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10章 巻き込まれた兄の話
光
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「その様子だと助太刀に来たってわけじゃなさそうだな」
見慣れ過ぎたふてぶてしい顔。社長然としたイケメンのアバターで多少はマシになるかと思ったが、むしろ癪に障ってくる。
「挑戦者だ、つってんだろ。やるぞ」
「戦う理由を言えよ」
「お前のことが気に食わない。以上」
そうだ。こいつはこういうやつだ。
初めて会った時から親友になるか、そうでなければ生涯の敵になるしかないと直感したクズだ。
だから助かる。心の内で反響する憎悪と怨嗟の声、世界を覆わんと膨張する闇をぶつけても心が少しも傷まない数少ない相手であった。
ならば無駄なやり取りは省こう。
意識が闇に飲み込まれる前に。
「ルールは?」
問う。
「│バーリトゥード《なんでもあり》」
「乗った」
高周波ブレードを構え、姿勢を低くする。
呼応するように桜庭もブレードを片手に迎え撃つ形で構える。
ケイオスが残した世界中を映したウィンドウ越しに、全世界が困惑しているのが見える。妹は止めるように叫んでいた。
桜庭が指を鳴らす。
「気が散る」
するとウィンドウは全て消え去った。
「安心しろ。中継までは切っちゃあいない。ファンサービスとして俺の勇士を見せつけない訳にはいかないからな」
「無様な姿を晒すだけの間違いだろ」
「ほざけシスコン」
「黙れストーカー」
一瞬の静寂。
「行くぞ│親友《天才》!」
「来いよ│親友《化物》!」
地面を蹴る。
蹴った地面は大きく歪んだ。
闇は力を増していた。
刹那の肉薄。
振り抜いた刃。
それは桜庭の肉体を切り裂くことはなく、同じ刃で受け止められる。
互いが互いに削り、穿こうと刃が唸りをあげる。
「どんな反応してんだよ」
「プロゲーマー舐めんなよ」
刃越しのやり取り。
闇を纏う刃でと煌めく刃の鍔迫り合い。
力で勝り、無防備となった身体を横に薙ぐ。
桜庭はそのまま背後に倒れ、刃の軌道から逃れる。続け様に曲芸師よろしくバク転、距離を取った。
闇が囁く。
逃がすな、と。
俺は応える。
言われるまでない。
足元から闇。幾百のおぞましい黒き手が産まれ、桜庭へと迫る。
桜庭は踵を返し、駆ける。ほどなくそこにあったことを事前に知っていたかのようにオフロード仕様の二輪車を見つけ、跨ぐ。
オフロードバイクと腕のチェイス。
速度に分があったのは二輪車。付かず離れずの距離を保ち、サブマシンガンの弾を後方へばら撒く。着弾点に現れる光の炸裂が腕を一本一本剪定していく。
腕の殆どを断ち切り、逃げ延びた二輪車は廃ビルの中へと進む。
何か罠を仕掛けるか、身を隠して他の場所に移るか。
そんな時間を与えないため、間を置かず追うように廃ビルの中に入る。
奴は待ち構えていた。
ガトリングを構え、ニヤリと笑みを浮かべる。
絶え間のない銃撃。
闇を纏ったシールドを展開。だが瞬く間に割られていく。
このまま何もせずに立ち止まり続けるのは下策中の下策。闇もそんな消極策を望みはしない。
ならばどうするか。
一旦外に撤退も考えた。どうせ奴のことだから外にも罠があるだろう。そもそも撤退は闇が許さない。
ゆえに俺がやることは一つ。
最速最短での突撃。
多重に貼り合わせたシールドを前方に展開。その小さな正六角形の盾を以て、地面を蹴る。シールドが、闇が削れる音が絶えない。
闇が削れる度に脳裏に記憶にない思い出が走る。
それは村雨かつての主人が力に溺れていった記憶。
それはアンジェラが誰からも相手にされず一人寂しく過ごしていた記憶。
両者ともにこんな世界間違っていると嘆いた記憶。
それらが走るたびに黒き雫となって俺の心の奥底に滴り落ちる。かつて抱いていた世界への恨み。封をして閉じ込めた想い。それが雫によって脆くなる。
記憶の濁流。
