弦先輩と千尋の日常は晴れ時々くもり所によりドキドキするでしょう！ ～硬派先輩×可愛い後輩 幼馴染だった二人は恋に落ちていく……のか？～

9

「弦先輩。今度は、僕がしてあげます」
「えっ」
「拭いてあげます。先輩の体」
　素早く、千尋は弦のタオルを奪った。
　シャツをめくり上げ、分厚い胸元を温かなタオルで拭いてくる。
「おい、千尋」
「……」
「もう、いい。やめろ千尋。お前は熱が」
「誕、生、日！」
　それを言われると、弱い。
　参ったな、と弦が天井を仰ぐと、千尋の小さなつぶやきが聞こえてきた。

「僕、先輩が欲しいな。誕生日プレゼントに」
（僕は、弦先輩だけのものだから）
　だから、先輩も僕だけのものでいて。
　今日だけでいいから。
　誕生日だけでもいいから。

　あと半年で、弦先輩は卒業する。
　僕の前から、いなくなる。
　どこか遠くへ行ってしまって、誰か素敵な人と出会って。
　そして……。

「千尋？」
「弦先輩……」
（泣いているのか？　千尋）
　そっと顔を伺ってみるが、涙を流しているようには見えない。
　だが、なんだろう。
　この、胸を締め付けられるような想いは。
　まだ千尋が幼い頃、泣いて俺の名を呼んでいた時に感じたような、切ない気持ちは。

「大丈夫だ、千尋。俺はいつでも、お前のそばにいる」
　こっくりと、うなずくだけの千尋だ。
　そこで、ぽろりと一粒だけ涙が零れ落ちた。
「せっかくの、誕生日だ。涙は似合わないぞ」
「はい」
（先輩。僕の先輩。僕だけの、弦先輩……）
　千尋の想いは、そこまでで止まってしまった。