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虎はしつけが必要です

4-2 二人目の従者

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『人間、運が悪かったな。奴ならば痛みもなく直ぐに楽にしてやっただろうが、我は貴様らの悲鳴を聴くのが好きなのでな、簡単には殺さんぞ。』

「そうだな、無理矢理ペットにしても忠誠心ってのはどうしても欠けちまうからな、痛みを味わった後にペットになるか、尻尾巻いてひれ伏してペットになるか。選ばせてやるよ。」
『正気か、人間?!ハッハッハ!久しく笑わせてくれるわ!我が仕えるのは邪神様、ただ一人よ!』
「...あいつも最初はそんな事言ってたよな...」
『我と主従の関係を結びたいならば!力を示してみよ!』
「おいおい、本当に良いのか?まだ間に合うぜ?」
『笑わせるな、貴様先程の人間の女子おなごどもより力を持たぬくせに──』

「.........はぁ、《10000倍》」

『なっ?!なんだこの気配は?!人間!貴様一体なにをした!!』

真は疲れたようにため息をついてから鬼虎を見据える。

『ま、待て!待たれよ!どうか先程の無礼は水に流してはくれまいか!!』

鬼虎は恐がる子猫の様に毛を逆立てながら頭を何度も下げて謝罪している。

「まあ、殺しはしねーよ。」

すこしの生きる希望が見えた鬼虎は胸をなで下ろす様に息を吐くと真の顔を見るが次の言葉で全てを砕かれそうになる。

「だけど、お前には危機察知能力というかなんというか、そういうのが動物の本能として足りないんだよなぁ...」
『な──』
「知ってるか?そういう本能の部分は命の危機を感じると鈍ってた部分が覚醒するらしい...まあ、何が言いたいかっていうとだなぁ──お前は少し痛い目を見た方が良い。」

真の瞳の色がすぅと無くなり、鬼虎へと近づく真は近づかれる側からするとまさに脅威と恐怖の何者でもなかった。
逃げろと頭が叫ぶが身体は拘束されたように動かすことが出来なかった。目の前まで真が近付いても鬼虎はなにもする気配がない、逃げることも襲うことも、理由は簡単。
どの様に想像しても全て自分が死ぬ未来にしか繋がらないから、ならばこの人間が言った『殺しはしない』という言葉しか信じることは出来なかった。

真は鬼虎の頭の上へ手を挙げると手の形を手刀に変え、こちらに気付かない者を気付かせる時のように手を下ろす。まるでポンと音がなる様な優しい下ろし方だった、ただ次の瞬間鬼虎の視界は真の顔から真っ暗なものへと一瞬で変わり、ズドン!という音と砂埃が立ち上るのだけが察知できた、そして自分が地中深くに顔を突っ込んでいる事が分かったのはもっと後になってからだった。
魂が抜けるようにシュウと口から息が漏れ、鬼虎はなにも考えることが出来ずにそのまま気を失った。

◆◇◆

自分はあれからどれ程離れた場所へ飛ばされてしまったのか、周りを見れば様々なあの村で建てられた家屋の残骸と自分の仲間が転がっている。しかし、自分が最も愛している者の姿が見えない。かなり飛ばされ、鍛えていない彼女でなかったら動くことも出来ないはずの痛みの中、エリスはその名を血を吐くように呼ぶ。

「──シン...」

飛ばされる前、確かに見た。いや、見てしまった、鬼虎とダークドラゴンに挟まれるように置き去りにされてしまった最愛の人の姿を。あの絶望の中、一人だけ残されて助かる確率は極めて低い、いや最早、隣国を代表する15人の英雄でもなければ不可能だ。
あの場に残ったのが自分だったなら、どうにも出来なかったはずの状況を振り返り、そういった想いが胸を握り潰そうとしている。

「行かなきゃ...」

それでも僅かな希望、SSランク冒険者の自分から一本取ったあの人ならもしかしたら、という何処かで諦めかけた自分を抑え込んでる考えが彼女を動かす。

「......ぐぅっ!」

動こうとすると何処かが折れているのか、激痛という障害が彼女の気を保てなくさせようとしている、まるで身体が、眠ってしまえば楽だ、と囁くように。先程から右目も開かないので、平衡感覚を一瞬奪われる。彼女はそんな時間を稼ごうとしている己の身体に舌打ちした。
自分が止まれば止まるだけあの人の死期は早まるばかりだと言うのに。頭ではそう思っていても身体は悲鳴を上げ続けている。その時、聞いたことのある声がエリスの耳に届いた。

