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2章 アンチもいれば信者もいる男

自分だけが良さを分かってあげられるレベル99

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 世界は理不尽でできている。

 理がなければ情さえ欠けた世界で俺は生きてきた。

 最初にそう感じたのは親の離婚であった。

「大人の会話に入ってくるな」

 言い争う実の両親が、それを柔らかい表現で口にした。幼い俺に意見を言う権利は与えられず、次の日に母は俺を置いて家を出た。

 驚きはなかった。

 両親が顔を合わせる度、冷たい視線が交差する場面に何度も遭遇していれば幼くとも察しはつく。性格の不一致か主な離婚理由ということだが、互いの不貞もまた離婚理由の一つであった。後者は醜聞ということで教えられることはなかったが、両親ともに離婚後すぐに次の家庭を築いたとあれば、そういうことなのだろうと察するには十分であった。

 俺は父に引き取られた。

 長男であり、名目上の跡継ぎである俺を手放したくなかったのだろう。また、母も父の遺伝子が混ざった俺を育てる気がなかってので丁度良かったというのもあるだろう。

 こうした出来事を経て、連れ子の舞香と出会い兄になった。

 急にできた義理の妹という他人相手に兄としての行動を求められた。兄だから譲れ、兄として妹を守れ、親としては当然の要求であるが、そこに至るまでの経緯に俺の意思は介在していない。

 だが、俺は兄の努めを全うした。

 何故ならそこに妹の意思も介在していなかったからだ。

 あるのは親の利だけ。ならばどれほど嫌気が差そうとも、年端も行かぬ妹に対して当たるのは筋違いだろう。

 これを切っ掛けに俺はある決意をした。

 俺は正しくあろうとした。

 理と情を持って正しい人でありたいと願った。

 利と利がぶつかり合う世界で正しく生きようとすらこと自体が間違った行為であると気付くのは早かった。俺の決意は多くの人の利を阻害していた。その利がたとえ人としての情が欠落したものだとしても阻害したことに変わりない。

 戦い抜いた果てにあったのは孤独であった。

 正しくあろうとして多数決から漏れた間違った人間になっていた。

 それに気づいてから、自分の大切なものだけ守るようになった。

 自分が間違っている訳がない。

 ならば世界の方が間違っている。

 しかし、俺は世界に負けていたのだ。









「目が覚めたかしら?」

 問いかける少女は足を横に曲げて座っていた。

 黒の世界に少女と俺だけが存在していた。そこが先程までいた公園ではないのはたしかだった。光一つない闇の中なのに少女の姿はハッキリと見える。そんな場所も、現象も心当たりなんてなかった。

「ここはお兄さんの心象風景」

 少女は俺の心を読んだかのように語り出す。

「その人を映す鏡みたいなものなの。お兄さんの心はあたしが見てきた心の中で一番好きよ」

 少女の正体はわからない。だが人の世のものではないのは確かなようだった。

「……こんななにもない場所が俺の心か?」

 俺の心にはいつもシオミンがいるはずなのだが。

「なにもなくはないわ。あるのはここの外側。ここは殻の中なの。外は人と人が殺し合う無法地帯。自分は何も見たくないから閉じこもるの。その癖、それが許せなくて――」

 少女は俺の足元を指差す。

 黒い手が闇から伸び、俺の首を絞める。息も出来ずもがき、その手から逃れ、蹴りを入れる。黒い腕は痛みに怯えた様子は見せず、するりと方向を変えると少女の方へ向かっていった。少女は身動ぎせず、その小さい手で黒い手をはたきおとした。落ちた手は闇の中へと沈んでいく。

「自分のテリトリーを侵す者は見境なく傷つける。自分自身も例外じゃない」

 少女は笑う。蠱惑的に。

「ああ、なんて素敵な心。自愛的で自虐的。それでいて物事を達観視してる。あたしは、あたしだけが、お兄さんの気持ちがわかるの! 正しさを認めなければ、その気持ちさえ汲んでくれない世界への義憤、鬱憤、怨嗟! 痛いほどわかる。あたしはお兄さんに救われて欲しいの。あたしと一緒に世界に反逆しましょう!」

 差し伸べられた手を前に俺は訊く。

「お前は何者だ」

 少女は面映ゆそうに咳払いを一つ。

「あたしとしたことが。そうですね、この姿で名乗りを上げたことなかったですものね」

 少女は胸に手を当てる。

「あたしに名はありません。人の世では正体不明の敵性存在、あなた方がエネミーと呼んでいる存在よ」

 自己開示した少女の背後には、人を模した細い体躯の幻影が浮かび上がった。
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