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8章 神と巫女
事故
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俺は駆けた。
唸りをあげて迫りくる車との距離はほとんどない。
妹の手を引っ張って逃れることも、抱えて逃げる暇すらない。
突き飛ばすしかなかった。
体重差や体格差があったのに加え、勢いをつけていたのもあり、妹は軽々と飛んでいき、進行方向から逃れることができた。俺はその反動で動けず、車道に取り残されていた。
その直後に横からの強い衝撃を受ける。
息が止まる。
フロントガラスに乗り上げ、宙を舞う。
視界が回る。
空と地上が一瞬のうちに何度も切り替わる。
頭だけは守らないといけない。
無意識でそう考え、腕で頭を抱えた。
地面に転がる。
遅れて激痛が全身に広がる。鈍く深く伝わる痛み。だが意識はハッキリしていた。立ち上がれないほどではなかった。頭を庇ったのがよかったのだろう。当時は喧嘩の絶えない日々を送っていたことで、身に付いた術であった。当時の日々は馬鹿らしいとしか思えないが、あの日々を送っていなければ打ち所が悪く死んでいたかもしれない。
立ち上がる。
打撲の痛みに加え、全身が擦り傷だらけであった。
周囲で事故を見ていた人たちが近寄ってきては大丈夫かどうかと尋ねてくる。大丈夫だと答えたものの救急車を呼ぼうという声が絶えない。重ねて大丈夫だと言おうとしたところで、妹の方にも多くの人が集まっているのに気付いた。
足を引きずりながら近づく。
妹の足はあるべきではない方向を向いていた。
涙を流し、足を抱え、痛みを訴えていた。
救急車を呼び、一部始終を見ていた人から救急救命士の人と一緒に話を聞く。妹は俺に突き飛ばされたあと、足をくじいてしまい、道路と歩道の境にあるコンクリートの段差に足をぶつけたらしい。勢いがついていたのもあり、そのまま折れてしまったという。ちなみに救急救命士の人は妹が轢かれた人だと思ったらしく軽傷にしか見えない俺が轢かれたと知ると驚いていた。
妹は骨折による入院が決まる一方、軽傷で脳に異常も見られなかった俺はその日のうちに帰宅が許された。
面倒だったのは妹を溺愛していた両親であった。妹を救ったことはさておき怪我をさせてしまったことを責められた。兄として守り切れず怪我をさせてしまったことは事実ゆえ、俺は甘んじてそれを受け入れた。暇をしている妹に購入したばかりの電脳世界に入るためのヘッドマウントディスプレイを両親が勝手に差し出したことも仕方ないと受け入れた。
後日、病院へ見舞いに訪れた。
突き飛ばしたことの謝罪するためだ。あの日、少しは気を許してくれたはずだがこれでまた振り出しに戻ったと思いつつ足を運んだ。親馬鹿の両親が取った個室ではちょうど妹がヘッドマウントディスプレイを外したところであった。
目と目が合う。
事故直前と同じように視線を外されるかと思いきや、妹はそのまま笑った。締まりのないだらしない笑みだった。氷解したような温かみを感じる笑みであった。
ベッドの脇にある椅子に腰かける。
「何か面白いことでもあったのか?」
「うん、ちょっとね」
この日を機に妹の態度は変わっていった。
唸りをあげて迫りくる車との距離はほとんどない。
妹の手を引っ張って逃れることも、抱えて逃げる暇すらない。
突き飛ばすしかなかった。
体重差や体格差があったのに加え、勢いをつけていたのもあり、妹は軽々と飛んでいき、進行方向から逃れることができた。俺はその反動で動けず、車道に取り残されていた。
その直後に横からの強い衝撃を受ける。
息が止まる。
フロントガラスに乗り上げ、宙を舞う。
視界が回る。
空と地上が一瞬のうちに何度も切り替わる。
頭だけは守らないといけない。
無意識でそう考え、腕で頭を抱えた。
地面に転がる。
遅れて激痛が全身に広がる。鈍く深く伝わる痛み。だが意識はハッキリしていた。立ち上がれないほどではなかった。頭を庇ったのがよかったのだろう。当時は喧嘩の絶えない日々を送っていたことで、身に付いた術であった。当時の日々は馬鹿らしいとしか思えないが、あの日々を送っていなければ打ち所が悪く死んでいたかもしれない。
立ち上がる。
打撲の痛みに加え、全身が擦り傷だらけであった。
周囲で事故を見ていた人たちが近寄ってきては大丈夫かどうかと尋ねてくる。大丈夫だと答えたものの救急車を呼ぼうという声が絶えない。重ねて大丈夫だと言おうとしたところで、妹の方にも多くの人が集まっているのに気付いた。
足を引きずりながら近づく。
妹の足はあるべきではない方向を向いていた。
涙を流し、足を抱え、痛みを訴えていた。
救急車を呼び、一部始終を見ていた人から救急救命士の人と一緒に話を聞く。妹は俺に突き飛ばされたあと、足をくじいてしまい、道路と歩道の境にあるコンクリートの段差に足をぶつけたらしい。勢いがついていたのもあり、そのまま折れてしまったという。ちなみに救急救命士の人は妹が轢かれた人だと思ったらしく軽傷にしか見えない俺が轢かれたと知ると驚いていた。
妹は骨折による入院が決まる一方、軽傷で脳に異常も見られなかった俺はその日のうちに帰宅が許された。
面倒だったのは妹を溺愛していた両親であった。妹を救ったことはさておき怪我をさせてしまったことを責められた。兄として守り切れず怪我をさせてしまったことは事実ゆえ、俺は甘んじてそれを受け入れた。暇をしている妹に購入したばかりの電脳世界に入るためのヘッドマウントディスプレイを両親が勝手に差し出したことも仕方ないと受け入れた。
後日、病院へ見舞いに訪れた。
突き飛ばしたことの謝罪するためだ。あの日、少しは気を許してくれたはずだがこれでまた振り出しに戻ったと思いつつ足を運んだ。親馬鹿の両親が取った個室ではちょうど妹がヘッドマウントディスプレイを外したところであった。
目と目が合う。
事故直前と同じように視線を外されるかと思いきや、妹はそのまま笑った。締まりのないだらしない笑みだった。氷解したような温かみを感じる笑みであった。
ベッドの脇にある椅子に腰かける。
「何か面白いことでもあったのか?」
「うん、ちょっとね」
この日を機に妹の態度は変わっていった。
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