金曜日の少年～「仕方ないよね。僕は、オメガなんだもの」虐げられた駿は、わがまま御曹司アルファの伊織に振り回されるうちに変わってゆく～

5

「誰も通すな、と伊織さまはおっしゃっていてね」
「そうですか……」
　駿の表情は曇ったが、すぐに顔を上げて笑顔になった。
　では、と手にした花束を、男に差し出した。
「これを、伊織さまに届けてくださいますか？」
「解った。承ろう」
（いい笑顔だな）
　男もまた、駿の爽やかな魅力を充分に感じ取っていた。
　顔を覚え、名前を覚え、そして。
（伊織さまが、本気で惚れちまうわけだ）
　そう考えて、にやりと笑った。
「予言通りだな」
「予言？」
「伊織さまが、おっしゃったんだよ」

『金曜日の少年だけは、たとえ感染の危険があっても来るだろう』

「伊織さまが、そんなことを……」
　何だか気恥ずかしくなった駿は、ぴょこんとお辞儀をして駆け出した。
　伊織さま、僕のことなら何でもお見通しなんだな。
　柔らかなオレンジ色の、バラの花束。
　病人のために、香りは薄いものを選んでもらった。
「伊織さま、早く元気になってください」
　メールを送ると、返信が負担になる。
　だから、ただ言葉にして風に乗せた。
「伊織さま、早く元気になってください！」
　冷たい12月の風は、駿の温かな言葉を、運んで行った。