38 / 229
2章 アンチもいれば信者もいる男
逃げるのが最適解
しおりを挟む
人生におけるプラスとマイナスは最終的にプラマイゼロになると誰かが言った。ならばここ最近、色々なことが起きてしまっているくせに碌なプラスがない俺の私生活にはいずれ大きなプラスが訪れるはずである。
バイト中にそんなことを言って久しぶりに出勤した桜庭にシオミンのプラチナチケットを催促したのだが「ここだけの話、エネミーが出るかもってことでライブスケジュール見直しされてるっぽいぞ」とマイナス方向な業界裏話を教えてくれた。
「うちのチームもエネミーが出た場合、配信をどうするかってマニュアルできたしな」
「大変だな」
「二回もエネミーと相対して生き残って、陰謀論の中心にされた人間よりは大変じゃないけどな」
電脳でのエネミー騒動後、関係各所から事情聴取を受けた。その事情聴取で、俺が先日あった大会でエネミーを打ち倒した者だと知られてしまった。隠すつもりもないため、ばれてしまっても問題はなかったはずだった。問題なのは、それを知った誰かが守秘義務違反を行い、あっという間に俺が世界の敵扱いになってしまったことだった。
そりゃあもう凄い設定のオンパレードだ。
なんでも俺は世界を裏から支配する組織の次期総帥、その組織で開発していたのがエネミー。世界を救ったという箔をつけるためにエネミーをわざと逃し、俺に打ち倒させる。これで俺は名実ともに英雄になり、次期総帥になれるらしい。ちなみにエネミーが自らの意思で逃げだして、この組織を明るみにさせるという目的があるパターンもある。どちらの展開でも妹と桜庭は、組織の息がかかった手駒扱いだ。
リアルの情報は漏れていないのが不幸中の幸いだろう。
「次期総帥がこんなところでバイトなんてするはずがないのにな」
呆れた顔をした俺に桜庭は言う。
「地下に組織の秘密基地があるのかもな」
「あってたまるかそんなもの」
世界の敵になってしまったことで、その象徴たる量産型アバターは日本に存在する電脳ではほとんど見ないものになってしまった。たまに見ても危ない人扱いで周囲から人が逃げていく。たまに近づいてくるのは狩り目的の輩のみだ。
量産型アバターで電脳に入り辛くなってしまい大変迷惑している。
「プラマイゼロっていうなら今宝くじ買えば当たるかもな」
桜庭の提案に俺は乾いた笑いが漏れる。
「知ってるかマイナスというものはそう簡単にプラスに覆らないからマイナスなんだ」
そう言った俺の視線の先には来店したモデルくんがキョロキョロと回りを見渡している姿があった。
モデルくんは俺の姿を見つけると早歩きで向かってくる。
「やあ。また来たよ」
心無い「いらっしゃいませ」で返すと桜庭が肘で突っついてくる。
「大学の有名人じゃねえか。なんで知り合いなんだよ」
小声で訊いてきたので小声で返す。
「知らねえよ。向こうから話しかけてきたんだよ」
目の前で行われるひそひそ話に、モデルくんは嫌な顔もせず「いいなぁ。僕もそういうのができる仲の友人が欲しいよ」と羨ましがられた。
桜庭が目を丸くする。
「いや、あんたは友人多いだろ」
「男子はみんな一歩引くし、女性はめちゃくちゃ踏み込んでくるから、一緒にいる人はいるけど丁度いい距離感の友人っていなくてさ」
「顔が良い奴も顔が良いなりの苦労してるんだな」
「わかってくれて嬉しいよ」
「でもどうしてこいつなんだ。こいつ以上にマシな選択肢なんていくらでもあっただろ」
「僕と違って自分に自信がありそうなところかな。僕って自信ないから」
「いや、こいつのそれは社会不適合者なだけだぞ」
俺をさし置いて、俺を褒めたり悪口を言ったりするこの場はなんなんだろうか。
「でも話しかける勇気は最初はなかったんだ。でも話しかける理由ができたからこの前から勇気振り絞ってみたんだ。だけど、まったく相手にされてなくて心が折れそうだったよ」
桜庭が「理由ってなんだ?」と問う。
モデルくんは人の良さそうな笑みを浮かべる。
「宗教法人天樹会。会長が君に会いたいって言ってるんだ」
純粋な善意からくる宗教勧誘。
大学生活の中でマルチネットワーク勧誘、反社会的勢力への勧誘と並ぶ三大断らねばならない勧誘の一つであった。
バイト中にそんなことを言って久しぶりに出勤した桜庭にシオミンのプラチナチケットを催促したのだが「ここだけの話、エネミーが出るかもってことでライブスケジュール見直しされてるっぽいぞ」とマイナス方向な業界裏話を教えてくれた。
「うちのチームもエネミーが出た場合、配信をどうするかってマニュアルできたしな」
「大変だな」
「二回もエネミーと相対して生き残って、陰謀論の中心にされた人間よりは大変じゃないけどな」
電脳でのエネミー騒動後、関係各所から事情聴取を受けた。その事情聴取で、俺が先日あった大会でエネミーを打ち倒した者だと知られてしまった。隠すつもりもないため、ばれてしまっても問題はなかったはずだった。問題なのは、それを知った誰かが守秘義務違反を行い、あっという間に俺が世界の敵扱いになってしまったことだった。
そりゃあもう凄い設定のオンパレードだ。
なんでも俺は世界を裏から支配する組織の次期総帥、その組織で開発していたのがエネミー。世界を救ったという箔をつけるためにエネミーをわざと逃し、俺に打ち倒させる。これで俺は名実ともに英雄になり、次期総帥になれるらしい。ちなみにエネミーが自らの意思で逃げだして、この組織を明るみにさせるという目的があるパターンもある。どちらの展開でも妹と桜庭は、組織の息がかかった手駒扱いだ。
リアルの情報は漏れていないのが不幸中の幸いだろう。
「次期総帥がこんなところでバイトなんてするはずがないのにな」
呆れた顔をした俺に桜庭は言う。
「地下に組織の秘密基地があるのかもな」
「あってたまるかそんなもの」
世界の敵になってしまったことで、その象徴たる量産型アバターは日本に存在する電脳ではほとんど見ないものになってしまった。たまに見ても危ない人扱いで周囲から人が逃げていく。たまに近づいてくるのは狩り目的の輩のみだ。
量産型アバターで電脳に入り辛くなってしまい大変迷惑している。
「プラマイゼロっていうなら今宝くじ買えば当たるかもな」
桜庭の提案に俺は乾いた笑いが漏れる。
「知ってるかマイナスというものはそう簡単にプラスに覆らないからマイナスなんだ」
そう言った俺の視線の先には来店したモデルくんがキョロキョロと回りを見渡している姿があった。
モデルくんは俺の姿を見つけると早歩きで向かってくる。
「やあ。また来たよ」
心無い「いらっしゃいませ」で返すと桜庭が肘で突っついてくる。
「大学の有名人じゃねえか。なんで知り合いなんだよ」
小声で訊いてきたので小声で返す。
「知らねえよ。向こうから話しかけてきたんだよ」
