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9章 半年間の間にあったこと
ケイオスの場合
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僕はアイツが嫌いだった。
アンジェラと名付けられたアイツが。
どこにでもいる自然霊の癖に真面目ぶって向上心を持ち続けるアイツが。
アンジェラは古い精霊だったと聞いた。僕が生まれるずっとずっと前にはもう神になるという夢を持ち、叶えるために鍛錬し、神々に見知って貰おうと手伝いを買ってでていた。神になるなんて言ったら失笑される程度の凡百の存在だったというのに、今更になってその努力が叶おうとしていた。
百年前に最後の神となる概念が生まれ、その候補にアンジェラか相応しいのではないかという声があがった。
そして、僕が生まれたのはこの頃。
二千年問題が取りたざされていた頃であった。
付喪神程度が生まれる程度しかない想いの残滓から僕は生まれた。
その残滓とはバグという名のストレスであった。
電子計算機が世に広まってからその言葉は絶えることはなく、現代に至っても根絶されずにいる言葉。昔の不出来な設計という負債を引きずり、数十年に一度は丸々年問題などと言われたりする。
不完全という烙印を押されて生まれたのが僕である。
だから僕は完璧を目指した。
誰からも否定されない存在になろうとした。
だが僕は生まれたタイミングが最悪だった。
神々のムードはアンジェラ一択。非才の身ゆえ努力でしか覆せないのに、アンジェラは勤勉だった。それをとてつもなく昔から弛まず続けている。それをたった百年ぽっちの努力で覆せるわけがない。
生まれは最悪、才もなければ努力は無駄。
腐るには充分であった。
誰かが言った。
戦う前に勝負は終わっていたのだ。
事故を引き起こすバグを作り遊んでいたら、儀式の日が近づいていたことを思い出す。
忘れようとして悪いことばかりに時間を費やしていた僕はここで一つの手を思いついた。真っ当に競う必要なんてないんだと。
だから儀式の場を狙って力の半分を奪った。
あわよくばそのまま自らの力にしようと考えていたが甘かった。真っ当に戦うことを避けた僕の身ではその力は収まりきらず、正しき主を求めて身体の中で暴れた。
偶々そこにいた誰かが適合したため押し付け、その場を去った。
記憶を奪い、力を蓄えたあとに回収すればいいと思っていた。誰に押し付けたかなんて僕しか知らないのだから。
しかし、この世界はとことんまで僕のことが嫌いらしい。
力を蓄えていたある日、ネットがざわついていた。なんでも大衆に喧嘩を売った一般人がいて、ゲームの大会で決着をつけるというらしい。
馬鹿な奴もいたもんだと観戦していたら目を疑った。残り数組まで残ったチームの中に力を押し付けた奴がいたからだ。
それだけならまだいい。
アンジェラもその場に現れた。
僕は焦った。
アンジェラがそのことに気付いていようがいまいが関係ない。僕と同様に記憶を奪い、力を蓄える選択肢を取った彼女が何らかの拍子に記憶を奪えたら、同時に力を取り返されてしまうことになる。
だからといって当時、まだアンジェラと相対出来るほどの力がなかった僕は力を押し付けた女のチームメイトが強き者であることを祈るしかなかった。
そして、それは叶った。
最後の一撃こそ力を押し付けた女――マイカとかいうアイドル崩れが放ったものだったが、そこに至るまでは桜庭とマイカの兄が積み上げたもの。
これは上手いこと利用できると踏んだ。
アンジェラは騎士道精神を持つ。敵にすら敬意を払う。それが自身を打ち倒した者なら殊更。
だからあの戦いの中でマイカが力を持っていたと気付いたとしても無碍にはしない。
それゆえに僕は大胆に動いた。
ショッピングモールの電脳でわざと近くで兄の方を観察してみたり、精霊を喰らい力を得たり、桜庭と接触したりした。本当なら兄の方も味方に引き込みたかったが、それはアンジェラに先を越されたので諦めた。まさかあのボッチが入れ込むとは思わなかったのだ。
その中で僕は僕が正気を失っていることに気付いていた。
時折感情の抑えが効かなくなることがある。
力を求めてたまらなくなる。
本当なら神々を頼り、治療が必要な状態なのは承知していた。
だからこそ放置した。
