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10章 巻き込まれた兄の話
朝日
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理不尽が待つ世界に帰る理由。
考えるまでもない。そんなものはない。
つい先程まで永遠にここに留まろうとしたぐらいだ。
ならどうして外に向かっていたのか。
俺を信じてくれた人の誘いを信じてみたいと思った。
あえて言うならば、それが理由だ。
我ながらちょろい。信じさせるなんて詐欺師の常套手段。でもそれに気持ち良く騙されてみたい。それが心からのものだと賭けたくなった。
「アンジェラ」
影に近付こうとするアンジェラを呼び止める。
「これは俺の問題だ」
アンジェラは肩を竦ませ、一歩引く。
代わりに進み、影の前に、あの頃の俺の前に出る。
陽が逆光となってより闇を際立たせる。
影は言った。
「ここにいればもう傷付かなくて済むじゃないか。どうして帰るつもりなの。そこの女に絆されたなんて言わないでよ」
我ながら可愛げのないクソガキであった。
ただまあ絆されたのは事実である。それをひた隠すなんてこの世界ではできない。大っぴらにして言い負かすことも出来ようがそれは違う気がした。
「正直、疲れたからここで休んでいたいというのは本音だ」
「だったら――!」
「でもそれはそれとしていつまでも休み続けられる身分じゃない。世界を救った身分だっていうのにな。迎えもあった。なら覚悟を決めた方が建設的だろう?」
「覚悟を決めて理不尽に立ち向かう必要なんてないじゃないか」
「誰がいつ理不尽に立ち向かうなんて言った?」
俺は続ける。
「俺は自分の人生を生きることにした。皆の為に犠牲になるのでもなく、誰かのために身を粉にするわけでもなく、自分のやりたいことを見つけて自分自身のために生きる」
影は作った拳を震わせる。
「だったら今まで俺らを苦しめた奴らを殺しに行こう。今ならそれができる力がある」
俺は首を振る。
「やるわけがないだろう」
「どうして!? まさか許したなんて綺麗ごと言わないよな!?」
「言う訳がない。言える訳がない! 今この時でさえも殺したいほど憎んでいる! でもな俺が人を殺したら迷惑をかけるのはあの糞親だけじゃないんだ。……人生を投げ捨てるにはしがらみが出来過ぎた」
情けなさから笑みが出てくる。
「もう一人じゃないんだ、俺は」
影は怒声を張り上げた。
「じゃあ! この身に余る怒りはどこにぶつければいいんだ!」
両手を広げる。
「俺が受け止めてやる」
けれど影は動かない。
「だよな。俺はそういうやつだよな。誰かに責められなきゃ、言い訳ができなきゃ、喧嘩一つできない臆病者だよな。喧嘩を買うか自ら傷つけて慰めるしかできないんだ。昔から」
「口喧嘩したい訳じゃない! 僕が変わりに世界を滅茶苦茶にしてもいいだぞ! さっきはしてやられたけど今ならその対策だってできる!」
ああ、先の戦いはそういうことか。アイツに感謝しなければならないのは癪だ。
「もう思う存分喧嘩しただろ。あの最悪の親友に」
生涯の敵になるか無二の親友になるかの二つに一つの男。
そして、唯一の理解者。
「もう言うほど怒りは残っていないんじゃないか。残りの恨み辛みは……酒飲んで騒いで遊んで時間が解決してくれるのを待とうじゃないか。どうせ人でなくなるんだ。時間だけならいくらでもある」
影は俺に背を向ける。
太陽を見つめて影は小さく言った。
「……大人はずるいな」
「大人だけの特権ってやつだ。ま、もっと早くに知りたかったな」
闇はこちらを見ずに片手を振る。
「傷は血が出て、いつかカサブタになる。だから僕が出てくることはもうない。もうその時みたいだね。もう二度と会わないことを願うよ」
「長い人生だ。また会う日も来るだろう。その時は上手いこと付き合っていこうじゃないか」
陽に照らさた影は霧消した。
返事はなかった。
けれど爽やかな気分であった。
