たしかなこと

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 何故か気分が落ち着く。誉められている訳ではないのに順は和也の言葉にほっとしていた。これまで、何か歌ったり演奏したりして誉められたことはあるが、それ以外の意見を聞いたことがない。だが和也の言うことはそれとは少し違っていた気がする。和也の言う色気についてはよく判らないが、きっと欠けている部分を指摘されたのだろう。

「木村、気付いてないだろ」
「え? 何が?」

 ビールの四本目を空け、五本目を取って部屋に戻った順は不思議な気分で和也を見つめた。すとん、とテーブルの傍に腰を下ろしてビールのプルトップを引く。

「その顔、すげえそそるんだが」
「え? 何で? 別に俺、何もしてないけど」

 小さく笑って順はビールを飲み始めた。和也に比べると倍のペースでビールを飲んでいるのだが、順にはその自覚はなかった。和也が無言でギターを脇に退ける。それを眺めていた順はえ、と声を上げた。

「もう弾かないのか?」

 とろんとした目で和也を見つめながら順は首を傾げた。何故かさっきから妙に目の周りが熱い。瞼を指で擦ってから目を上げるといつの間にか和也が間近にいた。

「オレが歌ってた歌、歌えるか?」

 順の耳元に口を寄せて和也が囁く。順は耳に息を吹きかけられる心地のよさにうっとりしながら軽く頷いた。

「うん、一回聴いたから歌える」
「ちょっと歌ってみな」

 判ったと答えて順は深く息を吸った。手にしていたビールの缶をそっとテーブルに乗せて歌い始める。完全に酔っていても順の声はきっちりと音を正確になぞっていた。が、どうしてもリズムがぶれる。その上、何故か勝手にビブラートまでかかる。あれ、と呟いて順は途中で歌うのをやめた。

「なんか声が変」
「いいから続けて歌え」

 低い声で命じられ、順はまた歌い始めた。何か譜面通りじゃないような気がする。そう思いながら歌う順の声には先ほどまでにはない不思議な艶がかかっていた。だが順自身はそのことは自覚できなかった。

「さっきよりずっといいな」

 歌い終えた順に和也が笑みかける。順はつられて微笑みを返した。その途端、順はいきなりその場に押し倒された。慌てて四肢をばたつかせる順を和也が強引に組み敷く。

「なっ、何でいきなり」
「むらむら来たからに決まってんだろが」
「そんな、急」

 言い返そうとした順の口を和也の唇が塞ぐ。和也を押し戻そうとしていた順は口づけされてぴたりと身体の動きを止めた。瞼を下ろして身体の力を抜く。和也は唇で順の口をこじ開けると舌を口の中に入れた。

 うわ、気持ちいい。酔った頭でそう思いながら順は無意識に和也の舌を自分の舌先で探った。

「ん、ふ」

 微かに喘ぎながら舌を絡ませる。順は口づけに応えながら薄く目を開けた。滲んだ視界の向こうで真っ白な蛍光灯の光がちらついている。

 口づけしながら和也がそっと手を動かす。シャツをめくられても順は抵抗しなかった。綿のシャツと素肌の間に和也の手が入ってくる。指先で乳首に触れられた瞬間、順はびくりと身体を震わせた。半勃ちになっていたペニスが一気に勃起する。順は弱々しくかぶりを振って震える手で和也の胸を押した。

「ごめん。それ以上されたら出る」
「ほんっとに過敏になってんなあ。じゃあ、一気にいくか」

 くすくすと笑いながら和也が順のベルトに手をかける。ジーンズを脱がせにかかった和也に順は首を横に振ってみせた。

「ここ、背中が痛いからやだ」

 そう言った順を和也が目を見張って見つめる。しばしの後、和也は焦ったように身体を起こした。

「うお! びっくりした! オレ、オンナとやってたっけとか思ったじゃないか!」
「失礼だなあ」

 眉を寄せて言いながら順は身を起こした。ふらつきながら立ち上がり、中途半端に解けていたベルトを抜き取る。ジーンズを脱ぎ、下着を取った順はふらふらとベッドに歩み寄った。ベッドに座って軽く布団を叩きながらにっこりと笑う。

「ここならいい」
「お前、それ犯罪級に可愛すぎるぞ……」

 和也がそう呟くが順にはその意味が皆目理解出来なかった。なに、と問い返す順に和也が低く呻く。順は首を傾げて和也をじっと見つめた。それから自分の股間を見下ろしてシャツをそっとめくる。淡いピンク色をしたペニスはやはり勃起したままだ。

