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「今夜はどう? 少しだけ、私のマンションに寄っていかないか?」
「ごめんなさい。兄に、10時までに帰れ、って言われてるので」
 今回も仕方なく、一志は車を走らせ希を送った。
 カフェの二階が、希たち兄弟の住まいだ。
 彼が家屋へ入って行くことを確認し、一志はエンジンをかけた。

「まずは、お兄さんを知ること、かな」
 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ
 希の兄にとって、私は有益な人間だ、と刷り込もう。
「そうすれば、自然と希を私の元へ送り込むようになるだろう」
 これはビジネスの駆け引きに、似ている。
 きりりと、口元を引き締めた一志だ。
「確か、彼の趣味はパチンコ、だったな」
 それなら、容易に切り崩すことができそうだ。
 頭の中で計画を、いや、戦略を練りながら、マンションへ帰った。

「ただいま」
 誰もいない、暗い部屋の中に、そう呼びかけてみる。
 返事があるわけがないが、一志の耳には希の声が聞こえていた。

『お帰りなさい』

 彼がそう言って私を出迎えてくれる日は、いつになるだろう。
「なるべく早く、ケリをつけなきゃな」
 ネクタイを解きながら、一志はつぶやいた。
 兄に虐げられているという、希。
 早く救ってあげなければ。
 心は、使命感に燃えていた。


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