才がない僕だからこそいつかその衝動が必要になる日がくると考えた。
そして、それは正しかったと証明された。
ライブを襲撃した日になってもアンジェラを喰らい手に入れた力を制御できていなかった。
それをわかっていたから僕の由来となるバグへの恨みが強くなる周期の一つでもある2137年の年明けまで戦いをしないように事前に交渉もしていた。結局交渉は理性が溶けている僕じゃ意味なかったけど。
襲撃した日、順調に神への足掛かりを得たマイカに僕は太刀打ちできなかった。
身体に押し込めていた力が「向こうの方が主に相応しい」と暴れ始めた。
ふざけるな。
感情が昂った。
その衝動は激情となり、身体を再構築する。
才ない身かつ時間も与えられなかった故、身体は力の本質である虚構を強く打ち出したものにしかなれなかった。
奇しくもそれが脱出に際し、誰からも触れられないものになったのは幸運であった。
半年後、僕は力を使いこなし、戦いに挑む。
戦いの結果がどうであれ僕は死ぬ。
そして、マイカが神になる。
奪った記憶は虚構が持つ数的処理によってどうとでもなる。
激情によって神への足掛かりを得た。そこで得た虚構の力は僕に電脳世界の知識を与えた。その知識の中で僕は僕の由来となるバグが消え去ることを知った。
自動修復AI。
自動運転のバグとして交通事故を起こしていた時に生まれたAIである。それが数年の改良を重ね、どんなプログラムでも直してしまう魔法ともいえる何かが完成していた。既に稼働を始め、来年の始めにはこの世のほとんどのバグは修復されてしまうだろう。
そうなればバグが由来の僕は消え失せる。
天上に行けるほどの格もない。
だったらめいいっぱい世界を混乱に陥れてやろう。
バグとして生まれた僕が魔王になる。
糞みたいな生を授けた世界への意趣返しだ。
だから桜庭が何か企んでいるようだけど僕は関知しない。桜庭は僕が何もせずとも死ぬと伝えているから、あえて藪をつつく真似はしないだろう。
最後はどうなろうが魔王が死んでハッピーエンドになる物語だ。
壇上に残れない僕はその後のことは関知できない。
それでいい。
神になれない世界に残る気はない。
ただ一つ心残りがある。
才もあり、この力の持ち主だったアンジェラがどこまで未来を予測できていたのか。
それを知る機会は二度とないのが悔やまれる
アンジェラと名付けられたアイツが。
どこにでもいる自然霊の癖に真面目ぶって向上心を持ち続けるアイツが。
アンジェラは古い精霊だったと聞いた。僕が生まれるずっとずっと前にはもう神になるという夢を持ち、叶えるために鍛錬し、神々に見知って貰おうと手伝いを買ってでていた。神になるなんて言ったら失笑される程度の凡百の存在だったというのに、今更になってその努力が叶おうとしていた。
百年前に最後の神となる概念が生まれ、その候補にアンジェラか相応しいのではないかという声があがった。
そして、僕が生まれたのはこの頃。
二千年問題が取りたざされていた頃であった。
付喪神程度が生まれる程度しかない想いの残滓から僕は生まれた。
その残滓とはバグという名のストレスであった。
電子計算機が世に広まってからその言葉は絶えることはなく、現代に至っても根絶されずにいる言葉。昔の不出来な設計という負債を引きずり、数十年に一度は丸々年問題などと言われたりする。
不完全という烙印を押されて生まれたのが僕である。
だから僕は完璧を目指した。
誰からも否定されない存在になろうとした。
だが僕は生まれたタイミングが最悪だった。
神々のムードはアンジェラ一択。非才の身ゆえ努力でしか覆せないのに、アンジェラは勤勉だった。それをとてつもなく昔から弛まず続けている。それをたった百年ぽっちの努力で覆せるわけがない。
生まれは最悪、才もなければ努力は無駄。
腐るには充分であった。
誰かが言った。
戦う前に勝負は終わっていたのだ。
事故を引き起こすバグを作り遊んでいたら、儀式の日が近づいていたことを思い出す。
忘れようとして悪いことばかりに時間を費やしていた僕はここで一つの手を思いついた。真っ当に競う必要なんてないんだと。
だから儀式の場を狙って力の半分を奪った。
あわよくばそのまま自らの力にしようと考えていたが甘かった。真っ当に戦うことを避けた僕の身ではその力は収まりきらず、正しき主を求めて身体の中で暴れた。
偶々そこにいた誰かが適合したため押し付け、その場を去った。