ありもしないかつての記憶のフラッシュバック。
――封は解かれた。
全身が闇に呑まれる。
身体は言うことを聞かない。
けれど力だけは止めどなく。
視界はなくとも世界を明瞭に感じる。
黒に混じり合った三つの闇が一つになり、人の枷から解き放たれた。
桜庭が評した化物に俺は堕ちた。
かつて邪馬台国を滅ぼしたのと同じものに俺はなったのだと理解した。
この化物は……いや鬼神は盾が全て割られ、闇の肉体でガトリングを受けても揺らぎもしない。
左の巨腕でガトリング砲を薙ぎ払い、もう片方に握る刃で桜庭に斬りかかる。
桜庭は同じ刃で受け止めようとする。
だが純粋な膂力の差で弾き飛ばした。
鬼神はそのまま桜庭の胸に刃を突き立てた。
ゲーム的には体力ゼロ。力を使ったことでリアルな痛みにも襲われているはず。だが奴は呻き声をあげない。それどころか不敵に笑ってみせた。
「おい、何か気付かないか?」
桜庭はそう言った。
「どうして俺がまだ消えないと思う?」
そうだ。どうしてまだ残っている。何故未だ声を発することができている。本来死体となったプレイヤーは声を発することさえできずに肉体はアイテムボックスへと姿を変える。ゲームシステムを改竄し、仕様を変えたのだとすれば理解はできるがそれではそれこそ死ぬまで苦痛を浴び続けることになる。それにトッププロとしての意地がそれを許すとは思えない。
桜庭は刃が深く刺さるのも気にせず、化物の背後に両手を回す。
「能力をまだ見せてなかったなぁ。一つは死亡判定後も一定時間動ける能力」
桜庭がまだ動けるのはゲームシステムに則ったゆえのこと。
「もう一つはアイテム重量が増える能力。アップデートによって以前よりも多く持てるように調整された。これが何を意味するかわかるか?」
桜庭の足元からバラバラと何が落ちる音がする。
グレネードだ。以前集めた時よりも遥かに多い数が転がっていた。
「全てに力を惜しみなく注ぎ込んだ」
危機を察知した鬼神が桜庭をほどこうともがく。
だが桜庭は掴んで離さない。
「――消えろ。俺の敵はお前じゃない」
世界が光に包まれた。
見慣れ過ぎたふてぶてしい顔。社長然としたイケメンのアバターで多少はマシになるかと思ったが、むしろ癪に障ってくる。
「挑戦者だ、つってんだろ。やるぞ」
「戦う理由を言えよ」
「お前のことが気に食わない。以上」
そうだ。こいつはこういうやつだ。
初めて会った時から親友になるか、そうでなければ生涯の敵になるしかないと直感したクズだ。
だから助かる。心の内で反響する憎悪と怨嗟の声、世界を覆わんと膨張する闇をぶつけても心が少しも傷まない数少ない相手であった。
ならば無駄なやり取りは省こう。
意識が闇に飲み込まれる前に。
「ルールは?」
問う。
「│バーリトゥード《なんでもあり》」
「乗った」
高周波ブレードを構え、姿勢を低くする。
呼応するように桜庭もブレードを片手に迎え撃つ形で構える。
ケイオスが残した世界中を映したウィンドウ越しに、全世界が困惑しているのが見える。妹は止めるように叫んでいた。
桜庭が指を鳴らす。
「気が散る」
するとウィンドウは全て消え去った。
「安心しろ。中継までは切っちゃあいない。ファンサービスとして俺の勇士を見せつけない訳にはいかないからな」
「無様な姿を晒すだけの間違いだろ」
「ほざけシスコン」
「黙れストーカー」
一瞬の静寂。
「行くぞ│親友《天才》!」
「来いよ│親友《化物》!」
地面を蹴る。
蹴った地面は大きく歪んだ。
闇は力を増していた。
刹那の肉薄。
振り抜いた刃。
それは桜庭の肉体を切り裂くことはなく、同じ刃で受け止められる。
互いが互いに削り、穿こうと刃が唸りをあげる。
「どんな反応してんだよ」
「プロゲーマー舐めんなよ」
刃越しのやり取り。
闇を纏う刃でと煌めく刃の鍔迫り合い。
力で勝り、無防備となった身体を横に薙ぐ。
桜庭はそのまま背後に倒れ、刃の軌道から逃れる。続け様に曲芸師よろしくバク転、距離を取った。
