45 / 229
2章 アンチもいれば信者もいる男
どこの世界にも先輩後輩関係はあるもの
しおりを挟む
エネミーを名乗った少女は、金の御髪を指先に絡ませる。
「……けれど毎回敵性存在とかエネミーとか呼ばれるのは美的センスに欠けてるかしら。ねえ、何かいい名前つけてくれない?」
身を乗り出し、顔を近づけてくる。甘くしっとりとした香りがした。
この事態に混乱した。目の前の少女とエネミーが一致しなかった。戦いを交わしたエネミーがこのような可愛らしい動きで名前をねだるようなイメージとそぐわなかった。獣の如き獰猛さで視界に入った敵を切り裂くのが俺が撃退に成功したエネミーであった。
「混乱してるわね。どっちが本当なのかって」
少女は俺の隣に座り、腕を絡ませる。
「どちらも本当のあたし。電脳世界で殺戮するのも、こうやって愛を囁くのも、偽りない心からの行動よ」
「お前は一体何者なんだ。どうして妹を殺した?」
「最初の質問から答えましょうか。あたしは神よ。とは言っても神に至る道半ばの存在。ほとんどの神が去ったこの世界をより良くしたいの」
「より良くしたいと言いながら何故人々から記憶を奪うんだ?」
「仕方のない犠牲よ。あたしだって奪わずに済むならそれで終わらせたいわ。神に至るには記憶という蜜を吸わねばならないの。でも心苦しいから日常生活に困らない程度の記憶しか奪っていないわ。最初のうちは加減ができず多くの記憶を奪ってしまったことはあるわ。その方には大変申し訳無いことをしてしまったと反省してる。本当よ」
「なら俺を仲間にする理由がわからない。お前一人で完結してるじゃないか」
「ふふ、お兄さんにやって欲しいことは他にあるのよ。お兄さんはあたしの神使になって欲しいの」
神使――神の御使い、神の眷属として神の意志を代行して伝える者と言われる。宗教・神話ごとにその姿は様々だ。哺乳類から鳥類、爬虫類、神話の動物もいる。お告げを聞いた者も広義では神使といえるだろう。
「神使に求めるものは神によって違うわ。下働きさせるだけの神使もいれば、巫女として秩序を維持させる神使もいう。あたしが求めるのは勇士。荒ぶる魂を以て世界を屈服させうる存在よ」
「買いかぶり過ぎだ」
「ふふ、今はそれでいいわ。もう時間も少なそうだから」
少女は立ち上がり、数歩離れる。
「妹さんを殺した理由が知りたいのよね。あたしは答えられないわ。だって、あたしは殺していないもの」
世界が揺れる。ブレる。ヒビが入る。闇に薄明が差し込む。
世界が割れた。
そこは元々いた公園。電灯の薄い光で照らされた中には俺と少女の間に一人の男性が立っていた。その手には反りのついた片刃の鋼が握りしめられていた。
「こんばんは、三刀さん。何もされていないかい?」
北御門だった。どうしてお前がここにいるという疑問も、その手に持つ刀はなんなんだという疑問もある。あるが目の前の少女は邪魔されたことに不満気で、北御門に向けて怒気を放つ。
「逢瀬を邪魔するなんておモテにならなそうな殿方」
「そ、それは今は関係ないだろっ!」
どうやら図星だったらしい。たしかに顔はすこぶるいいが、反面空気が読めないところは多かったように思える。顔のせいで圧倒的強者の側で生きてきたから、弱者の機微がわからないのだろう。
「あらあら心当たりがあるようね。可哀相な殿方ね」
煽る煽る。電脳世界で殺戮を貴ぶ少女は見た目にそぐわず情報化社会の悪い文化を吸収しているようだ。
「――それで、その刀は兎も角、その貧弱な腕前で挑む気?」
少女の目から光が消える。
「ここは君のホームグラウンドじゃない。なら僕にだって勝機はあるさ」
北御門は刃を上に向けて顔の高さで水平にして構える。
睨み合いが始まる――かに思えた。
「あんたら! こないなとこで喧嘩すんやない!」
突如現れた女性の怒声によって仕掛けることにすら至らなかった。
その女性は蜂を彷彿とさせる黄色と黒があしらわれたオーバーサイズのブルゾンを身に着け、それに負けないハイライトのグラデーションカラーの髪、迷いのない強い目を携えていた。
少女はその女性を見るなり、バツが悪そうに殺気を納める。
「先輩には顔を立ててあげないとね」
少女は虚空を背後に作り出し、その中に身を投げ入れて消えて行った。
「今度会った時に返事を聞かせてね」
そう言い残して。
少女が消えたのを確認して、北御門は構えを解く。
解くと同時に現れた女性に拳骨を喰らっていた。
「アホか! あれほど戦うんやないって人が口酸っぱくして言うたのに、どーうーしーてー戦う流れになったか言ってみい!」
「ああ! すみません! すみません!」
「すみませんで済まない可能性もあったんやからなぁ!」
その説教を眺めていたら、女性は俺の存在を思い出したらしく、くるりと俺の方へ身体を向ける。
「いやぁーすまんな。うちの若い奴らがご迷惑をおかけしたみたいで」
「……待て。奴らってことは北御門とあの少女はアンタの管轄ってことか」
「組織自体は別もんやけどな。北御門はウチの部下で、少女は……ま、後輩ってところやんな」
「お前は何者だ」
女性は朗らかに笑う。黄色のブルゾンのせいか、それは太陽のように眩しく思えた。
「天樹会の会長、そして地上に残った数少ない神様の一人、樹神真紀。よろしゅうな」
「……けれど毎回敵性存在とかエネミーとか呼ばれるのは美的センスに欠けてるかしら。ねえ、何かいい名前つけてくれない?」
身を乗り出し、顔を近づけてくる。甘くしっとりとした香りがした。
この事態に混乱した。目の前の少女とエネミーが一致しなかった。戦いを交わしたエネミーがこのような可愛らしい動きで名前をねだるようなイメージとそぐわなかった。獣の如き獰猛さで視界に入った敵を切り裂くのが俺が撃退に成功したエネミーであった。
「混乱してるわね。どっちが本当なのかって」
