221 / 229
10章 巻き込まれた兄の話
夜空の星を見ないで目を瞑る
しおりを挟む
そこは暗かった。
そこは静寂だった。
だが光はあった。
星たちの煌めきが一面に広がる空と地平線まで届く平原が広がっていた。
気づいたらここにいた。
光に呑まれたらここにいた。
ここは天国か地獄か。
天国だとしたら味気無いし、地獄だとしたら平穏過ぎる。ならばどちらでもないここは何処なのだろうか。
そう一瞬考えたが、すぐに放り出した。
ここが何処だろうとなんであろうとどうでもいい。もう疲れた。やるべきことは成した。ならばもう放っておいて欲しい。
去年妹が亡くなってから色々あった。あり過ぎた。それは一学生が背負うには重すぎるもの。唯一の家族だと、理不尽を強要された同士だと思って妹のために頑張ってみたものの、やはりこういうことには向いていないらしい。アンチには何をしても攻められ、世界中に死を望まれた。妹のためだと強がったものの、それを成したらもう強がる理由はない。
もう疲れた。
もとより一度は疲弊し、死を望んだ俺がここまで頑張ったんだ。もういいだろう。妹は「ふざけんな!」とか言うだろうし、命の恩人でもある汐見には悪いと思う。他の人には頭を下げるしかない。
でも、もういいだろう。
もう俺に構わないで欲しい。
雑音で心を乱さないで欲しい。
その点、ここはいたく居心地が良い。
誰もいない。
ただ星空が広がるのみ。
過去の後悔も、今のしがらみも、明日の不安も、突然現れる理不尽も、何も無い。
ひたすら続く平穏。
それは俺が欲し続けたものであった。
――ああ、ここは俺の心の中か。
不意にそう結論付けた。頭で否定しようとも心がそう納得してしまっていた。
アンジェラが以前見せた俺の深層心理。殻に閉じ籠もった影が誰彼構わず傷付ける地獄のような光景。けれどもう殻はない。誰かが殺し合う外の世界はなかった。
これは俺の心が落ち着いたことを指すのだろうか。
そう考えて、鼻で笑った。
そんなわけがない。
もう自分で自分を傷つけることすら疲れた結果、凪のような世界になったのだ。この満天の星空は巨大な殻だ。この果てしない空は傷つきたくないと肥大化した自尊心そのものだ。
外は変わらず争いに満ち溢れ、内心の自由しか与えられない。
だからここに引きこもる。
いつまでも。
間違った世界に付き合う義理はもうない。
寝転び、目を瞑る。
誰も脅かす者がいないこの世界でいつまでも不貞寝しよう。もう元の世界を思い出さないように夢の世界に逃げ込もう。叶うことなら美しく壮大な世界を自由に駆け巡り、伝説に想いを馳せることができる世界が望ましい。
――音がした。
自分以外に誰もいないはずなのに。
足音が聞こえた。
草原を踏みしめる音。
それは俺の頭の近くまで近づき、止まる。
「お寝坊さん。早く起きないとまた上に跨るわよ」
冗談を装った蠱惑的な声。
それは半年前に失ったはずの声だった。
そこは静寂だった。
だが光はあった。
星たちの煌めきが一面に広がる空と地平線まで届く平原が広がっていた。
気づいたらここにいた。
光に呑まれたらここにいた。
ここは天国か地獄か。
天国だとしたら味気無いし、地獄だとしたら平穏過ぎる。ならばどちらでもないここは何処なのだろうか。
そう一瞬考えたが、すぐに放り出した。
ここが何処だろうとなんであろうとどうでもいい。もう疲れた。やるべきことは成した。ならばもう放っておいて欲しい。
去年妹が亡くなってから色々あった。あり過ぎた。それは一学生が背負うには重すぎるもの。唯一の家族だと、理不尽を強要された同士だと思って妹のために頑張ってみたものの、やはりこういうことには向いていないらしい。アンチには何をしても攻められ、世界中に死を望まれた。妹のためだと強がったものの、それを成したらもう強がる理由はない。
もう疲れた。
もとより一度は疲弊し、死を望んだ俺がここまで頑張ったんだ。もういいだろう。妹は「ふざけんな!」とか言うだろうし、命の恩人でもある汐見には悪いと思う。他の人には頭を下げるしかない。
でも、もういいだろう。
もう俺に構わないで欲しい。
雑音で心を乱さないで欲しい。
その点、ここはいたく居心地が良い。
誰もいない。
ただ星空が広がるのみ。
過去の後悔も、今のしがらみも、明日の不安も、突然現れる理不尽も、何も無い。
ひたすら続く平穏。
それは俺が欲し続けたものであった。
――ああ、ここは俺の心の中か。
不意にそう結論付けた。頭で否定しようとも心がそう納得してしまっていた。
アンジェラが以前見せた俺の深層心理。殻に閉じ籠もった影が誰彼構わず傷付ける地獄のような光景。けれどもう殻はない。誰かが殺し合う外の世界はなかった。
これは俺の心が落ち着いたことを指すのだろうか。
そう考えて、鼻で笑った。
そんなわけがない。
もう自分で自分を傷つけることすら疲れた結果、凪のような世界になったのだ。この満天の星空は巨大な殻だ。この果てしない空は傷つきたくないと肥大化した自尊心そのものだ。
外は変わらず争いに満ち溢れ、内心の自由しか与えられない。
だからここに引きこもる。
いつまでも。
間違った世界に付き合う義理はもうない。
寝転び、目を瞑る。
誰も脅かす者がいないこの世界でいつまでも不貞寝しよう。もう元の世界を思い出さないように夢の世界に逃げ込もう。叶うことなら美しく壮大な世界を自由に駆け巡り、伝説に想いを馳せることができる世界が望ましい。
――音がした。
自分以外に誰もいないはずなのに。
足音が聞こえた。
草原を踏みしめる音。
それは俺の頭の近くまで近づき、止まる。
「お寝坊さん。早く起きないとまた上に跨るわよ」
冗談を装った蠱惑的な声。
それは半年前に失ったはずの声だった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説


