気を付けて欲しい。結構酔いやすいんだ。飲み過ぎには注意だよ」

「案ずるでない。妾を誰だと思っておる? 天の女お……むぐっ」

「わー!!!!!!!!」

 自分は神だ、と言いかけたアスタルテの口を、慌てて両手で塞ぐ。

 唯一神への信仰が支配するこの世界で、それ以外の神の存在を匂わせることはご法度だ。教会の異端審問官がすっ飛んできて、拷問フルコースの挙句処刑ルート一直線だ。
 以前、一つの宗教が異端審問の結果根絶されたこともあるというから、恐ろしい限りである。

「?」

 ぽかんとするルートヴィヒとヨハン。どうやって誤魔化せばいいんすかこの状況……。

「あは、あははは……」

 俺はただ笑うしかなかった。

「むぐむぐむぐ……」

 アスタルテは俺の腕を叩いて、はよ口から手をどけろと催促する。
 俺は要求を飲んでそのようにした。

「あはは……」

 俺の言いたいことを察したアスタルテが笑うのを見て、二人がさらに混迷を深めるのを見て取ったが、是非もないのでこれ以上はノータッチで行く。

「おほん、とにかく、アスタルテ、君は今日からヴォルフスベルク冒険者の仲間だ。君の活躍を期待しているよ」
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