妹、電脳世界の神になる〜転生して神に至る物語に巻き込まれた兄の話〜

宮比岩斗

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4章 我が女神、それは

喰らう者

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「――つっかえないなぁ! もう!」

 一人残された男子は一つ大きな地団駄を踏み、這いずる仲間を虫けらのごとく見下した。

「なんだよ、殺せないにしても少しは弱らせてくれると思ったのに無傷じゃないか」

 そう吐き捨てると助けを求める白い精霊の顔面を蹴り飛ばした。

 敵だったものとはいえ、その所業は気分を害するものであった。

「お前、仲間だろう」

「仲間? 仲間じゃないよこんなの」

 その態度にアンジェラが舌打ちをする。

「そこらへんに転がってるのはクズだけど、お前は下衆ね。同じ存在だと思うと虫唾が走るわ」

「同意だよ。僕も君なんかと一緒にはされたくないね」

 再びの舌打ち。

「いちいち癇に障る奴ね。同族のよしみで殺さずにいたけどお前は殺す」

 模倣犯は見せかけだけだと分かる態度で拍手を送る。

「ご立派な宣言をありがとう。でもさ、僕一人だけ殺すだけの覚悟じゃ足りないと思うんだ」

「減らず口を……!」

「やるなら全員を殺す気で来なよ。――僕みたいにさ!」

 そいつは両腕を前へ突き出す。

 腕の先が巨大なナニかへと化ける。それは目を持たず、獰猛な牙を持った蛇のようであった。

 両腕から伸びた化物は俺らに襲い掛かってきた。

 俺は弓を構えたが、アンジェラに襟を掴まれ、大きく後退させられた。

 両腕の化物は距離を取った俺らを追うことはなかった。

 代わりに別の獲物を食し始めた。

 仲間である白い精霊を。

 硬質な肉体が砕け散る。短い高音を伴ってあっけなく。

 無機質な存在が化物に捕食される光景は言葉ほどのグロさはなかった。だが、死肉を貪り尽くす姿は嫌悪感が搔き立てられ、目を背けたいと感じてしまう。ものの十数秒程度、いや、もしかするともっと短かったかもしれない。長く感じてしまう光景は長く続かず、その場に這いずり回っていた精霊は全て化物に喰い散らかされた。喰い残された四肢の一部がその場にいくつも残っていた。

「信じられない」

 アンジェラが両手で口を覆う。

「お前! 禁忌に触れていることを理解しているの!?」

 男子はゆったりとした動作で化物となった腕を元の形状に戻し、軽い噯気を出す。

「少し食べ過ぎたね。ああ、そう睨まないでくれ。僕は僕がやったことを理解しているよ。これが禁忌と呼ばれることも、破った結果どうなるかもね」

 そいつが人差し指を俺に向ける。

 光が走った。

 俺を目掛けて飛んでくるそれに動けずにいるとアンジェラが我が身を盾にしようと前に躍り出る。伸ばした腕と光が直撃し、はじかれた光が放射状に背後へと逸れていく。

「……いっ……たいわね」

 手のひらで受けたらしくアンジェラは腕を下ろし痛みに耐えていた。

 それは絡め手で攻めてきた者とは思えない力であった。

「んーせいぜい今の君と同格程度かな。神使候補がいると考えると分が悪いか」

 そいつは背後に虚空を作り出す。

「……お待ちなさい。逃げるの?」

 アンジェラが振り絞るように発する。

「逃げる? 僕が?」

「そうよ。あたしと神使が怖くて逃げるの」

 そいつの首、肩、腕が見た目にも分かるぐらい強張る。

 戦いに応じると考え、臨戦態勢に入る。アンジェラは終始警戒を、俺は弓を構え、いつでも射れる体勢に。

 だがそうはならなかった。

 そいつは地団駄を一つ。地面が揺れ、大気が震える。ゲーム内のテクスチャでさえ剝がれ落ちた箇所がでてきた。

「クールになれ! 僕は完璧でなければならない! 常勝でなければならない! そして勝つなら圧倒的でなければならない!」

 大声で、自分に言い聞かせていた。

 それはまるで誓約であった。

 神である自分が持つべきイメージを捧げているかのようだった。

「危ないところだったよ。危うく挑発に乗るところだった」

 胸元に手を当て、荒れた息を整えていた。

 その隙に、俺は構えた矢に思いを込める。

 アンジェラを傷つけたことに対する怒りを。

 そして、放たれた矢は再び旋風を巻き起こし、地面を抉り、空を駆ける。

 俺は期待する。

 その小さき体躯を貫通し、倒れることを。

 だがそれは成らなかった。

 円形の万華鏡でできたような青白い模様の盾がそれを受け止める。

 余波は周囲に及び、受け止めた箇所の地面には旋風によって地面が大きく抉れていた。

 だが矢の進行方向、盾の背後にいる小さき体躯は傷一つなかった。

「大会見たよ。なかなか良い能力だったから真似させてもらった」

 再度矢を構えようとするが、突然身体に力が入らなくなる。

 電脳世界だというのに、走れない距離をずっと走り続けたかのような披露が身体にのしかかる。

 アンジェラが倒れそうになる俺の身体を支える。

「無理しないで。力の使い過ぎよ」

 模倣犯は虚空に片足を入れる。

「それじゃ僕は行くよ。またどこか近いうちに会おうじゃないか」

 虚空が閉じる。

 それを見届けた途端、集中力が切れたのか瞼が重くなる。

 拳を強く握りしめたまま視界が黒く塗りつぶされた。
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