少女は俺の隣に座り、腕を絡ませる。
「どちらも本当のあたし。電脳世界で殺戮するのも、こうやって愛を囁くのも、偽りない心からの行動よ」
「お前は一体何者なんだ。どうして妹を殺した?」
「最初の質問から答えましょうか。あたしは神よ。とは言っても神に至る道半ばの存在。ほとんどの神が去ったこの世界をより良くしたいの」
「より良くしたいと言いながら何故人々から記憶を奪うんだ?」
「仕方のない犠牲よ。あたしだって奪わずに済むならそれで終わらせたいわ。神に至るには記憶という蜜を吸わねばならないの。でも心苦しいから日常生活に困らない程度の記憶しか奪っていないわ。最初のうちは加減ができず多くの記憶を奪ってしまったことはあるわ。その方には大変申し訳無いことをしてしまったと反省してる。本当よ」
「なら俺を仲間にする理由がわからない。お前一人で完結してるじゃないか」
「ふふ、お兄さんにやって欲しいことは他にあるのよ。お兄さんはあたしの神使になって欲しいの」
神使――神の御使い、神の眷属として神の意志を代行して伝える者と言われる。宗教・神話ごとにその姿は様々だ。哺乳類から鳥類、爬虫類、神話の動物もいる。お告げを聞いた者も広義では神使といえるだろう。
「神使に求めるものは神によって違うわ。下働きさせるだけの神使もいれば、巫女として秩序を維持させる神使もいう。あたしが求めるのは勇士。荒ぶる魂を以て世界を屈服させうる存在よ」
「買いかぶり過ぎだ」
「ふふ、今はそれでいいわ。もう時間も少なそうだから」
少女は立ち上がり、数歩離れる。
「妹さんを殺した理由が知りたいのよね。あたしは答えられないわ。だって、あたしは殺していないもの」
世界が揺れる。ブレる。ヒビが入る。闇に薄明が差し込む。
世界が割れた。
そこは元々いた公園。電灯の薄い光で照らされた中には俺と少女の間に一人の男性が立っていた。その手には反りのついた片刃の鋼が握りしめられていた。
「こんばんは、三刀さん。何もされていないかい?」
北御門だった。どうしてお前がここにいるという疑問も、その手に持つ刀はなんなんだという疑問もある。あるが目の前の少女は邪魔されたことに不満気で、北御門に向けて怒気を放つ。
「逢瀬を邪魔するなんておモテにならなそうな殿方」
「そ、それは今は関係ないだろっ!」
どうやら図星だったらしい。たしかに顔はすこぶるいいが、反面空気が読めないところは多かったように思える。顔のせいで圧倒的強者の側で生きてきたから、弱者の機微がわからないのだろう。
「あらあら心当たりがあるようね。可哀相な殿方ね」
煽る煽る。電脳世界で殺戮を貴ぶ少女は見た目にそぐわず情報化社会の悪い文化を吸収しているようだ。
「――それで、その刀は兎も角、その貧弱な腕前で挑む気?」
少女の目から光が消える。
「ここは君のホームグラウンドじゃない。なら僕にだって勝機はあるさ」
北御門は刃を上に向けて顔の高さで水平にして構える。
睨み合いが始まる――かに思えた。
「あんたら! こないなとこで喧嘩すんやない!」
突如現れた女性の怒声によって仕掛けることにすら至らなかった。
その女性は蜂を彷彿とさせる黄色と黒があしらわれたオーバーサイズのブルゾンを身に着け、それに負けないハイライトのグラデーションカラーの髪、迷いのない強い目を携えていた。
少女はその女性を見るなり、バツが悪そうに殺気を納める。
「先輩には顔を立ててあげないとね」
少女は虚空を背後に作り出し、その中に身を投げ入れて消えて行った。
「今度会った時に返事を聞かせてね」
そう言い残して。
少女が消えたのを確認して、北御門は構えを解く。
解くと同時に現れた女性に拳骨を喰らっていた。
「アホか! あれほど戦うんやないって人が口酸っぱくして言うたのに、どーうーしーてー戦う流れになったか言ってみい!」
「ああ! すみません! すみません!」
「すみませんで済まない可能性もあったんやからなぁ!」
その説教を眺めていたら、女性は俺の存在を思い出したらしく、くるりと俺の方へ身体を向ける。
「いやぁーすまんな。うちの若い奴らがご迷惑をおかけしたみたいで」
「……待て。奴らってことは北御門とあの少女はアンタの管轄ってことか」
「組織自体は別もんやけどな。北御門はウチの部下で、少女は……ま、後輩ってところやんな」
「お前は何者だ」
女性は朗らかに笑う。黄色のブルゾンのせいか、それは太陽のように眩しく思えた。
「天樹会の会長、そして地上に残った数少ない神様の一人、樹神真紀。よろしゅうな」
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。


【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました
鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。
だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。
チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。
2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。
そこから怒涛の快進撃で最強になりました。
鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。
※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。
その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる