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10章 巻き込まれた兄の話
巻き込まれた兄の話
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「現実にいることとその顔、どっちが気になる?」
樹神さんの問いに「とっちも」と答えたら苦笑される。
「んじゃ現実にいることの説明から始めよか。あの戦いの後、片割れとなった神の力がもとに戻ろうと妹ちゃんのとこに飛んでいったんや。そこで無事に力を受け入れ……まあ光る魂的な見た目に慄いてしばらく追いかけっこしたのち、ずっこけた妹ちゃんの身体の中に入っていったんや。下地は出来てたからそこで神様の誕生ってわけ。いやはやあれは今までで一番無様な神誕生の瞬間やろうな。しかも全世界に配信してたってのがホンマ笑える」
間抜けな姿が頭に浮かんでしまう。
「んで完全な電脳世界の神になって色々できるようになったんや。受肉できるようになったり、アンジェラやケイオスが奪って回ってた記憶を元に戻したりとかな」
俺の視線は自然と現実ではもはやシスターですらない工藤さんこと元ヤンに向かう。
工藤さんは微笑む。
「安心してください。どちらのわたしも両立できてますから」
「記憶が戻るってどんな感じですか?」
「選択肢が増えた……ロックがかかってたものが解除されたような感覚ですね。例えば――今の視線、ヤンキーってこと期待して見てきただろ! とかがパッと出てくるようになる感じですね」
期待に沿うものが出てきて大変満足である。
「元ヤンシスターが捗りますね」
頭に抱える工藤さん。
「やっぱり忘れたかった……」
肩を落とす工藤さんを微笑ましくスルーして樹神さんに視線を戻す。
「無事受肉できたようで良かったです。ですが見た目が出来の良すぎるコスプレイヤーになったのは何故です? だいぶ俺の知ってる現実の姿からは美化し過ぎなのではと思ってしまうのですが」
樹神さんは肩をすくめた。
「いやーそれがな、世界中の皆が神様はあの姿って認識しちゃったみたいでな、受肉する際に信仰使うんやけどそういう認識のまま使ったらこうなった。まー見た目以外は特に不都合ないし、まーええか! って感じで保留しとる。他にもドでかい問題があったしなぁ」
そのドでかい問題について訊くべきか逡巡していたら「まー今は野暮やろ」と先手を打たれる。
その言葉と視線が妹が泣き止んだことを示していた。
真っ赤な瞼と潤んだ瞳で妹が顔を向けてくる。
「親はその顔についてなんか文句言ってたか?」
「……ううん。どんな姿になっても娘だって言ってた」
胸を撫で下ろす。自分たちの娘ではないとか言い始めたらどうしようとか考えていたが杞憂だったようだ。あの二人は妹を溺愛しているから考えるまでもなかったのだろうが。
「これで終わりか」
片付けなければならない諸問題はあるにしてもそれは俺の役目ではない。ケイオスを打ち倒し、記憶も戻り、妹は現実世界に帰還を果たした。
この旅館での生活も終わりだろう。
一年。妹が亡くなってからこの一年は長かった。
それも全て終わった。
復学するにしても長い休みは確定している。
どこかに旅行するのもいいだろう。
これを期に免許でも取ってみようか。
「ところがどっこいそうは問屋が卸しませんなぁ」と樹神さんが意地悪な笑みを浮かべる。
「……ドでかい問題ってやつですか?」
「ああいやそっちやない。ここに一人、まだ顔すら出さない不届き者いるとは思わへんか?」
「あのクソ野郎は捕まってて顔出せないとすると……アンジェラのことですか?」
「せや。二度寝かました君と違うて、とっくに起きてるのに寝たフリし続けとるお嬢さんが見当たらへんなぁ」
樹神さんはそう俺に告げた。正確には俺の中に引き籠もったアンジェラへの最後通告だった。
宙に光の粒子が瞬いた。パウダースノーのように細かいそれは俺の身体の上に落ちていく。
妹は俺から離れ、積もっていくのを見守った。
妹が離れたのを見計らったかのように粒子は一際強く煌めいた。
次の瞬間、俺の身体に結構な重みが加わった。
