妹、電脳世界の神になる〜転生して神に至る物語に巻き込まれた兄の話〜

宮比岩斗

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2章 アンチもいれば信者もいる男

どこの世界にも先輩後輩関係はあるもの

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 エネミーを名乗った少女は、金の御髪を指先に絡ませる。

「……けれど毎回敵性存在とかエネミーとか呼ばれるのは美的センスに欠けてるかしら。ねえ、何かいい名前つけてくれない?」

 身を乗り出し、顔を近づけてくる。甘くしっとりとした香りがした。

 この事態に混乱した。目の前の少女とエネミーが一致しなかった。戦いを交わしたエネミーがこのような可愛らしい動きで名前をねだるようなイメージとそぐわなかった。獣の如き獰猛さで視界に入った敵を切り裂くのが俺が撃退に成功したエネミーであった。

「混乱してるわね。どっちが本当なのかって」

 少女は俺の隣に座り、腕を絡ませる。

「どちらも本当のあたし。電脳世界で殺戮するのも、こうやって愛を囁くのも、偽りない心からの行動よ」

「お前は一体何者なんだ。どうして妹を殺した?」

「最初の質問から答えましょうか。あたしは神よ。とは言っても神に至る道半ばの存在。ほとんどの神が去ったこの世界をより良くしたいの」

「より良くしたいと言いながら何故人々から記憶を奪うんだ?」

「仕方のない犠牲よ。あたしだって奪わずに済むならそれで終わらせたいわ。神に至るには記憶という蜜を吸わねばならないの。でも心苦しいから日常生活に困らない程度の記憶しか奪っていないわ。最初のうちは加減ができず多くの記憶を奪ってしまったことはあるわ。その方には大変申し訳無いことをしてしまったと反省してる。本当よ」

「なら俺を仲間にする理由がわからない。お前一人で完結してるじゃないか」

「ふふ、お兄さんにやって欲しいことは他にあるのよ。お兄さんはあたしの神使になって欲しいの」

 神使――神の御使い、神の眷属として神の意志を代行して伝える者と言われる。宗教・神話ごとにその姿は様々だ。哺乳類から鳥類、爬虫類、神話の動物もいる。お告げを聞いた者も広義では神使といえるだろう。

「神使に求めるものは神によって違うわ。下働きさせるだけの神使もいれば、巫女として秩序を維持させる神使もいう。あたしが求めるのは勇士。荒ぶる魂を以て世界を屈服させうる存在よ」

「買いかぶり過ぎだ」

「ふふ、今はそれでいいわ。もう時間も少なそうだから」

 少女は立ち上がり、数歩離れる。

「妹さんを殺した理由が知りたいのよね。あたしは答えられないわ。だって、あたしは殺していないもの」

 世界が揺れる。ブレる。ヒビが入る。闇に薄明が差し込む。

 世界が割れた。

 そこは元々いた公園。電灯の薄い光で照らされた中には俺と少女の間に一人の男性が立っていた。その手には反りのついた片刃の鋼が握りしめられていた。

「こんばんは、三刀さん。何もされていないかい?」

 北御門だった。どうしてお前がここにいるという疑問も、その手に持つ刀はなんなんだという疑問もある。あるが目の前の少女は邪魔されたことに不満気で、北御門に向けて怒気を放つ。

「逢瀬を邪魔するなんておモテにならなそうな殿方」

「そ、それは今は関係ないだろっ!」

 どうやら図星だったらしい。たしかに顔はすこぶるいいが、反面空気が読めないところは多かったように思える。顔のせいで圧倒的強者の側で生きてきたから、弱者の機微がわからないのだろう。

「あらあら心当たりがあるようね。可哀相な殿方ね」

 煽る煽る。電脳世界で殺戮を貴ぶ少女は見た目にそぐわず情報化社会の悪い文化を吸収しているようだ。

「――それで、その刀は兎も角、その貧弱な腕前で挑む気?」

 少女の目から光が消える。

「ここは君のホームグラウンドじゃない。なら僕にだって勝機はあるさ」

 北御門は刃を上に向けて顔の高さで水平にして構える。

 睨み合いが始まる――かに思えた。

「あんたら! こないなとこで喧嘩すんやない!」

 突如現れた女性の怒声によって仕掛けることにすら至らなかった。

 その女性は蜂を彷彿とさせる黄色と黒があしらわれたオーバーサイズのブルゾンを身に着け、それに負けないハイライトのグラデーションカラーの髪、迷いのない強い目を携えていた。

 少女はその女性を見るなり、バツが悪そうに殺気を納める。

「先輩には顔を立ててあげないとね」

 少女は虚空を背後に作り出し、その中に身を投げ入れて消えて行った。

「今度会った時に返事を聞かせてね」

 そう言い残して。

 少女が消えたのを確認して、北御門は構えを解く。

 解くと同時に現れた女性に拳骨を喰らっていた。

「アホか! あれほど戦うんやないって人が口酸っぱくして言うたのに、どーうーしーてー戦う流れになったか言ってみい!」

「ああ! すみません! すみません!」

「すみませんで済まない可能性もあったんやからなぁ!」

 その説教を眺めていたら、女性は俺の存在を思い出したらしく、くるりと俺の方へ身体を向ける。

「いやぁーすまんな。うちの若い奴らがご迷惑をおかけしたみたいで」

「……待て。奴らってことは北御門とあの少女はアンタの管轄ってことか」

「組織自体は別もんやけどな。北御門はウチの部下で、少女は……ま、後輩ってところやんな」

「お前は何者だ」

 女性は朗らかに笑う。黄色のブルゾンのせいか、それは太陽のように眩しく思えた。

「天樹会の会長、そして地上に残った数少ない神様の一人、樹神じゅがみ真紀。よろしゅうな」
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