「なんだ、まだ生きていたの。」

こんな状況で他のメンバーも倒れているのに何を言っているんだ、と普段の彼女なら言うだろうが彼女は最早意識が飛びかけ、それどころではなかった。

「し...ん...シン...が...」

こうなれば動けない自分より動ける彼女の方が救出に行ったほうが良いだろうと判断したエリスは切れてしまいそうな意識をなんとか延長させながら祈るように伝えたいことだけ伝える。

「は...やく...た...す...け」
「その様子ではシン様を助けに行くなんて無理ね。」

目の前の彼女は伏した自分を見て怪訝そうにそう言った。

「...?」
「自分の身体を良くご覧なさい。」

アンコウが指を指しているのはエリスの下半身だった。
言われた通り見ると、腰から下が無くなっていた。

…か…」

そして、プツリと彼女の電源は切れた。

◆◇◆

彼女は森を抜け、先来た場所を戻るとそこはもう後の祭りだった。

「終わりましたか、シン様。」
「アンコウか、ああ終わったぞ。そっちは?」
「はい、エリスというあの女はまだ起き上がろうとしてましたので、《幻術》を見せて気絶させております。他のメンバーも全員生きております。」

「ふーん、あそ。」

アンコウはこの一言にブルリと身体を震わせた。

これだ、この態度。

まるで気に留めていないこの態度がアンコウはとても恐怖だった。水槽に入れられて売られている魚を買う気がないのに見られているようなリアルにありそうな光景。初めて目の前の主とあった時もこの様な態度で『殺しとこうか』と言われた時は本当に気が狂いそうだった。いまでも時々、夢で見てしまう。
生きようが生きまいが自分に差し当たりなければ放っておく、それが仲が良くなっていた者でも関係ないという目が必要以上にアンコウを恐がらせる。先程幻術を見せて気絶させた人間の女はそれに打って変わってだった。なにも感じない主のために気を失う寸前まで頑張っていた事を思い出す。
しかし、アンコウはそんな人間の女より前回の主である邪神より、今の主である真のそばを離れたくないと思ってしまっている。その理由は彼女でも分からなかった。
だがそうなるにはどうすれば良いのか彼女はよく知っている、彼が意のままに彼が思う様に働き、彼に気に入られれば良いのだ。いや、もしかしたらアンコウ自身、気に入られたいと思っているのか...

「こいつどうしようか」

突然話しかけられ、ハッと我に戻った。
こいつ、とは恐らく虎が地面に頭を突っ込んでいるという異様な光景を創り出している虎の方の事だろう。

「殺しますか?」
「ふっ、容赦ないなアンコウ。」

まさか、世界一容赦ない人物からその様に言われるとは思わなかった。

「違う違う、全然起きないんだよ。」
「私にお任せ下さい。」

アンコウは身体だけを出している鬼虎の近くまで行くと首根っこを掴んで無理矢理頭を出すと片手に持っていた日傘で尻を叩く。かなりの威力だったのか、鬼虎が悲鳴をあげ、目を覚ました。

「いつまで寝てる気?猫。」

そして首根っこを掴みながら瓦礫に腰を下ろしている真の元まで引きずっていった。


『だ、だずげで...』

その瞬間アンコウの目が鋭くなる。

「...助けて?──頭が高いだろうが。」
「いや、待てアンコウ。助けるも何も、俺は動物は無闇に殺さねぇよ。得に自分に懐いてる可愛いペットは。」
『な、なります!なりますか──』

「と、その前にテスト。」

『テ、テスト?』
「本当に信用できるか、のな。」

わざわざそんな事を言わせなくても今の鬼虎は十分戦意を損失しているため、反抗など絶対にできない。

「これから俺が質問した事に正直に答えれば良い。簡単だろ?」

『(質問に間違った解答を言えば確実に殺される...)』

「じゃあ、一つ目お前のユニークスキルについて説明しろ。」
『私のユニークスキルは全部で三つあります。一つ目は狂気のオーラと言って私より弱い者の戦意を損失させ、気を狂わせるというものです。レベル段階式で1から10まであります。二つ目は蘇生です、死んでから三分以内であればどの様な生物でも自分のレベルを一引き換えに生き返らせることができます。三つ目は変化の一種で人になる事ができます。普通のモンスターや魔物では知能が低い為できません。以上です。』

