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6章 一転

遊びに本気を出す女

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 それは腕であった。

 影の腕。

 見覚えもあった。あれはアンジェラが見せた俺の心象風景のもの。テリトリーを犯したものを見境なく傷つける腕であった。

 何十もの腕が樹神さんと北御門に向かっていく。地を這い、殺さんとばかりに。

 魂を抑えなければ。

 慌てて込める心を減らそうとする。だが、上手くいかない。いや違う。抑えようとすればするほど腕に抵抗される。魂を持っていかれる。寄越せ寄越せと無尽蔵に奪っていく。まるで影が意志を持っているかのようであった。

「逃げてください!」

 叫んだ。

 コントロール不能なことを理解して欲しかった。

 なのに北御門は逃げる素振りは見せない。樹神さんも同様である。二人とも余裕のある表情を崩さない。

 樹神さんが前に出る。

「ちょーっと呼吸できなくなるけど我慢してなー!」

 そう言って影が迫る方へ駆けだした。

 影が触れる寸前、跳んだ。

 高く長い跳躍。

 羽が生えたような軽やかなものであった。

 俺の目の前に舞い降りる。

 直後、みぞおちに強い衝撃が走った。

 膝から崩れ、樹神さんにもたれ掛かるように倒れる。痛みに悶え、刀も手から落ちた。

「見てみぃ、影が消えてくで」

 もはや魂を持っていかれる感覚はなかった。供給を断たれた腕は形を留めることができなくなり、風化したかの如く崩れ去っていく。

 だがそれはそれとして痛みで悶え苦しみそれどころではなかった。

「男やろ。我慢しなさい」

 樹神さんから北御門の肩にバトンタッチされ、近くの木の根本に降ろされる。少しして落ち着くと樹神さんが「もうええか」と様子を伺ってくる。

「陸上でもやってたんですか?」

 腹を抑えて尋ねると、樹神さんは跳んだ場所を指さした。そこにはなかったはずの小さな木の幹が生えていた。

「ジャンプするときにアレを一緒に生やしたんや。カタパルト方式やな」

「なんでもありですね」

「太古の神々に比べたら微々たるもんやけどな。てかウチに言わせればただの人間のくせにあんなん出せる君の方がおかしいわ」

「あの影は一体何なのですか?」

「ウチも知りたいわ。やから君の体をちょいと調べさせてもらうわ」

 言うや否や「さあ脱げぇ!」と漫画に出てくる悪漢が如く、上着を剝ぎ取られる。多分おそらく憶測でしかないがきっと樹神さんは俺を脱がすことを楽しんでいた。俺と接した中では今までで一番生き生きとした表情をしていただろう。「ぐへへ」などといった声を漏らしていそうな表情であった。端正な顔に誤魔化されがちだが、中身は恥じらいを忘れたオバさんに近いのかもしれない。

 北御門に視線を送ると目を伏せていた。

 上司の破廉恥な部分を見たのが堪えたのかもしれない。

 だがしかしお前の心などどうでもいい。この破廉恥上司を止めてくれ。このままでは一糸まとわぬ姿にされてしまう。いやほんと上半身だけかと思いきやズボンまで脱がされるのは異常である。いや、絶対に途中で目的を見失って、楽しさに全振りしている気配すらある。「はっはー!」などと滅茶苦茶楽しそうにパンツに手を伸ばしてきている。パンツは必死に死守しているが、いつこの牙城が崩れ去るかもわからない。さすれば蛮族に怯え切って縮こまった我が愚息は公開処刑されてしまう。深窓の令嬢の如き引きこもりな愚息は、その辱めにきっと耐えられないだろう。

 だから早く助けて。
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