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10章 巻き込まれた兄の話
固定された未来
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「……譲渡?」
聞き返す。
「ええ。そのつもりだったの」
「……それは俺の不甲斐なさから諦めたのか」
軽い力で前腕で首を締められる。
「ばか。むしろ貴方が好ましいからそうするつもりだったの。もっと長い時間一緒にいたいと思ったから」
「でもそれは神様を諦める理由にならないだろう」
一瞬の間。
それで意を決したようにアンジェラは語る。「嫌わないでね?」なんて前置きをしてから。
「半分手にした神の力。それはラプラスの悪魔と評するにはおこがましいしいけれど、天気予報程度には信頼できる未来予測を可能にしたの。ワクワクして未来を調べたわ。私が幸せになる方法について。できるだけ不幸な人が減る手段で。いくつか候補はあったわ。ただどれも人類が大幅に減るという問題が付き纏ったの」
そのいくつかをアンジェラは軽く説明を添える。
アンジェラが神となった場合の意図しない管理社会化。
アンジェラ称える信者以外を殺し尽くすカルト宗教化。
力を奪っていった片割れに譲った場合の世界大戦。
どれも確定ではない。足りない情報はいくつもある。だが高い精度であった。バタフライエフェクト足り得る変数はなかったのだ。どうせどの未来も同じならば神になる道を選び、真っ当な神になれるよう足掻くのみだと決意した。
「そんな時に貴方に会ったの。あの祭りになった大会。驚かせてやろうって悪戯心から乱入したわ。まさかやられるなんて思いもしなかったけど。世界を平和に導く変数。私好みの猛る魂。それでいて多くが幸せになれる道。それが目の前に広がったの。ただしそれは神様諦めるのが前提の道」
「それで良かったのか?」
「犠牲者は最小限。それでいて私は幸せになれる。それで良いと言わないのは私の信条からは外れるわ。まあ、一つだけ後悔はあるけど」
「なんだ? 今からでも取り戻せることなら強力は惜しまない」
「ありがとう。でももう取り戻しようがないことかしら」
アンジェラは続ける。
「だって貴方が一番苦労する道に放り込んだことが私の後悔だもの」
俺の理解を手伝うようにアンジェラは紡ぐ。
「妹が神の力を持っていたとしても、比類なき魂の持ち主だとしても、それに世界の命運を預けるなんて真似は普通できない。提案はしてもどこかで邪魔される。あたしはそれを通せるように小細工したの。もちろん全てが計画通りなんていかなかった。村雨なんて一番の想定外だったわ。けどあたしが死ぬのは既定路線。それによって貴方が世界を救う運命に固定されたの。だから悪いのは全てあたし。気に病む必要なんてないわ」
抱きしめた手は一段と強くなった。そこには強い感情が込められている気がした。
「……どうしてわざわざそれを言ったんだ。言わなきゃわからなかっただろう」
「誠意よ。騙し討ちのような真似をして一人全てを手に入れるなんてできないわ」
「これも計算できているんじゃないか」
「計算できたのは言わなきゃ全部を手に入れられたということだけ。言ったらどうなるか予想できなかったわ。色々な情報や感情で確定する未来に導けなかった。もしあたしのことを嫌いになったのなら二度と貴方の前に現れないわ。約束する」
アンジェラの額が俺の背中に当たる。
「――嫌わないでね、なんてどの口が言えたのかしら。こうなることは覚悟してたはずなのに、嫌われても仕方ないことをするのだと覚悟してたはずなのに、なんで保身に走るような言葉が出てきてしまったの。貴方に酷いことしたのに自分だけは傷付くことを恐れてる。醜い。醜い女。ああ、こんな言わなくてもいいことを言って慈悲に縋ろうとしてる。ずるい女。ごめんなさい。あたしの我儘で人生を滅茶苦茶にしてごめんなさい」
全てを知った。