樹神さんが知るよりも少し成長したアンジェラが俺の腹の上に跨っていた。
アンジェラと視線がぶつかる。
緊張した面持ちであり、覚悟を決めた目でもあった。
察す。
気まずさを勢いで乗り越えるつもりだと。
あからさまな作り笑いを拵えて振り返った。
「ご無沙汰しております。ご迷惑おかけしました。それではまたの機会に――」
予想以上の勢いで逃げ帰るつもりだった。
いい根性している。
そういうところは大好きだ。
「あっこら!」
捕まえようとする樹神さん。一目散に逃げ出したいアンジェラ。それよりも早く動いた者がいた。
妹であった。
アンジェラを倒すように抱きつき、アンジェラと俺を下敷きにする。
「生ぎでて良かったぁ~!」
涙鼻水リターンズ。
アンジェラは虚を突かれた顔をしてから取り繕う。
「そんなに喜んでいいの? あたしがいない方が都合良かったでしょうに」
「それでも友達が死んじゃうのは嫌だもん!」
取り繕った笑みは少しばかり気持ちの悪い、本音がだだ漏れな笑みへと移り変わる。たぶん初めて友達と呼ばれたことが嬉しいのだろう。ボッチだからこういう時、どんな顔をしていいのか分からないのだろう。
「も、もう! 仕方ないわね!」
そう言ってアンジェラは妹を抱き締めた。
心温まるシーンである。だが口には出さないが比較的小柄な女性とはいえ二人が全体重を載せるとそれなり苦しかった。
ただそうは問屋が卸さないのが非情な現実である。
樹神さんに捕まったアンジェラは大人組一同と北御門に悲しげ表情で連行されていった。
妹も工藤さん、汐見に俺が復活したことを知らせるための準備をしないととプライベートスペースに移動した。妹はヘッドマウントディスプレイでも被るのだろうかと思っていたら、虚空の中に気だるげに入って移動したのには驚いた。
再びの一人。
いつも誰かしらがいて騒がしかった部屋が静かになる。
そういえば直近の予定が一切なかった。
半年ぶりの完全フリーな日が続く。
明日から何して遊ぼうか。
誰か暇な人いるかな。
なんて夏休みが始まったばかりの子供みたいなことを考えていた。
「一人旅もいいけど、今計画したら慰安旅行になりそうだな」
立ち上がり、窓から外を見る。
空は澄み渡り、陽は高く煌めいていた。
樹神さんの問いに「とっちも」と答えたら苦笑される。
「んじゃ現実にいることの説明から始めよか。あの戦いの後、片割れとなった神の力がもとに戻ろうと妹ちゃんのとこに飛んでいったんや。そこで無事に力を受け入れ……まあ光る魂的な見た目に慄いてしばらく追いかけっこしたのち、ずっこけた妹ちゃんの身体の中に入っていったんや。下地は出来てたからそこで神様の誕生ってわけ。いやはやあれは今までで一番無様な神誕生の瞬間やろうな。しかも全世界に配信してたってのがホンマ笑える」
間抜けな姿が頭に浮かんでしまう。
「んで完全な電脳世界の神になって色々できるようになったんや。受肉できるようになったり、アンジェラやケイオスが奪って回ってた記憶を元に戻したりとかな」
俺の視線は自然と現実ではもはやシスターですらない工藤さんこと元ヤンに向かう。
工藤さんは微笑む。
「安心してください。どちらのわたしも両立できてますから」
「記憶が戻るってどんな感じですか?」
「選択肢が増えた……ロックがかかってたものが解除されたような感覚ですね。例えば――今の視線、ヤンキーってこと期待して見てきただろ! とかがパッと出てくるようになる感じですね」
期待に沿うものが出てきて大変満足である。
「元ヤンシスターが捗りますね」
頭に抱える工藤さん。
「やっぱり忘れたかった……」
肩を落とす工藤さんを微笑ましくスルーして樹神さんに視線を戻す。
「無事受肉できたようで良かったです。ですが見た目が出来の良すぎるコスプレイヤーになったのは何故です? だいぶ俺の知ってる現実の姿からは美化し過ぎなのではと思ってしまうのですが」
樹神さんは肩をすくめた。
「いやーそれがな、世界中の皆が神様はあの姿って認識しちゃったみたいでな、受肉する際に信仰使うんやけどそういう認識のまま使ったらこうなった。まー見た目以外は特に不都合ないし、まーええか! って感じで保留しとる。他にもドでかい問題があったしなぁ」
