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8章 神と巫女

天才

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 妹はケイオスの目の前へ歩みを進める。

 恐れなど微塵も感じさせない強い足取り。

 さしものケイオスも弱者のそれに恐れを覚えたのか、少し下がる。

「ライブの邪魔すんな!」

 会場は静まり返る。 

 観客も、ケイオスも、ユニットメンバーでさえも、妹が何を言っているのか理解を拒んだ。この状況下でライブの邪魔をされたことを怒り、あまつさえそれを元凶に叩き付けるなんて誰も考えなかった。

 その中で少し早く我を取り戻した汐見が妹の元へ駆け寄り、手を掴んで後ろに引く。それから僅かに遅れてカレンさんも同様の動きをした。ここからでは聞こえないが、何か話している。おそらく挑発する真似はやめるよう妹に言っているのだろう。

 ケイオスは嘲笑する。

「これが! こいつが! 片割れだと! 頭のネジがイカれたガキじゃないか!」

 直剣の切っ先を妹に向ける。

「ふざけるな! 神は完璧でなければならない! なのにお前はなんだ! 馬鹿にしてるのか! 神になるつもりなら相応の価値を示せ!」

「はぁっ!? 神様なんてそっちの都合でしょうが! 私はアイドルなんの! そんでここはライブ会場で今はライブ中! 場違いなクソガキはさっさと出てけ!」

 切っ先が震えていた。

「最後の神になるための機会をなんだと思っている!」

「こちとら巻き込まれただけでなろうなんて思っちゃいないんだけど!? ただ、アンタみたいなクソガキが神様になるなんて冗談でもタチが悪いわ!」

 なんだこれは。ただの口喧嘩。それもどちらがガキかを言い争う子供の口喧嘩。どちらが偉いじゃなくてどちらの程度が低いかをぶつけ合う意識の低いマウンティング合戦。

 その程度の低さは他全てを置き去りにして続け合う。

 そして、先に堪忍袋の緒が切れたのはケイオスの方であった。

 言葉を切らし、直剣を振りかぶる。

 口喧嘩に負けた子供が暴力に頼るのと同じ構図。

 違うのは容易に命を奪えること。

 その一点。

 妹を殺される未来しかないと雑音のない心はそう見据えた。

「舐めんなぁっ!」

 咆哮。

 その直後、直剣が甲高い音をあげて弾かれる。

 感情の発露。

 妹の感情が半透明な障壁なった。

 俺の目が捉えたものは、妹が“心”を使った瞬間だった。

 妹の強い思いが直剣を弾いた。先日、いたずらでログアウトできなくしたことがあった。あれは力の発露の一つであったのだろう。妹はアンジェラからの指導を受けていない。我流で身に着けたそれを今この土壇場で発現した。

 感覚肌の天才。

 真っ直ぐで固い意志。

 そして、もう一つ。

「押し返したぞっ!」

「よくわかんないけどすげぇ!」

「マイマイいけぇっ!」

 この人ならなんとかしてしまう。そうファンに思わせる圧倒的カリスマ。

 それが神への第一歩を踏み出した舞香という存在であった。
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