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6章 一転
温泉回
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世界の危機よりも優先された夕食宣言があったため、少しばかり時間が空いてしまった。
樹神さんは「女子部屋に来たらあかんで」と修学旅行で男子部屋に物色しに来た女性みたいな冗談を言って、西野さんを連れて、ついでに妹が入った携帯を持って、部屋から出て行った。残されたのは俺と北御門の二人。なんだかんだ顔を合わす機会はあったとはいえ、サシで話したのはバイトの時に突然来襲した時のごく僅かな時間だけであった。つまり気まずかった。俺が一人そう困っていると、陽キャ一人であった北御門はそんなことお構いなしに窓から外の景色を楽しんでいた。
テーブルの上に置かれた旅館のパンフレットをなんとなしに眺める。
部屋に備え付けの露天風呂はあるが、共用の大きな露天風呂もこの旅館の売りの一つであるらしい。ここの温泉は硫黄が多く含まれており、多くの効能が見込まれるらしい。神経痛や筋肉痛、関節痛などの痛みは無論、疲労回復などと体力増強、どういう因果なのか糖尿病や高血圧症にもいいらしい。部屋備え付けの露天風呂は部屋の痛みを考慮してか普通のお湯張りなので、一度くらいはそちらの露天風呂に入ってみてもいいだろう。
そんなことを考えていると、いつの間にか後ろに立っていたパンフレットをのぞき込んだ北御門が目を輝かせていた。
「温泉行くの? いいね! 僕も行くよ!」
そう言うと自分の部屋に温泉に入るための準備をしに戻ってしまう。こちらの返事を待たずに。
すぐに入るつもりはなかったが、天樹会に安アパートからの引っ越しを頼むことになった身としては、少しぐらい付き合った方がいい気がした。ある意味ではシオミングッズの数々が人質に取られている状況ともいえるのだから。
支度をして露天風呂に向かう。
脱衣所でちらりと見えた北御門の愚息もモデル体型だったことに敗北感を抱きつつ、かけ湯をして、湯船につかる。硫黄が放つ独特な匂いが混じる湯気に最初は慣れなかったが、一度湯に入ってみると特に気にはならず、むしろそれがリラックスさせるようであった。
隣にいる北御門も気持ちよさそうに肩まで浸かっていた。
近くには他の客もいた。皆それぞれリラックスした様子であった。耳や尻尾が生えていたり、一つ目だったり、コスプレや特殊メイクでは説明しようのない身体の特徴をしていた。
「ここってどういうとこなんだ?」
「この旅館? ここは富裕層向けのお宿だよ」
「聞き方違ったな。どうにも俺の常識では見慣れない姿の人々が闊歩している場所に思えるんだが」
「……ああ! 本当にまったく何も聞かされないまま連れて来られたんだね」
湯船につかりながら北御門は説明を始める。
この地は妖怪の隠れ里の一つであるという。
妖怪は普段人に紛れて暮らしている。それは人と変わらない見た目の妖怪であったり、人に化けることで誤魔化したり様々だ。この隠れ里では人に化けられない種族の妖怪や幼い妖怪などが暮らしている里である。最近では里全体が近代化および資本主義に目覚め、妖怪などのオカルト的存在が伸び伸びとできる観光地として注目を集めているとのことだ。
また、隠れ里というだけあって人払いの結界に囲まれている。結界に入るには通行証などが必要らしい。ただ通行証があっても、結界をくぐるのは普通の人間ではあまり使わない能力を強制的に刺激するため、体調を崩してしまう人が出てしまうらしい。むしろゲロ袋職人と化した西野さんが当たり前であり、平然としていた堂島さんや俺が珍しいとのことだった。
一通りの説明を聞き終えると身体が火照ってきた。
風呂からあがり、浴衣に着替え、コーヒー牛乳を二人して飲む。
なんだか身体も心もさっぱりした。
妹と再会してからずっと張っていた気が良い感じに緩んだ気がした。