巻き込まれる経緯も、それに伴う想いも。
知った上で俺はある感覚を抱いた。
それは安堵感だった。
聞き返す。
「ええ。そのつもりだったの」
「……それは俺の不甲斐なさから諦めたのか」
軽い力で前腕で首を締められる。
「ばか。むしろ貴方が好ましいからそうするつもりだったの。もっと長い時間一緒にいたいと思ったから」
「でもそれは神様を諦める理由にならないだろう」
一瞬の間。
それで意を決したようにアンジェラは語る。「嫌わないでね?」なんて前置きをしてから。
「半分手にした神の力。それはラプラスの悪魔と評するにはおこがましいしいけれど、天気予報程度には信頼できる未来予測を可能にしたの。ワクワクして未来を調べたわ。私が幸せになる方法について。できるだけ不幸な人が減る手段で。いくつか候補はあったわ。ただどれも人類が大幅に減るという問題が付き纏ったの」
そのいくつかをアンジェラは軽く説明を添える。
アンジェラが神となった場合の意図しない管理社会化。
アンジェラ称える信者以外を殺し尽くすカルト宗教化。
力を奪っていった片割れに譲った場合の世界大戦。
どれも確定ではない。足りない情報はいくつもある。だが高い精度であった。バタフライエフェクト足り得る変数はなかったのだ。どうせどの未来も同じならば神になる道を選び、真っ当な神になれるよう足掻くのみだと決意した。
「そんな時に貴方に会ったの。あの祭りになった大会。驚かせてやろうって悪戯心から乱入したわ。まさかやられるなんて思いもしなかったけど。世界を平和に導く変数。私好みの猛る魂。それでいて多くが幸せになれる道。それが目の前に広がったの。ただしそれは神様諦めるのが前提の道」
「それで良かったのか?」
「犠牲者は最小限。それでいて私は幸せになれる。それで良いと言わないのは私の信条からは外れるわ。まあ、一つだけ後悔はあるけど」
「なんだ? 今からでも取り戻せることなら強力は惜しまない」
「ありがとう。でももう取り戻しようがないことかしら」
アンジェラは続ける。
「だって貴方が一番苦労する道に放り込んだことが私の後悔だもの」
俺の理解を手伝うようにアンジェラは紡ぐ。
「妹が神の力を持っていたとしても、比類なき魂の持ち主だとしても、それに世界の命運を預けるなんて真似は普通できない。提案はしてもどこかで邪魔される。あたしはそれを通せるように小細工したの。もちろん全てが計画通りなんていかなかった。村雨なんて一番の想定外だったわ。けどあたしが死ぬのは既定路線。それによって貴方が世界を救う運命に固定されたの。だから悪いのは全てあたし。気に病む必要なんてないわ」
抱きしめた手は一段と強くなった。そこには強い感情が込められている気がした。
「……どうしてわざわざそれを言ったんだ。言わなきゃわからなかっただろう」
「誠意よ。騙し討ちのような真似をして一人全てを手に入れるなんてできないわ」
「これも計算できているんじゃないか」
「計算できたのは言わなきゃ全部を手に入れられたということだけ。言ったらどうなるか予想できなかったわ。色々な情報や感情で確定する未来に導けなかった。もしあたしのことを嫌いになったのなら二度と貴方の前に現れないわ。約束する」
アンジェラの額が俺の背中に当たる。
「――嫌わないでね、なんてどの口が言えたのかしら。こうなることは覚悟してたはずなのに、嫌われても仕方ないことをするのだと覚悟してたはずなのに、なんで保身に走るような言葉が出てきてしまったの。貴方に酷いことしたのに自分だけは傷付くことを恐れてる。醜い。醜い女。ああ、こんな言わなくてもいいことを言って慈悲に縋ろうとしてる。ずるい女。ごめんなさい。あたしの我儘で人生を滅茶苦茶にしてごめんなさい」
全てを知った。
巻き込まれる経緯も、それに伴う想いも。
知った上で俺はある感覚を抱いた。
それは安堵感だった。
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