そのドでかい問題について訊くべきか逡巡していたら「まー今は野暮やろ」と先手を打たれる。
その言葉と視線が妹が泣き止んだことを示していた。
真っ赤な瞼と潤んだ瞳で妹が顔を向けてくる。
「親はその顔についてなんか文句言ってたか?」
「……ううん。どんな姿になっても娘だって言ってた」
胸を撫で下ろす。自分たちの娘ではないとか言い始めたらどうしようとか考えていたが杞憂だったようだ。あの二人は妹を溺愛しているから考えるまでもなかったのだろうが。
「これで終わりか」
片付けなければならない諸問題はあるにしてもそれは俺の役目ではない。ケイオスを打ち倒し、記憶も戻り、妹は現実世界に帰還を果たした。
この旅館での生活も終わりだろう。
一年。妹が亡くなってからこの一年は長かった。
それも全て終わった。
復学するにしても長い休みは確定している。
どこかに旅行するのもいいだろう。
これを期に免許でも取ってみようか。
「ところがどっこいそうは問屋が卸しませんなぁ」と樹神さんが意地悪な笑みを浮かべる。
「……ドでかい問題ってやつですか?」
「ああいやそっちやない。ここに一人、まだ顔すら出さない不届き者いるとは思わへんか?」
「あのクソ野郎は捕まってて顔出せないとすると……アンジェラのことですか?」
「せや。二度寝かました君と違うて、とっくに起きてるのに寝たフリし続けとるお嬢さんが見当たらへんなぁ」
樹神さんはそう俺に告げた。正確には俺の中に引き籠もったアンジェラへの最後通告だった。
宙に光の粒子が瞬いた。パウダースノーのように細かいそれは俺の身体の上に落ちていく。
妹は俺から離れ、積もっていくのを見守った。
妹が離れたのを見計らったかのように粒子は一際強く煌めいた。
次の瞬間、俺の身体に結構な重みが加わった。
樹神さんが知るよりも少し成長したアンジェラが俺の腹の上に跨っていた。
アンジェラと視線がぶつかる。
緊張した面持ちであり、覚悟を決めた目でもあった。
察す。
気まずさを勢いで乗り越えるつもりだと。
あからさまな作り笑いを拵えて振り返った。
「ご無沙汰しております。ご迷惑おかけしました。それではまたの機会に――」
予想以上の勢いで逃げ帰るつもりだった。
いい根性している。
そういうところは大好きだ。
「あっこら!」
捕まえようとする樹神さん。一目散に逃げ出したいアンジェラ。それよりも早く動いた者がいた。
妹であった。
アンジェラを倒すように抱きつき、アンジェラと俺を下敷きにする。
「生ぎでて良かったぁ~!」
涙鼻水リターンズ。
アンジェラは虚を突かれた顔をしてから取り繕う。
「そんなに喜んでいいの? あたしがいない方が都合良かったでしょうに」
「それでも友達が死んじゃうのは嫌だもん!」
取り繕った笑みは少しばかり気持ちの悪い、本音がだだ漏れな笑みへと移り変わる。たぶん初めて友達と呼ばれたことが嬉しいのだろう。ボッチだからこういう時、どんな顔をしていいのか分からないのだろう。
「も、もう! 仕方ないわね!」
そう言ってアンジェラは妹を抱き締めた。
心温まるシーンである。だが口には出さないが比較的小柄な女性とはいえ二人が全体重を載せるとそれなり苦しかった。
ただそうは問屋が卸さないのが非情な現実である。
樹神さんに捕まったアンジェラは大人組一同と北御門に悲しげ表情で連行されていった。
妹も工藤さん、汐見に俺が復活したことを知らせるための準備をしないととプライベートスペースに移動した。妹はヘッドマウントディスプレイでも被るのだろうかと思っていたら、虚空の中に気だるげに入って移動したのには驚いた。
再びの一人。
いつも誰かしらがいて騒がしかった部屋が静かになる。
そういえば直近の予定が一切なかった。
半年ぶりの完全フリーな日が続く。
明日から何して遊ぼうか。
誰か暇な人いるかな。
なんて夏休みが始まったばかりの子供みたいなことを考えていた。
「一人旅もいいけど、今計画したら慰安旅行になりそうだな」
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