この突然の旅行も、青春の真似事だと思えばいい経験だろう。
夕食を終えるまでは束の間の休息を楽しもう。
樹神さんは「女子部屋に来たらあかんで」と修学旅行で男子部屋に物色しに来た女性みたいな冗談を言って、西野さんを連れて、ついでに妹が入った携帯を持って、部屋から出て行った。残されたのは俺と北御門の二人。なんだかんだ顔を合わす機会はあったとはいえ、サシで話したのはバイトの時に突然来襲した時のごく僅かな時間だけであった。つまり気まずかった。俺が一人そう困っていると、陽キャ一人であった北御門はそんなことお構いなしに窓から外の景色を楽しんでいた。
テーブルの上に置かれた旅館のパンフレットをなんとなしに眺める。
部屋に備え付けの露天風呂はあるが、共用の大きな露天風呂もこの旅館の売りの一つであるらしい。ここの温泉は硫黄が多く含まれており、多くの効能が見込まれるらしい。神経痛や筋肉痛、関節痛などの痛みは無論、疲労回復などと体力増強、どういう因果なのか糖尿病や高血圧症にもいいらしい。部屋備え付けの露天風呂は部屋の痛みを考慮してか普通のお湯張りなので、一度くらいはそちらの露天風呂に入ってみてもいいだろう。
そんなことを考えていると、いつの間にか後ろに立っていたパンフレットをのぞき込んだ北御門が目を輝かせていた。
「温泉行くの? いいね! 僕も行くよ!」
そう言うと自分の部屋に温泉に入るための準備をしに戻ってしまう。こちらの返事を待たずに。
すぐに入るつもりはなかったが、天樹会に安アパートからの引っ越しを頼むことになった身としては、少しぐらい付き合った方がいい気がした。ある意味ではシオミングッズの数々が人質に取られている状況ともいえるのだから。
支度をして露天風呂に向かう。
脱衣所でちらりと見えた北御門の愚息もモデル体型だったことに敗北感を抱きつつ、かけ湯をして、湯船につかる。硫黄が放つ独特な匂いが混じる湯気に最初は慣れなかったが、一度湯に入ってみると特に気にはならず、むしろそれがリラックスさせるようであった。
隣にいる北御門も気持ちよさそうに肩まで浸かっていた。
近くには他の客もいた。皆それぞれリラックスした様子であった。耳や尻尾が生えていたり、一つ目だったり、コスプレや特殊メイクでは説明しようのない身体の特徴をしていた。
「ここってどういうとこなんだ?」
「この旅館? ここは富裕層向けのお宿だよ」
「聞き方違ったな。どうにも俺の常識では見慣れない姿の人々が闊歩している場所に思えるんだが」
「……ああ! 本当にまったく何も聞かされないまま連れて来られたんだね」
湯船につかりながら北御門は説明を始める。
この地は妖怪の隠れ里の一つであるという。
妖怪は普段人に紛れて暮らしている。それは人と変わらない見た目の妖怪であったり、人に化けることで誤魔化したり様々だ。この隠れ里では人に化けられない種族の妖怪や幼い妖怪などが暮らしている里である。最近では里全体が近代化および資本主義に目覚め、妖怪などのオカルト的存在が伸び伸びとできる観光地として注目を集めているとのことだ。
また、隠れ里というだけあって人払いの結界に囲まれている。結界に入るには通行証などが必要らしい。ただ通行証があっても、結界をくぐるのは普通の人間ではあまり使わない能力を強制的に刺激するため、体調を崩してしまう人が出てしまうらしい。むしろゲロ袋職人と化した西野さんが当たり前であり、平然としていた堂島さんや俺が珍しいとのことだった。
一通りの説明を聞き終えると身体が火照ってきた。
風呂からあがり、浴衣に着替え、コーヒー牛乳を二人して飲む。
なんだか身体も心もさっぱりした。
妹と再会してからずっと張っていた気が良い感じに緩んだ気がした。
この突然の旅行も、青春の真似事だと思えばいい経験だろう。
夕食を終えるまでは束の間の休息を楽しもう。
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