そしてアンジェラが俺の手を取り、再び歩き出す。
ほどなく世界がまどろみに溶けていった。
考えるまでもない。そんなものはない。
つい先程まで永遠にここに留まろうとしたぐらいだ。
ならどうして外に向かっていたのか。
俺を信じてくれた人の誘いを信じてみたいと思った。
あえて言うならば、それが理由だ。
我ながらちょろい。信じさせるなんて詐欺師の常套手段。でもそれに気持ち良く騙されてみたい。それが心からのものだと賭けたくなった。
「アンジェラ」
影に近付こうとするアンジェラを呼び止める。
「これは俺の問題だ」
アンジェラは肩を竦ませ、一歩引く。
代わりに進み、影の前に、あの頃の俺の前に出る。
陽が逆光となってより闇を際立たせる。
影は言った。
「ここにいればもう傷付かなくて済むじゃないか。どうして帰るつもりなの。そこの女に絆されたなんて言わないでよ」
我ながら可愛げのないクソガキであった。
ただまあ絆されたのは事実である。それをひた隠すなんてこの世界ではできない。大っぴらにして言い負かすことも出来ようがそれは違う気がした。
「正直、疲れたからここで休んでいたいというのは本音だ」
「だったら――!」
「でもそれはそれとしていつまでも休み続けられる身分じゃない。世界を救った身分だっていうのにな。迎えもあった。なら覚悟を決めた方が建設的だろう?」
「覚悟を決めて理不尽に立ち向かう必要なんてないじゃないか」
「誰がいつ理不尽に立ち向かうなんて言った?」
俺は続ける。
「俺は自分の人生を生きることにした。皆の為に犠牲になるのでもなく、誰かのために身を粉にするわけでもなく、自分のやりたいことを見つけて自分自身のために生きる」
影は作った拳を震わせる。
「だったら今まで俺らを苦しめた奴らを殺しに行こう。今ならそれができる力がある」
俺は首を振る。
「やるわけがないだろう」
「どうして!? まさか許したなんて綺麗ごと言わないよな!?」
「言う訳がない。言える訳がない! 今この時でさえも殺したいほど憎んでいる! でもな俺が人を殺したら迷惑をかけるのはあの糞親だけじゃないんだ。……人生を投げ捨てるにはしがらみが出来過ぎた」
情けなさから笑みが出てくる。
「もう一人じゃないんだ、俺は」
影は怒声を張り上げた。
「じゃあ! この身に余る怒りはどこにぶつければいいんだ!」
両手を広げる。
「俺が受け止めてやる」
けれど影は動かない。
「だよな。俺はそういうやつだよな。誰かに責められなきゃ、言い訳ができなきゃ、喧嘩一つできない臆病者だよな。喧嘩を買うか自ら傷つけて慰めるしかできないんだ。昔から」
「口喧嘩したい訳じゃない! 僕が変わりに世界を滅茶苦茶にしてもいいだぞ! さっきはしてやられたけど今ならその対策だってできる!」
ああ、先の戦いはそういうことか。アイツに感謝しなければならないのは癪だ。
「もう思う存分喧嘩しただろ。あの最悪の親友に」
生涯の敵になるか無二の親友になるかの二つに一つの男。
そして、唯一の理解者。
「もう言うほど怒りは残っていないんじゃないか。残りの恨み辛みは……酒飲んで騒いで遊んで時間が解決してくれるのを待とうじゃないか。どうせ人でなくなるんだ。時間だけならいくらでもある」
影は俺に背を向ける。
太陽を見つめて影は小さく言った。
「……大人はずるいな」
「大人だけの特権ってやつだ。ま、もっと早くに知りたかったな」
闇はこちらを見ずに片手を振る。
「傷は血が出て、いつかカサブタになる。だから僕が出てくることはもうない。もうその時みたいだね。もう二度と会わないことを願うよ」
「長い人生だ。また会う日も来るだろう。その時は上手いこと付き合っていこうじゃないか」
陽に照らさた影は霧消した。
返事はなかった。
けれど爽やかな気分であった。
そしてアンジェラが俺の手を取り、再び歩き出す。
ほどなく世界がまどろみに溶けていった。
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