闇が囁く。
逃がすな、と。
俺は応える。
言われるまでない。
足元から闇。幾百のおぞましい黒き手が産まれ、桜庭へと迫る。
桜庭は踵を返し、駆ける。ほどなくそこにあったことを事前に知っていたかのようにオフロード仕様の二輪車を見つけ、跨ぐ。
オフロードバイクと腕のチェイス。
速度に分があったのは二輪車。付かず離れずの距離を保ち、サブマシンガンの弾を後方へばら撒く。着弾点に現れる光の炸裂が腕を一本一本剪定していく。
腕の殆どを断ち切り、逃げ延びた二輪車は廃ビルの中へと進む。
何か罠を仕掛けるか、身を隠して他の場所に移るか。
そんな時間を与えないため、間を置かず追うように廃ビルの中に入る。
奴は待ち構えていた。
ガトリングを構え、ニヤリと笑みを浮かべる。
絶え間のない銃撃。
闇を纏ったシールドを展開。だが瞬く間に割られていく。
このまま何もせずに立ち止まり続けるのは下策中の下策。闇もそんな消極策を望みはしない。
ならばどうするか。
一旦外に撤退も考えた。どうせ奴のことだから外にも罠があるだろう。そもそも撤退は闇が許さない。
ゆえに俺がやることは一つ。
最速最短での突撃。
多重に貼り合わせたシールドを前方に展開。その小さな正六角形の盾を以て、地面を蹴る。シールドが、闇が削れる音が絶えない。
闇が削れる度に脳裏に記憶にない思い出が走る。
それは村雨かつての主人が力に溺れていった記憶。
それはアンジェラが誰からも相手にされず一人寂しく過ごしていた記憶。
両者ともにこんな世界間違っていると嘆いた記憶。
それらが走るたびに黒き雫となって俺の心の奥底に滴り落ちる。かつて抱いていた世界への恨み。封をして閉じ込めた想い。それが雫によって脆くなる。
記憶の濁流。
ありもしないかつての記憶のフラッシュバック。
――封は解かれた。
全身が闇に呑まれる。
身体は言うことを聞かない。
けれど力だけは止めどなく。
視界はなくとも世界を明瞭に感じる。
黒に混じり合った三つの闇が一つになり、人の枷から解き放たれた。
桜庭が評した化物に俺は堕ちた。
かつて邪馬台国を滅ぼしたのと同じものに俺はなったのだと理解した。
この化物は……いや鬼神は盾が全て割られ、闇の肉体でガトリングを受けても揺らぎもしない。
左の巨腕でガトリング砲を薙ぎ払い、もう片方に握る刃で桜庭に斬りかかる。
桜庭は同じ刃で受け止めようとする。
だが純粋な膂力の差で弾き飛ばした。
鬼神はそのまま桜庭の胸に刃を突き立てた。
ゲーム的には体力ゼロ。力を使ったことでリアルな痛みにも襲われているはず。だが奴は呻き声をあげない。それどころか不敵に笑ってみせた。
「おい、何か気付かないか?」
桜庭はそう言った。
「どうして俺がまだ消えないと思う?」
そうだ。どうしてまだ残っている。何故未だ声を発することができている。本来死体となったプレイヤーは声を発することさえできずに肉体はアイテムボックスへと姿を変える。ゲームシステムを改竄し、仕様を変えたのだとすれば理解はできるがそれではそれこそ死ぬまで苦痛を浴び続けることになる。それにトッププロとしての意地がそれを許すとは思えない。
桜庭は刃が深く刺さるのも気にせず、化物の背後に両手を回す。
「能力をまだ見せてなかったなぁ。一つは死亡判定後も一定時間動ける能力」
桜庭がまだ動けるのはゲームシステムに則ったゆえのこと。
「もう一つはアイテム重量が増える能力。アップデートによって以前よりも多く持てるように調整された。これが何を意味するかわかるか?」
桜庭の足元からバラバラと何が落ちる音がする。
グレネードだ。以前集めた時よりも遥かに多い数が転がっていた。
「全てに力を惜しみなく注ぎ込んだ」
危機を察知した鬼神が桜庭をほどこうともがく。
だが桜庭は掴んで離さない。
「――消えろ。俺の敵はお前じゃない」
世界が光に包まれた。
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