「死んでから三分以内かぁ...なんか期待ハズレだなぁ」

これを聞いた途端鬼虎は、全身を電気が走った様に身体が震え上がった。

「まああるに越したことはない、か。」

ひとまず自分の生命の危機が去ったことに心から感謝した。

「じゃあ二つ目、これは質問じゃないが、人化してみろ。」
『畏まりました。』

了解の意を示すとアンコウの時同様に足元から徐々に人の姿へと変わっていった。人の姿へと変わった鬼虎の容姿は女性で、鬼虎の時の身体の色動揺に髪の色も赤でサイドにひとつで纏めており、服装は神社でよく見かける巫女の物と似ている。

「これで宜しかったですか?」
「また、メスか...いい加減強そうなオスが欲しいな。おっ!」

真にまじまじと見られている最中ずっと恐怖が表情を塗り潰していた。汗が次から次へと止めどなく出てきて最早上から水をかけられているようだった。

「ほお、胸がある...これは点数高いな。」
「おのれ、猫風情が...」

僅かな生きる道が出来たことに鬼虎の心の中は歓喜で漏れていた。

「じゃあ三つ目な、この質問は答え次第でお前を殺すことになるかもしれないから気をつけろ。」

それは、鬼虎に言い渡された短い死の宣告には充分すぎた。

「この村の人達を殺したのは、お前か?」

確かに、殺したのは鬼虎だ。だがここで本当の事を言って良いのか、言ったら同族を殺されたと言って目の前の人間に殺されるのではないか、まさに苦渋の選択だ。一瞬迷ったが、いや一瞬迷ってしまった事により目の前の人間は明らかに目を細め、隣の日傘を手にした女はいつでも自分を殺しに掛かってくる様にしていると理解出来た。

「...はい、私が、殺しました...」
「...そうか、アンコウ。」
「はい。」

殺されたと悟り、鬼虎が覚悟を決めようとした時だった。

「傘を下ろせ。」
「御意」

つなぎ止められた自分の生命がとても可愛く思えた瞬間だった。肺に溜まっていた空気を出そうとした時にまた死の選択が始まる。

「最期の質問だ。俺に忠誠を誓うペットになるか、ここでお前の生命と一緒にその身体を散らせるか。選べ。」
「ペットになります、いえ是非させて下さい!あなたに絶対の忠義を誓いましょう。」
「そうか、じゃあ。」

そう言って懐からナイフを取り出して指の先を少し切るとそれを鬼虎に突き出した。

「主従の契約だ。」

鬼虎はその血を舐めると肩に熱を覚え、やがて消えていくのを感じた。
そして、アンコウが鬼虎の隣へ来ると片膝をついて主人に敬意を示す、鬼虎もそれを習って並んで敬意を示す。

「よし、じゃあまずは名前だな!鬼虎ディーマンタイガーだから...キコにしよう。嫌か?」
「いえ!有難く頂戴致します!」
「そうか、ではキコよ!俺の名前はシンだ。コイツはお前の先輩暗黒龍ダークドラゴンのアンコウ、仲良くしろよ!アンコウもな!」

「「御意‼」」

「よしよし。」
「シン様、この後のご予定をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「うーん、まず王国には戻れないな。」
「理由をお聞かせ願っても宜しいですか?」
「俺とアンコウは死んだと彼女達に思わせよう。折角ギルドを創ったのに彼女達と合併してしまったせいで俺達の動きが制限されてしまったと思わないか?」
「流石で御座います。私ではそこまで考えが及ばなかった事をお許し下さい。」
「良いよ良いよそれより、確かここから真っ直ぐ行くと『ロンウティ帝国』だっけアンコウ?」
「その様に聞いております。」
「じゃあそっち行くか。異論は?」
「御座いません。」
「同じく。」
「じゃあ帝国行きますか。」
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