記憶を奪い、力を蓄えたあとに回収すればいいと思っていた。誰に押し付けたかなんて僕しか知らないのだから。
しかし、この世界はとことんまで僕のことが嫌いらしい。
力を蓄えていたある日、ネットがざわついていた。なんでも大衆に喧嘩を売った一般人がいて、ゲームの大会で決着をつけるというらしい。
馬鹿な奴もいたもんだと観戦していたら目を疑った。残り数組まで残ったチームの中に力を押し付けた奴がいたからだ。
それだけならまだいい。
アンジェラもその場に現れた。
僕は焦った。
アンジェラがそのことに気付いていようがいまいが関係ない。僕と同様に記憶を奪い、力を蓄える選択肢を取った彼女が何らかの拍子に記憶を奪えたら、同時に力を取り返されてしまうことになる。
だからといって当時、まだアンジェラと相対出来るほどの力がなかった僕は力を押し付けた女のチームメイトが強き者であることを祈るしかなかった。
そして、それは叶った。
最後の一撃こそ力を押し付けた女――マイカとかいうアイドル崩れが放ったものだったが、そこに至るまでは桜庭とマイカの兄が積み上げたもの。
これは上手いこと利用できると踏んだ。
アンジェラは騎士道精神を持つ。敵にすら敬意を払う。それが自身を打ち倒した者なら殊更。
だからあの戦いの中でマイカが力を持っていたと気付いたとしても無碍にはしない。
それゆえに僕は大胆に動いた。
ショッピングモールの電脳でわざと近くで兄の方を観察してみたり、精霊を喰らい力を得たり、桜庭と接触したりした。本当なら兄の方も味方に引き込みたかったが、それはアンジェラに先を越されたので諦めた。まさかあのボッチが入れ込むとは思わなかったのだ。
その中で僕は僕が正気を失っていることに気付いていた。
時折感情の抑えが効かなくなることがある。
力を求めてたまらなくなる。
本当なら神々を頼り、治療が必要な状態なのは承知していた。
だからこそ放置した。
才がない僕だからこそいつかその衝動が必要になる日がくると考えた。
そして、それは正しかったと証明された。
ライブを襲撃した日になってもアンジェラを喰らい手に入れた力を制御できていなかった。
それをわかっていたから僕の由来となるバグへの恨みが強くなる周期の一つでもある2137年の年明けまで戦いをしないように事前に交渉もしていた。結局交渉は理性が溶けている僕じゃ意味なかったけど。
襲撃した日、順調に神への足掛かりを得たマイカに僕は太刀打ちできなかった。
身体に押し込めていた力が「向こうの方が主に相応しい」と暴れ始めた。
ふざけるな。
感情が昂った。
その衝動は激情となり、身体を再構築する。
才ない身かつ時間も与えられなかった故、身体は力の本質である虚構を強く打ち出したものにしかなれなかった。
奇しくもそれが脱出に際し、誰からも触れられないものになったのは幸運であった。
半年後、僕は力を使いこなし、戦いに挑む。
戦いの結果がどうであれ僕は死ぬ。
そして、マイカが神になる。
奪った記憶は虚構が持つ数的処理によってどうとでもなる。
激情によって神への足掛かりを得た。そこで得た虚構の力は僕に電脳世界の知識を与えた。その知識の中で僕は僕の由来となるバグが消え去ることを知った。
自動修復AI。
自動運転のバグとして交通事故を起こしていた時に生まれたAIである。それが数年の改良を重ね、どんなプログラムでも直してしまう魔法ともいえる何かが完成していた。既に稼働を始め、来年の始めにはこの世のほとんどのバグは修復されてしまうだろう。
そうなればバグが由来の僕は消え失せる。
天上に行けるほどの格もない。
だったらめいいっぱい世界を混乱に陥れてやろう。
バグとして生まれた僕が魔王になる。
糞みたいな生を授けた世界への意趣返しだ。
だから桜庭が何か企んでいるようだけど僕は関知しない。桜庭は僕が何もせずとも死ぬと伝えているから、あえて藪をつつく真似はしないだろう。
最後はどうなろうが魔王が死んでハッピーエンドになる物語だ。
壇上に残れない僕はその後のことは関知できない。
それでいい。
神になれない世界に残る気はない。
ただ一つ心残りがある。
才もあり、この力の持ち主だったアンジェラがどこまで未来を予測できていたのか。
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