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6章 一転

世界の敵

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 最悪の目覚めであった。

 全身が痺れるように痛む。特に胸の痛みが顕著であった。這いずるように身体を起こす。外は既に明るく、やけにうるさかい。先日よりも酷い目覚めであった。だが先日はあったはずの少女の重みはない。

 時計を見ると既に作戦終了予定時刻から大きく過ぎ、翌朝。

 気を失っていたのだろう。

 アンジェラが俺を庇い、殺されたあの時から。

 最悪であった。俺が死ぬよりもあってはならないことであった。

 アンジェラが俺を庇うなんて当たり前なことに気付けなかった俺に腹が立つ。何が俺の無事は努力目標に過ぎないだ。何がアンジェラさえ無事ならば俺の意志を継いでくれるだ。アンジェラの足手纏いになった挙句がおめおめと一人だけ帰還を果たしてしまった。

「アンジェラいるなら教えてくれ」

 そう一人呟いた。

 返事はない。インターホンも鳴らなかった。

 ――そうだ。作戦は。あのあとはどうなったんだ。

 張り裂けそうな胸の痛みに耐えつつ、パソコンの前に移動する。

「舞香、いるか?」

 反応がない。

「いないのか?」

「――あー! いるいる!」

 デスクトップに妹が現れる。ドタバタと。何やら慌てた様子だった。

「にーちゃん! いつ目覚めたの!?」

「……今さっきだ」

 呼吸さえ辛い。

「あの後どうなったんだ?」

「それも大事だけど今はそんな場合じゃなんだって!」

「どういうことだ?」

「テレビ見て!」

 妹に言われてテレビを点ける。ニュース番組は何やら特番が流れているようだった。そして、リポーターが沢山のカメラマンや他社マスメディアの前で何やら話していていた。その背後に映るのは見覚えのある安アパートの扉。俺の家の前であった。

 リポーターは話す。

「ただいま裏切ったとされる三刀容疑者の自宅前に来ております。かの人物は学生であり、こちらのアパートに住んでいるようです。中から何やら話し声がありました。もぬけの殻かと思われましたが、まだ中にいるようです」

 昨日の作戦は放送されていた。そこで俺の行動、アンジェラが俺を庇った姿、それらから俺が裏切り者に見えたのだろう。プロゲーマーを倒す行動もしていたから、そう見えても仕方がない。しかし、どうして俺の住所まで割れているのだろうか。

 桜庭だ。

 俺の住所を知っているのは桜庭のみ。桜庭をそれをマスメディアに流したのだろう。裏切り者の自宅。俺への嫌がらせとしては上等な部類だ。電脳世界でいくらでも外部との接触を図れる現代でこれは嫌がらせ以上の意味を持たない。

 だがこれを見た人は思うであろう。

 俺が悪なのだと。

 電話が鳴った。

 父の名が画面に表示される。

 着信に応じると矢継ぎ早に言われる。

「これはどういうことなのだ」

「今すぐ自首しろ」

「お前とは親子の縁を切る」

「死んだのが舞香じゃなくてお前だったらよかったにな」

 そう言って電話は切れた。

 その直後、ことさら外が騒がしくなる。

 テレビに目を遣ると、巨大なハンマーを持った中年男性が大声をあげていた。

「お前のせいで俺の息子は寝たきりになったんだ! 許さねえぞ!」

 ハンマーが扉に叩きつけられる。

 同時に轟音が玄関から響く。

 何度も何度も叩きつけ、その度に轟音が響く。

「その息子さん、愛されているようでなによりだな」

 妹が「はやく逃げなきゃ!」としきりに言う。

 もはやそんな気は起きなかった。

 桜庭には怒りはない。同じ立場ならきっと俺もそうしていたから。

 父に失望はない。いつかこうなる予感はしていたから。

 ただ……少し疲れてしまった。

 冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、一服する。

 苦味が強かった。
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