目の前で行われるひそひそ話に、モデルくんは嫌な顔もせず「いいなぁ。僕もそういうのができる仲の友人が欲しいよ」と羨ましがられた。
桜庭が目を丸くする。
「いや、あんたは友人多いだろ」
「男子はみんな一歩引くし、女性はめちゃくちゃ踏み込んでくるから、一緒にいる人はいるけど丁度いい距離感の友人っていなくてさ」
「顔が良い奴も顔が良いなりの苦労してるんだな」
「わかってくれて嬉しいよ」
「でもどうしてこいつなんだ。こいつ以上にマシな選択肢なんていくらでもあっただろ」
「僕と違って自分に自信がありそうなところかな。僕って自信ないから」
「いや、こいつのそれは社会不適合者なだけだぞ」
俺をさし置いて、俺を褒めたり悪口を言ったりするこの場はなんなんだろうか。
「でも話しかける勇気は最初はなかったんだ。でも話しかける理由ができたからこの前から勇気振り絞ってみたんだ。だけど、まったく相手にされてなくて心が折れそうだったよ」
桜庭が「理由ってなんだ?」と問う。
モデルくんは人の良さそうな笑みを浮かべる。
「宗教法人天樹会。会長が君に会いたいって言ってるんだ」
純粋な善意からくる宗教勧誘。
大学生活の中でマルチネットワーク勧誘、反社会的勢力への勧誘と並ぶ三大断らねばならない勧誘の一つであった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説


ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜
古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。
かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。
その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。
ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。
BLoveさんに先行書き溜め。
なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
雨上がりに僕らは駆けていく Part1
平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」
そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。
明日は来る
誰もが、そう思っていた。
ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。
風は時の流れに身を任せていた。
時は風の音の中に流れていた。
空は青く、どこまでも広かった。
それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで
世界が滅ぶのは、運命だった。
それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。
未来。
——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。
けれども、その「時間」は来なかった。
秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。
明日へと流れる「空」を、越えて。
あの日から、決して止むことがない雨が降った。
隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。
その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。
明けることのない夜を、もたらしたのだ。
もう、空を飛ぶ鳥はいない。
翼を広げられる場所はない。
「未来」は、手の届かないところまで消え去った。
ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。
…けれども「今日」は、まだ残されていた。
それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。
1995年、——1月。
世界の運命が揺らいだ、あの場所で。

高校からの帰り道、錬金術が使えるようになりました。
マーチ・メイ
ファンタジー
女子校に通う高校2年生の橘優奈は学校からの帰り道、突然『【職業】錬金術師になりました』と声が聞こえた。
空耳かと思い家に入り試しにステータスオープンと唱えるとステータスが表示された。
しばらく高校生活を楽しみつつ家で錬金術を試してみることに 。
すると今度はダンジョンが出現して知らない外国の人の名前が称号欄に現れた。
緩やかに日常に溶け込んでいく黎明期メインのダンジョン物です。
小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~
にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。
その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。
そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。
『悠々自適にぶらり旅』
を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される
マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。
そこで木の影で眠る幼女を見つけた。
自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。
実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。
・初のファンタジー物です
・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います
・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯
どうか温かく見守ってください♪
☆感謝☆
HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯
そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。
本当にありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる