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 だが伊織は、ボタンを握った手を、すいと高く上げた。
「あげてもいいが、条件がある」
「条件?」
 僕が伊織さまの言うことをきかない、なんて無いのに。
 今日に限って、妙なことを言い出す伊織だ。
「今から、駿は私を『伊織さん』と呼びたまえ」
「ええっ!?」
 そんな!
 伊織さん、だなんて、馴れ馴れしい!
「君はもう、従者ではない。『金曜日の少年』ではないんだ。私の大切な婚約者だ」
 だから。
 だから、優しく『伊織さん』と呼んでくれ。
 伊織の、切なる願いだった。
「伊織さま……」
「ほら、また!」
「あ、ごめんなさい!」
 じゃあ、と駿は息を吸った。
「制服の第二ボタンを、僕にください。伊織さん」
 幸せそうな顔だ。
 駿、私はいつでもいつまでも、君のそういう顔を見続けていたいよ。
「ありがとう、駿」
 伊織の言葉に、駿の胸はいっぱいに満たされた。
「伊織さま。いえ、伊織さん……」
 ボタンを二人の手のひらで包み、キスを交わした。
 柔らかな春の日差しが、いっぱいに降り注いでいた。



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