妹、電脳世界の神になる〜転生して神に至る物語に巻き込まれた兄の話〜

宮比岩斗

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9章 半年間の間にあったこと

樹神さんの場合

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 アカン。

 もうひたすらにアカン。

 なにがアカンかって語彙力が消失するぐらいに疲れたことや。

 あのライブ襲撃事件から早一ヶ月が経った。あの直後からアマテラス様顔負けの引き篭もりどもに代わりにメディア対応やらなんやらをぜーんぶ引き受ける羽目になった。忙し過ぎて「何から何まで放り出して天上に行ったろか!」と切れ散らかしたことは一度や二度では済まない。その度に色んな人もしくは妖怪たちがご機嫌取りにやってきた。当の引き篭もりたちは名代を送り付けてくるばかりで本人が来なかったのも苛立ちポイントやった。

 とはいえ未来の後輩が血反吐を吐く勢いで頑張っているのに先輩が逃げ出すわけにはいかず、ズルズルと頑張り続けた。引き籠りどもの代わりに頑張り続けた。

 おかげさまで今では「地上に残った数少ない慈悲深い神様」とか「関西弁がチャームポイントの女神様!」とか呼ばれるようなった。天樹会も入信申し込みがぎょうさん来とるらしい。

 まったくもってアホくさい。

 本当は解散したいのにどうしてこうなった。

 ハッとする。

「だからみんなして引き篭っとったんか!」

 そんな叫びに反応を示したのは宮内庁から来ている西野であった。

「樹神様だけですよ。気付いてなかったの。こちらとしては大助かりでしたけど」

「はぁ!? なら言うたってよ!」

 この叫びに反応したのは同席していた堂島。

「気付かれて、ウチももうやらん! とか言い出されては困りますから」

「それにしたって酷ない!?」

 堂島が溜息混じりで頭を抱える。

「酷いのは世界情勢でしょう」

 堂島の言う通り、この一ヶ月世界は荒れていた。

 神出鬼没のケイオスは世界中のアチコチで暴れ回っていた。もはや記憶を奪うだけに留まらず、ソフトウェアの改ざんによる事故も起こしていた。それは過去に起きた車の暴走事件と同様に突然制御が効かなくなるもの。ケイオスはそれを飛行機や船で起こした。

 物流も人命も奪われまくっとる。

 世界恐慌前夜と呼ばれてすらおる。

 まだ夜が明けていないのは引き篭もりどもの一人が上手いこと電脳を介さない物流網を作り上げたからや。海神の系譜がおって、骨董品レベルの船でも安全に航海できるように加護を与えた。

 それでも数が足りひんことには変わりなく物価高は止まらへん。

「んで見立ては済んだんか?」

 西野に尋ねると「はい」とお仕事モードな表情に変わる。

「宮内庁の見解に依ると、彼の者は電脳の二つに分かれた力のうち虚構を司ると見ております。ライブ襲撃事件でより強力に発現し、自身の肉体もままならぬ状態なりました。互いに干渉できなかったため当時は逃走しましたが、今は少しずつ制御できるようになっているのではないかとのことです」

「なるほど。んでやっぱ精神状態はおかしなってた?」

「はい。恐らく気が触れているか魅入られているかのどちらか、もしくはその両方ではないかとの見解を示しました」

「あーやっぱそうなっとったか」

 尋常ならざる力は器を選ぶ。それが神の力ともなれば極上の器でなければいかん。見初めるっつうのはあながち間違いではない。お目に敵わなければ、力を与えることに拒否感を覚える。それは尋常ならざる力を持つ者の本能みたいなもんや。

 もし器になれない、器としての相性が悪い者が力に触れるとどうなるか。

 文字通り、気が触れてしまう。

 触れずとも力に魅入られてしまうっちゅうのがタチが悪い。

 ケイオスは正気ではないと西野は言った。

「そんじゃ妹ちゃんが神の力を得たんは最初に力を奪った時に拒否られたからか」

 力を奪った後、力に「器ではない」と身体の中で暴れ、外に出たがったのだろう。その時、器としては及第点だった妹ちゃんがいて押し付けた。そんなところやろうな。

 それなりに上物やったウチでさえ数年は器を見合う形にするべく修行に明け暮れた。修行してへんケイオスが拒否されるのは当然の帰結。むしろ、何もしてないのに最初から器として及第点やった妹ちゃんがおかしい。

 まあ、ギリギリのギリ。表面張力いっぱいまで容量たっぷり注がれたせいで、不純物としての記憶は失う羽目になったんやろう。力が押し退けたんか、押し付けるためにケイオスが奪ったんかは分からんけど。

「そんで記憶奪って同類喰らって器を大きくしてからアンジェラ喰らったってわけか。器には入ったけど相性の悪さまではどうにもならへんかったか」

 とんでもない苦痛が襲うはずなのにようやるわ。

「何故半年後なんでしょうかね?」

 そう声をあげたのは西野だった。

 堂島も首を傾げる。

「里に侵入した時も半年後に決着をつけようと提案していたようですし、何か儀式的な意味合いがあったりするのでは」

「年明けは意味ある。むしろ、意味合いがあり過ぎて特定できひんくらいにある。御雑煮の具が地域ごとに違うようにバリエーションもえぐいぐらいあるかんな」

「なるほど。では特定は難しそうですね」

「刑事なんだから足で稼ぎなさいよ」

「今時の刑事は電脳世界の調査の方が多いぐらいですから。それに俺は公安であって普通の刑事と一緒にされても困る」

 堂島は立ち上がる。

「ちょいと煙草休憩でも行ってきます」

「うわ、ヤニカス待ちなさいよ。報告ぜんぶ終わったの?」

「一つ御耳に入れるかどうか悩ましいことかありましたね」

 そう言うということは全く無関係ではないが、向こうも扱いに困っている、もしくは第一報未満なこと、か。

「どうせまだ時間はあるんや。聞くだけ聞くわ」

 堂島は一度手に持ったタバコの箱を胸ポケットに仕舞う。今時の珍しい紙タバコのものであった。電脳世界で身体に安全なドラッグ類が出回ってしまい税率を下げても誰も買わなくなって業界の危機に陥ったこともあった。今は一部ジャンキーたちが細々と楽しんでいる。

「では報告です。桜庭から連携したいと連絡がありました。今は返答保留中です」

「……とにかく相手の情報を引き出して。向こうも話し合いの前に顔を立てる意味で手土産ぐらいはくれるはずや」

「ではそのように」

 堂島はベランダに向かおうと扉を開けたところでこっちを見る。

「樹神さんも一服いかがですか? 昔はよく吸ってたと伺いましたが」

「いんや、やめとく。キセルとかそういう時代からもうしばらくは吸うてへん」

「それを聞いたら俄然誘いたくなりました。そんな長期間の禁煙成功者をもう一度喫煙者にできればちょっとした自慢でしょうから」

 西野が睨む。

「さっさと行けヤニカスが」

「おお怖い怖い」

 ベランダにスタコラサッサと口ずさんで堂島は出ていった。

 残り半年。

 この忙しさを紛らわすために久しぶりにキセルを咥えるのもいいかもと思うてしまった。
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