高校からの帰り道、錬金術が使えるようになりました。
マーチ・メイ
ファンタジー
女子校に通う高校2年生の橘優奈は学校からの帰り道、突然『【職業】錬金術師になりました』と声が聞こえた。
空耳かと思い家に入り試しにステータスオープンと唱えるとステータスが表示された。
しばらく高校生活を楽しみつつ家で錬金術を試してみることに 。
すると今度はダンジョンが出現して知らない外国の人の名前が称号欄に現れた。
緩やかに日常に溶け込んでいく黎明期メインのダンジョン物です。
小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。
雨上がりに僕らは駆けていく Part1
平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」
そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。
明日は来る
誰もが、そう思っていた。
ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。
風は時の流れに身を任せていた。
時は風の音の中に流れていた。
空は青く、どこまでも広かった。
それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで
世界が滅ぶのは、運命だった。
それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。
未来。
——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。
けれども、その「時間」は来なかった。
秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。
明日へと流れる「空」を、越えて。
あの日から、決して止むことがない雨が降った。
隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。
その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。
明けることのない夜を、もたらしたのだ。
もう、空を飛ぶ鳥はいない。
翼を広げられる場所はない。
「未来」は、手の届かないところまで消え去った。
ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。
…けれども「今日」は、まだ残されていた。
それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。
1995年、——1月。
世界の運命が揺らいだ、あの場所で。
異聞・鎮西八郎為朝伝 ― 日本史上最強の武将・源為朝は、なんと九尾の狐・玉藻前の息子であった!
Evelyn
歴史・時代
源氏の嫡流・源為義と美貌の白拍子の間に生まれた八郎為朝は、史記や三国志に描かれた項羽、呂布や関羽をも凌ぐ無敵の武将! その生い立ちと生涯は?
鳥羽院の寵姫となった母に捨てられ、父に疎まれながらも、誠実無比の傅役・重季、若き日の法然上人や崇徳院、更には信頼できる仲間らとの出会いを通じて逞しく成長。
京の都での大暴れの末に源家を勘当されるが、そんな逆境はふふんと笑い飛ばし、放逐された地・九州を平らげ、威勢を轟かす。
やがて保元の乱が勃発。古今無類の武勇を示すも、不運な敗戦を経て尚のこと心機一転。
英雄神さながらに自らを奮い立て、この世を乱す元凶である母・玉藻、実はあまたの国々を滅ぼした伝説の大妖・九尾の狐との最後の対決に挑む。
平安最末期、激動の時代を舞台に、清盛、義朝をはじめ、天皇、上皇、著名な公卿や武士、高僧など歴史上の重要人物も多数登場。
海賊衆や陰陽師も入り乱れ、絢爛豪華な冒険に満ちた半生記です。
もちろん鬼若(誰でしょう?)、時葉(これも誰? 実は史上の有名人!)、白縫姫など、豪傑、美女も続々現れますよ。
お楽しみに 😄
女神様の使い、5歳からやってます
めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。
「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」
女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに?
優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕!
基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。
戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜
古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。
かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。
その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。
ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。
BLoveさんに先行書き溜め。
なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

強奪系触手おじさん
兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる