妹、電脳世界の神になる〜転生して神に至る物語に巻き込まれた兄の話〜

宮比岩斗

文字の大きさ
上 下
99 / 229
6章 一転

カメラは捉える。犠牲を出しても

しおりを挟む
 茶を飲みながらテレビに目を遣る。

 ハンマーで扉を破ろうとしていた中年男性は目標を玄関横についている窓に変えたようだった。

 マスメディアはその犯罪史に残る瞬間を収めるのに必死で誰も止めようとしない。

 構える。

 テレビの映像よりも一瞬だけ早く窓ガラスが割れた。

 窓ガラスを割った中年男性と目が合う。目は血走り、表情は険しい。俺を見つけるなり怒号を響かせ、非常に興奮した様子であった。

 妹の「逃げて!」という懇願が耳に入る。

 中年男性は割った窓ガラスをに手を突っ込み、鍵を開けて窓を開く。

 テレビでは鬼気迫る中年男性の姿、奥で茶を飲みくつろぐ俺の姿が映る。一般男性が茶を飲むだけで日本中が盛り上がるなんて日本の歴史上初だろう。先月は量産型アバターの姿で配信に映ることすら嫌がった俺が、今では寝起きのだらしない姿を見られて平然としている。あまりにも色々あったせいで羞恥心を始めとした諸々が鈍化したらしい。これを成長と呼ぶかは非常に悩ましいところだ。あまりにも鈍化したせいで「アンチはこれから俺が死ぬ様子をどんな面白おかしく実況しているのだろうか」なんてどうでもいいことを気になったりした。

「人の生き死によりも俺の素顔が平凡過ぎてそちらをネタにされそうだな」

 隣で妹が「どうでもいいから早く逃げてよ!」と叫んだ。

 中年男性が窓に足を掛ける。

 マスメディアの人たちは、ただただ見守るだけ。

 コンプライアンス的に映してはいけないものが放送されるかもしれないのにカメラを回し続ける。真実を伝える義務や歴史の一ページを切り取るという使命感を果たすべくカメラを回し続けることに余念がないのだろう。職業意識が高くて頭が下がる。

 窓から中年男性が身を乗り出す。ハンマーを捨て、懐から取り出した小刀が握られていた。

 このまま俺は心臓を一突き、いや、惨たらしく胴体を何回も刺されるのだろう。

 人生最後の一言は何にしようなどとよぎる。

 シオミンに最後にまた会いたかったとか、中学の俺に頑張ってもやっぱり駄目だったとか、だろうか。

 いや、うん、違うな。これから神になろうという妹に人を呪うきっかけになる言葉を聞かせるべきではないな。これは兄として、最後に残された家族としての責務だ。ただ黙って殺されよう。間違いだらけの世界を壊したいなんて思わないように。

 中年男性が身を乗り出す。

 いよいよ、かと思った瞬間のことであった。

 中年男性が直後に窓から引きずり降ろされたのは。

 こちら側からはよく見えないが、テレビでは防弾チョッキに装備した警察官らが男を地面に拘束しているのが放送されていた。そこから次から次へと追加の警察官が押し寄せ、マスコミが廊下の端に追いやられていく。抵抗するマスコミは犯人と同様に地面に組み伏せられていた。

 そのカメラ越しに廊下の状況を眺めていると見覚えのある顔が映った。防弾チョッキに青ワイシャツ姿の警官の中をハイトーンのグラデーションカラーの髪とレディーススーツで風を切って進む姿は大層目立ち、カメラはそれを注視する。

 樹神さんであった。

 樹神さんは割れた窓ガラス越しに俺の姿を認めると手を挙げて笑顔を浮かべる。

「無事だったようでなにより! ちょいと話したいから入っていい?」

 玄関の方を指差される。

 鍵を開けるため立ち上がり、ゆっくりと玄関へ向かう。

 ハンマーで手当たり次第にぶっ叩いたせいだろうドアノブは死に、鍵も逝かれ、しまいには扉が歪んで押し引きすらできなくなっていた。

「開けられないみたいですね」

 窓ガラス越しに伝える。

「んーここで長話すんのもアレやし、場所変えよか」

「……どこに?」

「長旅する準備して」

「長旅ですか?」

「ここにいたら危ないし、そもそも住める状態やないやん。だから気分転換も兼ねて旅行行こうや」

 努めて明るい口調で冗談めかして樹神さんはそう言った。

 それは俺を気遣ってのことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」 そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。 明日は来る 誰もが、そう思っていた。 ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。 風は時の流れに身を任せていた。 時は風の音の中に流れていた。 空は青く、どこまでも広かった。 それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで 世界が滅ぶのは、運命だった。 それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。 未来。 ——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。 けれども、その「時間」は来なかった。 秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。 明日へと流れる「空」を、越えて。 あの日から、決して止むことがない雨が降った。 隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。 その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。 明けることのない夜を、もたらしたのだ。 もう、空を飛ぶ鳥はいない。 翼を広げられる場所はない。 「未来」は、手の届かないところまで消え去った。 ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。 …けれども「今日」は、まだ残されていた。 それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。 1995年、——1月。 世界の運命が揺らいだ、あの場所で。

スキル【合成】が楽しすぎて最初の村から出られない

紅柄ねこ(Bengara Neko)
ファンタジー
 15歳ですべての者に授けられる【スキル】、それはこの世界で生活する為に必要なものであった。  世界は魔物が多く闊歩しており、それによって多くの命が奪われていたのだ。  ある者は強力な剣技を。またある者は有用な生産スキルを得て、生活のためにそれらを使いこなしていたのだった。  エメル村で生まれた少年『セン』もまた、15歳になり、スキルを授かった。  冒険者を夢見つつも、まだ村を出るには早いかと、センは村の周囲で採取依頼をこなしていた。

高校からの帰り道、錬金術が使えるようになりました。

マーチ・メイ
ファンタジー
女子校に通う高校2年生の橘優奈は学校からの帰り道、突然『【職業】錬金術師になりました』と声が聞こえた。 空耳かと思い家に入り試しにステータスオープンと唱えるとステータスが表示された。 しばらく高校生活を楽しみつつ家で錬金術を試してみることに 。 すると今度はダンジョンが出現して知らない外国の人の名前が称号欄に現れた。 緩やかに日常に溶け込んでいく黎明期メインのダンジョン物です。 小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。 かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。 その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。 ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。 BLoveさんに先行書き溜め。 なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

処理中です...