「うーん。どうしてこんなになるのかなあ」

 そう呟きながら順はそっとペニスを握った。もう片方の手を口許にあてがって首を傾げる。それまで黙っていた和也がそこでうわあ、と力なく呟いた。

「写真、撮っていいか?」
「だめー。俺、写真嫌いだから」

 真面目に問いかけた和也に順は笑いながら答えた。やれやれと肩を竦めて和也がベッドに這い登る。順は和也の邪魔にならないようにベッドの端に避けた。

「凶悪な姫君だなあ」
「俺、女じゃないよ」

 素直に答えて順はその場に横たわった。酔っているからなのか身体がふわふわと浮いている感じがある。だがそれは決して気持ちの悪いことではなく、むしろ順にはとても心地が良かった。

「これじゃ、どっちが調教だかわかんねえな」

 苦笑しながら和也が下着を脱ぎ捨てる。順は横たわったまま和也の股間を見つめた。少し赤味かかったペニスは勃起しきっている。それを見た順の心の内に奇妙な感覚が生まれた。何故か猛烈な空腹感がわいてくる。順は眉を寄せて額を押さえ小さく呻いた。

「おなかすいた」
「は?」

 ストレートに告げた順に和也が間の抜けた声を返す。順はむくりと身体を起こして和也の股間に手を伸ばした。

「おいおいおい」
「食べていい?」

 そう言いながら順は優しく和也のペニスをなでた。くすぐるように亀頭をなぞってから根元までをゆっくりとさする。

「待て待て待て! 食うな! 頼むから!」

 ソーセージじゃあるまいし! そう叫んで和也が股間を押さえてしまう。えー、と不服の声を上げて順は上目遣いで和也を見つめた。

「駄目?」

 口許に指を当てて首を傾げる順の頬は赤く染まっている。潤んだ瞳でじっと和也を見つめながら順はもう一度、訊ねた。低く唸って和也がため息をつく。

「舐めるだけならいいぜ」
「え、でもそうしたら出るだろう?」

 瞬きをして順はそう訊ね返した。すると和也が困ったように笑う。

「出るだろうな」
「そしたら俺、いっちゃうから」

 告げて順はその場に座り直した。胡座をかく和也の前に正座する。和也は無言で顎をしゃくった。どうやら説明しろという意味らしい。順はうん、と頷いて言葉を継いだ。

「俺ね。身体の中に渡部の精液が入るといっちゃうみたいなんだよ。最初の時に判ったんだけど」

 初めて交わったあの夜、順は熱に浮かされながらもそのことははっきりと感じ取っていた。体内に熱い精液を注がれた瞬間、言いようのない快楽に襲われて一気に絶頂に達した。その快楽はペニスに刺激を受けた時よりもはるかに強かった。

 それと同時に飢餓感が少し薄くなったのも確かだ。

「都子の愛液に反応するのは理解出来るんだ。大元が同じで引き合ってるから、強制的に欲情してしまうんだと思う。でも、何で渡部の精液に身体が反応するのかは俺には判らない」

 そう告げて順は力なく首を振った。ふうん、と呟いて和也が順の目を覗き込む。順は視線を真っ直ぐに受け止めながらなに、と訊ねた。

「ちなみにお前、コンパでどれだけ飲んだ?」
「えーと……」

 コンパが始まってから飲まされた量を頭の中で数える。コンパに集まった連中は何が面白いのか順に次々に酒を勧めていた。順は勧められるままにそれらを片っ端から飲み干したのだ。

「ビールを大ジョッキで……八杯? あと、カクテルとかいうのを……グラスに……二十四杯?」
「二十四!?」

 叫ぶように和也が言う。順は何でもないことのように頷いて指折り数えた。

「あと、ウイスキー? 氷が入ったやつでグラスに二十杯と、一本」
「待て。その一本はビールじゃなくウイスキーを一本丸々か?」
「そう。何か途中でみんなが騒いで持ってきた。俺、グラスに入れないと行儀が悪いって主張したんだけど、どうしても瓶から飲めって言われて仕方なくそのまま」

 日本酒、焼酎、チューハイ。次々に飲んだ酒の披露をすると和也が深々とため息をつく。若干、ペニスも力を失ったようだ。手の中で少し縮まった和也のペニスの感触を確かめて順は首を傾げた。
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